担う者と寄り添う者
読んでいただきありかどうございます。
マリーが、ケイトの話そっちのけで、10年前の出来事を振り返っていた頃、朝食を終えた兄ヴィンセントは、父、ケルンの執務室に向かっていた。
コンコン
「父上、ヴィンセントです」
「あぁ、ヴィーか。入ってきなさい」
このところ王家では、大問題が発生していた。宰相であるケルンは、建国以来、初めてではないかという出来事の対応に忙殺されていた。
事の発端は、1ヶ月程前のことである。
早朝の王城。顔色を失った公爵家の使いが一人、ひっそりと訪れた。
先ぶれもない来城に、だからこそ、それが緊急なことなのだと思わせた。密かに、王家のプライベート空間に通された使いの男が述べたことに、その場にいた一同が啞然とする。
使いが訪れた前日の朝、ロートシルト公爵家ではいつも通り専属侍女が、コレット嬢の私室に朝の支度のために向かった。ところが、いくらノックしても応答がない。かつて一度たりとて寝過ごすことなどなかったお嬢様である。
その侍女は嫌な予感しかしなかった。その予感を頭から払いのけるように、しつこくお声がけしてみたが、いっこうに返事がない……。
侍女は、慌てて家令を呼びに行った。
ロートシルト公爵が家令を伴い、マスターキーを使って部屋の扉を開ける。逸る気持ちを押さえ部屋に入った一同が見たものは、まるで寝ているかのようにベッドに横たわるコレット嬢の遺体だった。
心痛な面持ちで話しをした使いの者に、誰もがしばし言葉を発することができなかった。
どれ程の間があったのだろうか、ようやく宰相のケルンが、公爵家の使いに問いかけた。
「それで死因は」
「はい、それが……目立った外傷などもなく。我が公爵家のお抱え医師にも診させたのですが、要因は特定できぬとのことでして……」
皆、それぞれ思うことがあったのは確かだった。再び沈黙が支配するかに思えたその時、それを破る声があった。
「そうか……。ロートシルト公爵に私からもお悔やみを申し上げてくれ。それと、コレット嬢の死因については、王家でも確認したい旨伝えて欲しい。よろしいですね、陛下」
国王を促したのは、その場に最も相応しい言葉を選び抜いて語ったラインハルトだった。
「あいわかった。ロートシルト家には後ほど王家の医師を向かわせる」
陛下が頷かれたのを合図に、公爵家の使いは深く一礼し、その場を辞した。
後に残されたのは、国王、王妃、ラインハルト王太子と、宰相ケルンの4名。
「ライ、すまなかった。お前が一番辛かろうにな」
ラインハルトは一瞬目を見開いた。
「いえ、陛下が謝罪されるようなことでは……」
「選ばれし妃が亡くなるなど、そんなことがあっていいものですかっ」
気丈に振る舞うラインハルトを見た王妃は肩を震わせて言った。
「見えるのは一人きりなのですよね。今までにこのような事例はあったのだろうか……」
誰に答えを求めるでもなく呟いた宰相ケルンの言葉に答えたのは、国王だった。
「あぁ、一人だけだ。私が伝え聞いている限り、その唯一の者が亡くなるなど無かったはずだ。だが、既に事は起きている。今は、過去の文献をあたり、解決の糸口がないか調べることを命ずる」
まだ春も遠い曇天の寒空の下、ご成婚間近だったラインハルト様の婚約者、コレット嬢の葬儀は厳かに行われた。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
弔意を示す三度の鐘が鳴り響く。
参列していたケルンは、重く垂れこめる空に、心まで押しつぶされるような気がした。
「それで父上、その後の状況は」
「あぁ、それなんだけどね。魔術師長が言うことがね……」
「なんとおっしゃられたんですか」
『国を担う者は一人。それに寄り添う者も一人。これは悠久の理にて、不変の対なり。何者も侵すべからず。担う者なかりせば、寄り添う者なく、寄り添う者なかりせば、担う者ただ人となる』
父上の顔には、疲労が色濃く浮かんでいた。国内最高齢の魔術師長は、いわば生き字引だ。俺はその言葉の意味を考える。
寄り添う者がいなかったなら、担う者はただの人となる……。
「父上、ただ人となる、とは、どういう意味なのですか」
「……代々、家督を譲る時に伝えることになっているのだが、そうも言っていられないね」
「王になる人間。つまり担う者は、妖精の姿になることが出来るんだ。そして、その姿を見ることが出来るのは、唯一、寄り添う者とされている。まぁ、一時的に見る方法はあるんだけれどね。とにかく、ただ人となる、とは、もし寄り添う者がいなくなったら、ただの人間になる。つまり、妖精の姿にはなれなくなる、のではないか……」
父の話によると、ファティマ国の王家の血筋を引く男子は、皆必ず10歳の誕生日に精霊の儀式を受ける。その儀式で妖精の姿になった者が、次の王と定められるのだそうだ。
なるほど、だから、第一王子であったアーサー殿下ではなく、第二王子であったラインハルト殿下が王太子になられたのか……。
アーサー殿下はラインハルト殿下の5歳年上で、弟思いのとても聡明な方だ。兄弟仲もとてもよろしく、ラインハルト様が立太子されるまでは、誰もが、アーサー様が王太子になられると、思っていたのだ。マリーの事も、随分と目をかけてもらっているのもあって、何だか居たたまれない気持ちになる。
「それで王太子殿下は、妖精の姿になれなくなったのですね」
「いや、妖精になれる」
「えっ。しかし、それでは……」
俺はその意味を考え、戦慄する。
妖精になれるということ、それは、寄り添う者はいなくなっていないということ。つまり、まだ生きているということになる。
しかし、寄り添う者が生きているということは、コレット嬢はそうではなかったということになる。なぜ、そのような間違いが起こったのか。それは偶然なのか、故意なのか。そして本物の、寄り添う者は、今どこにいるのか。
「ヴィー。まずは、10年前の選定のお茶会メンバーからあたってみなさい。寄り添う者が、その中から見つかるとは限らないがな。私は、ロートシルト公爵家周辺を探ってみよう」
「はい、父上」
「ただし気を付けて。ヴィーも知っている通り、お茶会メンバーにはマリーも含まれている。万が一にもマリーの身に何かがないようにしなさい」
「もちろんです」
偽りの寄り添う者。もしそれが故意に作りだされたのだとしたら、随分ときな臭い話だ。その辺りのことは、当面父上にお任せするとして、俺は、本物の寄り添う者を探り出すべく、執務室を後にした。
ブックマーク・評価もありがとうございます。引き続き頑張ります。
誤字脱字ご報告ありがとうございます!