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これは秘密です

今日も投稿いたします。よろしくお願いします。

 あの妖精を最初に目にしたのは10年前、私がまだ5歳の時のことだ。


 その日は王妃様主催のお茶会で、上位貴族のご令嬢が軒並み集められているとのことだった。私も招待されていて、その準備に早朝から屋敷内は大騒ぎであった。


 そんな騒ぎの中、神妙な面持ちのお父様に呼ばれて、初めて執務室に入る。重厚な扉が背後でパタンと閉まると、不安が押し寄せてきた。お父様以外は誰もいない。いつもと違う雰囲気のお父様に押し黙っていると、お父様は幾分固い声で話し始めた。


「いいかい、マリー。王妃様のお茶会だからと言って緊張することはないからね。普段通りのマリーでいいんだよ。ありのままのお前でいなさい。怖がらなくていい」

「はい、わかりました。お父様」

 とにかく早くこの場を離れたくて大人しく返事をした。

「じゃ、行っておいで」

 漸くいつもの笑顔になったお父様は、私の頭にポンと手をおいた。


 解放された私は、やれ湯あみだ、マッサージだと、分刻みのスケジュールをこなしていく。途中、お兄様が張り切って侍女に指示を出している姿にほっこりしたものの、念入りに支度された私は、お茶会の会場である王城内の庭園に着いた時には、既にぐったりとしていた。


「マリーの席は、ここみたいよ」


 お母様の鈴を転がすような声で、私は着席した。

 向かいの席には、金髪碧眼の女の子が座っている。あんまりジロジロ見るわけにもいかず視線を外すと、後ろに立っていたお母様が私の耳元で、ロートシルト公爵家のコレット様よ、と小声で伝え、私の側から離れていった。どうやら親たちだけで別に集められているようだ。


 それにしても、お人形みたいに綺麗な子だ。年齢は私より少し上なんだろう、しっかりした印象だった。

 このテーブルにはコレット様と私以外には誰も座る様子はない。どうやら、2人だけということらしい。


「今日は、みなさん、よく来てくださったわ。楽しんでいってね」


 大きくもないのに、よく通る王妃様のお言葉で、庭園の隅にずらりと並んだ王宮侍女達が一斉にお茶を淹れ始める。

 緊張が解けたのか、5つ程用意されているガーデンテーブルで畏まっていた令嬢達がざわざわとし始める。どのテーブルも2~3人ずつ令嬢が座っていたが、それらのテーブルを王妃様が順番に回っていかれるらしい。


 私の座っているテーブルはいつになるのか。

 手持ち無沙汰だった私は、テーブルの上の色とりどりのお菓子の中に大好物のイチゴのタルトを見つけ、遠慮なく手を伸ばした。


 わぁ、美味しい。甘いだけではなくて、爽やかな酸味がアクセントになっている。王宮のイチゴって普通のと違うのかな?

 イチゴタルトが呼び水になったのか、お腹が鳴りそうな気配を感じる。むむ。そういえば、朝から何も食べてなかったっけ。私は迷わず次のお菓子の物色を始めた。


 さて、一方、コレット様はといえば、お上品にお茶を口にするだけで、お菓子には一つも手をつけていない。

 美味しいのに。それとも、まだ緊張されているのかな。ピンク色のマカロンを口に運びながら、不自然でない範囲で観察していたところに、王妃様がいらっしゃった。


 パタパタパタ。


 まず、目についたのは、王妃様の腕のあたりで羽ばたいている妖精だった。妖精なんて絵本の中でしか見たことがない。

 私は、驚いて固まった。

 ニコニコと微笑み、浮かんでいる妖精は、興味深げにキョロキョロとしている。


 うーん。本当に妖精?

 妖精って伝説じゃないの?

 なんでいるの?


 たくさんの?に、考えるのが面倒になった私は思考をいったん手放し、王妃様の美しいお顔に集中することにした。王妃様のお顔は、自信に満ち溢れていて、それでいて慈愛に満ちていた。お母様もとても綺麗だと思うけれど、なんか種類が違う気がする。

 


 ……今思えば、王妃様の美しさは、内面からにじみ出る美しさとでも言おうか、やはり国母という立場が生み出したものなんだろうと思う。もちろん、当時の私がそんな小難しいことを考えつくはずもないのだが。



 王妃様のお顔をぼへっと見ていた私の視界に、今まで完璧な姿勢を保たれていたコレット様が、王妃様に向かってすーーっと手を伸ばしていく姿を捉えた。


 ん? 突然、何をするつもりだろう。


 コレット様はそのままご自身の人差し指でそっと……王妃様ではなく、何と、パタパタと羽ばたく妖精を突っついた。

 少しよろけた妖精は、パタパタと姿勢を戻す。


 うわっ。ちょ、ちょっと。

 コレット様ってば、案外、度胸があるんですね。お人形のようなお顔をされているのに、大胆ですね。思いもよらない展開に、思わず凝視しそうになるのを、ぐっと堪える。


 ところが、このコレット様の様子をご覧になった王妃様は、満面の笑みを浮かべられ、後ろに控えている侍従を目線で呼んだ。すべるように滑らかな動きでやってきた侍従に、王妃様は、少し開いた扇で口元を隠しながらそっと言葉を伝えた。侍従は緊張した面持ちのまま王妃様に深く一礼すると、庭園から即座に立ち去っていく。


 それを見た瞬間、私は心に決めた。

 うん、妖精が見えたことは秘密にしよう! だって、ものすごく面倒そうだもの。


ブックマーク、評価、皆さんありがとうございます。読んでいただき感謝です。

誤字脱字ご報告ありがとうございます!

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