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燃え盛る森

お越しいただきありがとうございます。


ifストーリーはここから分岐いたしております。

燃え盛る森と王太子妃になります!を飛ばしてお読みくださると、

別endとなっております。

「よく来たね、アーサー殿下」

「…………。呼んだのは、そちらだと思いますが」

「あぁ、そうだったね」


 くすくすと笑うクリストファー皇太子に苛立ちを覚えた。


「それで用件は何なのですか」

「実はね、南の森を焼き払って欲しいんだよね」

「!?」


 焼き払うだと? 何を言っているんだ。そんなことをしてどうする?


「あの森の魔素溜りに用があるんだよ」

「魔素溜り…………」

「魔石の再利用に必要なんだ。アーサー殿下だって知ってるよね? 魔石が魔素溜りで復活するって」


 …………やはりネーデルラン皇国も掴んでいたか。


「まだ実証された訳じゃない」

「実証するつもりなの? 王立魔石研究所で? ファティマ国じゃ魔石なんて必要ないだろ? なのに何でそんなに強欲なのさ?」

「違う! 魔石の安定供給のための研究だ。私利私欲のためじゃない」

「安定供給だって? それが余計な事なんだよ。今まで通りネーデルラン皇国の独占市場でいいんだ。僕が大陸を統べる。ねぇ、アーサー殿下も一緒にどうかな?」

「断る!」


 皇太子殿下は首を竦めると、がっかりしたようにため息をついた。


「やっぱり、普通にお願いしたんじゃ駄目だったね。何でそんなにファティマ国に義理立てする必要があるのさ? 貴方ほどの人物が王太子にもなれないばかりか、マリアンヌ嬢まで取られたっていうのに」

「くっ…………」

「ネーデルラン皇国でなら、君の望むものを全部用意してあげられる。もちろんマリアンヌ嬢もね」

「マリーに何かしたのかっ」


 私は皇太子殿下に強い眼差しを向けた。マリーは私の学んだ帝国学院の見学に、このネーデルラン皇国を訪問している最中だ。マリーの身にもしや何か…………。


「ただ眠ってもらってるだけだよ。アーサー殿下の大切な人だ、傷つけたりしない。でも貴方の返事次第でどうなるかは分からないけどね。どう? 森を焼き払ってくれない?」

「…………」

「簡単な話だろ? 貴方の大切なマリアンヌ嬢と貴方からマリアンヌ嬢を取り上げるファティマ国。天秤にかけるまでもないじゃないか。ただ森を焼き払うだけで、マリアンヌ嬢が手に入るんだよ」


 私が好き好んでマリーの事を諦めたと思うか? しょうがないじゃないか。ファティマ国に連綿と続く系譜が『担う者』と言うだけで『寄り添う者』を与えるのだ。

 だが…………天然の要塞と言われる森を焼き払えばファティマ国はネーデルラン皇国に容易に攻め込まれる。皇太子殿下の言う通りファティマ国を妖精の枷から解き放てば、私にも手に入れられるのではないか。

 私も少しぐらい願ってもいいのではないか。私にマリーを、と。

 気が付けば私は返事を返していた。


「…………わかった」

「アーサー殿下、僕が貴方を救って上げる。もう苦しむことはないんだ」


 皇太子殿下の手が私の肩に置かれた。








 私はパッと顔を上げると、苦し気に答えた王太子殿下に尋ねた。


「アーサー殿下の行方が分からないってどういうことなんでしょうか?」

「ネーデルラン皇国からの宣戦布告に招集がかかったんだが、兄上の姿はどこにもなかった」


 それまで腕を組んで難しい顔をしていたフレデリック様が口を開いた。


「ネーデルラン皇国に向かったという可能性は?」

「船を使った形跡はなかった。だが兄上ならば北の森を直接越えられた方がネーデルラン皇国には早く着く。だが、あくまで可能性の話だ」

「もしクリストファー皇太子が本気で森を焼き払わせるつもりなら、兄上を説得する材料としてマリアンヌ嬢を使うだろう。ネーデルラン皇国側が俺たちを真剣に攻撃してこないのも、ここに足止めさせることが狙いだとすれば筋が通る」

「森を焼き払うためにアーサー殿下を説得する時間稼ぎが出来さえすればいいということか」


 呻くようにフレデリック様が呟いた。


「ここに立てこもっている場合じゃないな。兄上はきっと森を焼き払いに行く。兄上にマリアンヌ嬢が我々の手にあることを知らせないと」







 目の前に広がるのは南の森。

 ファティマ国側では北の森と呼んでいるところ。

 森の中心部には魔素溜りがあるとされ、その魔素の影響を受けて狂化した魔物が跋扈している。


 だが、ここはマリーとの思い出の場所でもある。

 マリーと出会ったあの泉。




 

 あれは1週間ほど前だったか。

 宰相ケルンが私の執務室を訊ねてきた。人払いを頼まれた私は、控えていた者たちに外で待つように指示を出した。扉が閉まると私は向かい合わせに置かれたソファーを宰相に勧めた。ネーデルラン皇国から取り寄せた茶葉でお茶を淹れる。辺りに花の香りが漂った。これはマリーが気に入ってくれたお茶だ。それぞれのカップにお茶を注ぐと、私も宰相の向かいのソファーに腰掛けた。


「アーサー殿下…………ご報告がございます」

「宰相が改まってどうした?」

「実は、娘マリアンヌが『寄り添う者』と分かりました」


 私の手からカップが滑り落ちた。


 周囲から一切の音が消える。

 今宰相は何と言った? 『寄り添う者』―――唯一『担う者』が見える者、それがマリー?

 私を癒し、再び私に笑顔を取り戻させてくれた、私のマリー。

 私から王太子の道を奪った『担う者』に再び奪われねばならないのか?

 なぜ、どうして…………。


「殿下、カップが。お怪我はございませんか」

「あぁ、大丈夫だ」


 宰相の呼びかけに我に返った私は、魔法でカップをもとに戻す。


「マリーは、見えたのか『担う者』が……」

「…………はい。実は以前マリアンヌが襲われましたのも、娘を『寄り添う者』と知っての犯行でございました。マリアンヌの安全のためにも国王陛下にご報告する必要があると判断いたしました」

「そうか…………」


 私にこれ以上何が言えるというのだろうか。ファティマ国は『担う者』と『寄り添う者』で受け継がれてきた国なのだ。私はその歯車から外れてしまった者。私には何をいう資格もない……。


「宰相」

「…………はい、殿下」

「わざわざご苦労だった。下がっていい」

「……かしこまりました」





 あの時の無力感を思い出す。

 だが、この森を焼き払いさえすれば、マリーを手に入れることが出来る。

 マリーと共に生きて行くことが出来る。


 体に震えが走った。


 何を躊躇う必要があったと言うのだ。もっと早く、マリーを手に入れるために動いていれば良かったのだ。私がぐずぐずしていたから『担う者』に取られてしまった。

 だが、私はもう間違えたりしない。

 奪われたものは奪い返せばいい。


 私は両手を振り上げて魔力を練り続ける。

 あぁ、焼き払ってやるとも。ファティマ国に絡みつく妖精の柵ごと!

 腕を一気に振り下ろすと、見渡す限り火の海と化した。


 森を嘗め尽くす炎の渦が夜空を焦がしている。それを見ている私の顔も赤く照らされていた。

 あぁ、早く消えてしまえ。そして私を解き放ってくれ!


 その時、指に嵌めていた指輪から声が聞こえた。


「アーサー様。聞こえますか」


 それはマリーの声だった。

 入学祝いにと彼女に贈ったブレスレットに通信の魔法を付与してあった。困った時には遠慮なく使ってと言って渡したものだ。対になる私の指輪には彼女の秋の空のような瞳に似たブルーの石を嵌めてある。

 その指輪からマリーの声がした。


「アーサー様、私は無事です。ですから森を焼き払わないでください。アーサー様がそんなことをする必要はどこにもありません」


 マリー。

 頬を濡らす感覚に自分が泣いていることに気が付く。顔に手を当ててみれば、いつの間にか両目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。

 私は指輪を口元に近づけた。


「マリー」

「アーサー様!」

「マリー、もう手遅れだ。森は消えてしまう」

「大丈夫です。私が何とかしますから、諦めないでください」


 その時、空からぽつぽつと水滴が落ち始めた。

 それは見る見るうちに大粒となり、線となって森に降り注ぐ。

 辺りが白く煙り視界が遮られた。


 マリーが降らせているのか。

 止まることなく流れ落ちてくる水音が邪魔をして、もう指輪からは何も聞こえない。

 私は空を見上げて呆然と立ち尽くした。


「兄上!」


 私を呼ぶ声に振り向くと、こちらに駆けて来るラインハルトの姿があった。

 ラインハルトは私の側まで来ると、いきなり私の頬を殴りつけた。


「ラインハルト、何を…………」

「兄上、勝負です。マリーは渡しません」


 私は無意識にラインハルトに手を上げていた。よろけたラインハルトが小さく呻いた。


 お前は『担う者』だから『寄り添う者』を選ぶのではないと言いたいのか。

 あくまでもラインハルト個人の意志としてマリーを選ぶと。

 上等だ。


「望むところだ。覚悟しろ、ラインハルト!」

「手加減はしませんよ、兄上」






 

 これ以上は危険だからと止められた私たちは、森の際近くで魔法を使い続けていた。私の隣にはソフィーとランスロット様。誰もが森を――ファティマ国を救おうと必死だった。だが、そろそろ魔力も限界が近い。二人ともふらふらしている。

 森からは赤い炎はもう見えてこない。

 もう休んでもいいだろうか…………視界がぐらりと揺れたところで、後ろから誰かが支えてくれた。

 振り向くとそれはフレデリック様だった。


「みんなよくやってくれた。魔法を止めてくれ! 一度、森の状況を確認しよう」


 私たちはその場に座り込んで煙に霞む森を見つめた。

 森の方から人影が近づいてくるのが見える。


 フレデリック様は剣を抜いたが直ぐに鞘に収めた。


 その人影は―――アーサー様を担ぎふらふらとした足取りで歩くラインハルト王太子殿下だった。


「ったく。何やってるんですかね」


 呆れた声を出したフレデリック様が王太子殿下からアーサー様をひょいと引っ張りあげると奥に担いでいった。

 近衛騎士が王太子殿下に駆け寄る。「大丈夫だ」と手で制した王太子殿下は皆に声を掛けた。


「皆無事か? 一先ず森は鎮火したしたと見ていいだろう。皆の働きのお陰だ。礼を言う。そろそろファティマ国からの応援部隊が到着している頃だ。後の事は任せてくれ」


 ソフィーもランスロット様もほっと息を漏らす。

 アーサー様もご無事で良かった。


「マリーもゆっくり休んでおけ。いいな」


 いつの間にか隣にいたライが小声で言った。

 私はコクリと頷いた。


 こうして森の鎮火に成功した私たちは『紫苑の宮』に戻るため歩き始めた。


お読みいただきありがとうございました。


誤字・脱字多くてすみません。

ご報告下さる皆さま、ありがとうございます。

助かっております。


ブックマーク・評価もありがとうございます。

とても嬉しいです!



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