誰でも見えるわけじゃないの?
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久しぶりに10年前のお茶会の事を思い出した私は、ソファーにもたれたまま、目の前でしゃべり続けているケイトを、見るとはなしに眺めていた。
何でまた現れたんだろう、あの妖精。
ここ10年、妖精を見ることはおろか、周りから妖精の話を聞くことも聞かれることもなかった。お茶会での件は秘密にしようという決意は何だったのかと思うほどに。だから、もう、すっかり忘れていた。
それが、ひと月ほど前、再びあの妖精は現れた。
その日、私は侯爵邸の庭園の一角に作ってもらった私専用スペースで、花の手入れをしていた。
ふわふわと漂う何かを見つけて、自然とそれを目で追っていると、その何かが止まった。
パタパタパタ。
優雅に羽ばたくその姿は……。
げっ、あの時の妖精じゃない。
過去の記憶が見事にフラッシュバックした私は、パッと目をそらした。
よくやった自分!
恐る恐る視線を戻して様子を窺う。すると、その妖精は、今まさにこちらに近寄って来ようとしているではないか。
私は咄嗟に、近くで作業をしていた庭師のヨゼフを呼んだ。
「ヨゼフ」
「どうしました。マリーお嬢様」
「うーん。次のお花はどんなのがいいかと思って」
白いお鬚をたくわえたヨゼフは、のんびりとした足取りで私のもとにやってきてくれた。今ではすっかり好々爺になったヨゼフだが、かなり凄腕の庭師で、彼の育てたこの侯爵邸の薔薇は国内の品評会で優勝したことがある程なのだ。
「お嬢様は、ご領地に群生している白い花を覚えておいでですか。これから植えるのであれば、あれなどいかがですかな」
「領地に群生……。あっ、北の森にも咲いてた花ね。素敵!」
あの森の泉の周りにも、たくさん咲いていたっけ。うん。そういえば、アーサー様とは、あそこで初めて会ったんだったわ。ふふ。お元気かしら。最近、お会いしてないけど。そうだ、今度お手紙を書いてみよう。
「それでは、ご領地から苗を取り寄せましょう」
「うん、お願い」
結局、ケイトが呼びに来るまで話し込んでいた私は、その頃には、何でヨゼフを呼んだのか、すっかり忘れていたのだった。
でも、この日以来、妖精は頻繁に現れるようになった。
所かまわず……。
ある日は、ダンスのお稽古の最中に。
思わず先生の足を思いきり踏みぬいてしまい、こっぴどく怒られた。
また、ある日は、外国語のお勉強の際に窓の外に。
何を余所見しているのかと叱られた。
頻繁過ぎる妖精の出没に疲れ切っていた私は、お茶会の件は伏せておくにしても、誰かに相談してみてもいいのではないかと考えるようになっていた。
まず初めに思い浮かんだのは、お兄様だ。
だが、お兄様は、ああ見えて理論派だったりする。となると、お茶会の件まで探られる可能性が高い。
うーん。それは非常に面倒この上ない予感がした。
となると、ケイトしかいないよね。
ところが、いざ、ケイトに話をしてみようという段になって、そう言えばケイトには妖精の姿が見えているのかという疑問が生じた。
考えてみれば、これだけ頻繁に出没しているのに、私以外に妖精を目撃しました!という話を聞かない。
むむむ。
これは予想もしていないことだった。
だってお茶会の時、王妃様も、コレット様も、そして私も見えたのだ。
当然、みんな見えるものだと……。
うっそ。誰でも見えるわけじゃないの?
今更の驚愕な事実に、愕然とする。
危ないところだった。
うっかり相談していたら病院送り、はたまた領地で静養なんて羽目に陥っていたかもしれない。せっかく、この春からの学園生活を楽しみにしているというのに!
そういう訳で、たった一人で妖精見えてませんけど反応を続けている私は、近頃、残念な人認定を受けつつある。
……心外である。
ここひと月、私の心労はピークに達していた。
でも、まだ見えているだけならよかったのかもしれない。
なぜなら、昨晩、ついにその妖精が声を発したのだから。
『ねぇ、見えてるよね』
「……さま……お嬢様! 聞いてらっしゃいますか」
お嬢様と呼びかけられ、私は我に返った。
「えっと……ご、ごめんなさい」
「お嬢様、3ヶ月後には王立学園にご入学なのですよ」
「そっ、そうよね……あははは」
「はぁぁぁ……」
今日もケイトのため息は止まらなそうだなぁ。
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