真実がもたらすもの
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ネーデルラン皇国からは今回の第二皇女殿下の来訪に合わせて留学制度の提案を受けていた。アーサー殿下が留学されていたし、最近ではカポー公爵家のマクシミリアン殿も王立学園に編入している。
提案自体に不自然さはないのだが、まさかマリアンヌを名指しでくるとは思っていなかった。外交官からの話によると先ずは帝国学院の見学をしてもらえればとのことだったが。
マリアンヌ個人の気持ちを考えて黙って見ていたが、そうもいかなくなったか。
ソフィー嬢の誕生日会から息子ヴィンセントが何か隠していることには薄々気が付いていた。それが『寄り添う者』に関係しているであろう事は容易に想像がついた。
では何故隠すのか。それは娘マリアンヌが『寄り添う者』だから。そうでなければヴィンセントにとって隠す必要性がない。
そのマリアンヌが狙われた。『寄り添う者』を邪魔だと思っているのは亡くなったコレット嬢のロートシルト公爵家。そして公爵家に聖水を渡していたであろうミゲル枢機卿。
ここまでは想定の範囲内と言えるだろう。
だが今回、そのミゲル枢機卿と繋がりのあるネーデルラン皇国がマリアンヌを名指ししてきた。ネーデルラン皇国の狙いが確かでない以上、マリアンヌの安全を確保するためには『寄り添う者』である事を王家に報告してしまうのが一番だ。
マリアンヌにとっては辛いことになるかもしれない。もう少し時間をかけてやれれば良かったのだが…………。
コンコンコン。
「ヴィンセントです、父上」
「あぁ、入ってくれ」
ヴィンセントにソファーに座るように言った。
「父上、ネーデルラン皇国に何かありましたか?」
「我が王立学園とネーデルランの帝国学院での交換留学制度の件でね」
留学の件から話を始めたものの、どう続けたらいいか悩む。
なるべく強制はしたくない。
「第二皇女殿下の来訪に合わせて提案されてきた案件ですよね。直近でアーサー殿下の前例もありますし、今現在マクシミリアン殿もこちらにいらしてますからね。特に不自然な提案ではないですが…………」
「私もそう思う」
「…………もしや、誰か名指しで? いや、それでは…………」
ヴィンセントが押し黙った。
察しのいい息子のことだ、色々思うところがあるだろう。
さて、どう返してくるか。
返答次第でこちらの出方も変わってくる。
「父上、申し訳ありませんでした」
ヴィンセントが深々と頭を下げた。
「辛い役目を負わせることになる。済まないが、ヴィンセント、お前の口から今一度報告してくれ」
「…………はい」
ヴィンセントが淡々と始めた報告によると、誕生日会に教皇様から頂いた聖水を飲み会場内に目を配っていたところ、偶然マリアンヌと話す妖精姿の王太子殿下を目撃した。その時ヴィンセントは初めて『寄り添う者』がマリアンヌであることを知ったそうだ。
その後マリアンヌに賊が襲い掛かったが、マリアンヌが魔法を使って自ら撃退した。その賊がマリアンヌを標的としていたことは明白で、公爵側が聖水を用意したと思われるとのことだった。
「会場にいた王太子殿下は妖精の姿を解いて、王太子殿下としてマリアンヌに会っています。妖精は王太子殿下自身であるという話をマリアンヌにしています」
そこまで言ったヴィンセントは一度言葉を切って苦し気な表情を浮かべたが、直ぐ後を続けた。
「その後王太子殿下と話をしました。『寄り添う者』という義務だからではなく自ら選んで欲しいと言われ、絶対にマリアンヌを守る事を条件に『寄り添う者』が見つかったことを秘する事を黙認しました。申し訳ありません」
ヴィンセントは再度深く頭を下げた。
「ヴィンセント、マリアンヌを呼んで来なさい。話をする」
「…………わかりました」
今更ながら悔やまれる。もしロートシルト公爵家が変な欲さえ出さなければと。
小さい頃から相手だと決められていれば、まだそういうものだからと疑問も持たずにいられただろうに…………。
いや、違うか。どのみち貴族の結婚は政略なのだ。多かれ少なかれ感情を殺して割り切るしかない。私がマリアンヌを見ず知らずの他人に嫁がせることだってあり得るのだから。マリアンヌも貴族の娘だ、そこは理解している筈だ。
しかし、私も悪かったのだ。親の欲目でマリアンヌをアーサー殿下と添わせたいと願ったりしたから。
「父上、マリアンヌを連れて参りました」
「入りなさい」
髪の色こそ違えど、よく似た顔立ちの二人が並んでいる。
私は二人に長椅子に座るように言うと、自分もソファーに座った。
そして私はマリアンヌの顔を真っ直ぐみると、飾りも誤魔化しもせず話すことにした。
「今から話すことは、王家とストランド侯爵家、そして教会の一部の人間がずっと秘密にしてきたものだ。だから決して口外することのないように。いいね」
マリアンヌは首を縦に振った。
「ファティマ国は代々『担う者』である国王と『寄り添う者』である王妃とで継承されてきた。『担う者』とは妖精の姿になれるもの。『寄り添う者』とはその妖精を唯一見ることが出来る者だ」
マリアンヌはドレスの上に置いた両手をギュッと握って、目を大きく見開いた。
ヴィンセントがマリアンヌの握られた手にそっと自分の手を重ねた。
漸くマリアンヌが口を開いた。
「お父様『担う者』は王族なら誰でもなれるのですか?」
「いや。本人が妖精になれない限り『担う者』にはなれない。妖精になれる者は、その当代に置いては一人きりだ」
「お父様、コレット様が『寄り添う者』ではなかったのですか? あの方は確かに10年前のお茶会でライの事を、いえ、妖精のことを突っついていましたもの」
既にあの時から見えていたのか…………。それもそうか、マリアンヌが『寄り添う者』なのだから。
ヴィンセントも初めて聞いた話なのだろう、驚いた表情を浮かべている。
「実は妖精の姿を一時的に見る方法がある。コレット様はその方法を用いて『寄り添う者』を演じていたんだ」
マリーが肩を落として呟いた。
「ラインハルト王太子殿下が『担う者』で、私が『寄り添う者』なのですね…………」
「あぁ、そういうことになる。マリアンヌはソフィー嬢の誕生日会で狙われたね。あれはロートシルト公爵家が絡んでいる事が判明している。お前の身の安全を考えるならば早急に『寄り添う者』であることを王家に報告した方がいい」
私はマリアンヌを見た。その目は何も映していないかのように生気が感じられない。
「私もヴィンセントも、そしてラインハルト王太子殿下もマリアンヌが『寄り添う者』だと気が付いていた。そして報告する方が安全だと分かってもいた。それでも、そのまま黙ってマリアンヌを見守っていた。そのことの意味を考えなさい。私からはここまでだ。明日また話をしよう」
ヴィンセントに支えられてマリアンヌが退室した。
私はため息をつくと足を組んで背中をソファーに預けた。
マリアンヌの部屋に連れて行くと、倒れ込むように長椅子に座った妹は俺を責めるような口調で言った。
「お兄様は気が付いていたのですね」
「ソフィー嬢の誕生日会で知った」
「ラインハルト王太子殿下は二人の秘密にしておいて欲しいと」
「あぁ、王太子殿下から聞いた訳じゃない。私もソフィー嬢の誕生日会で一時的に妖精が見える方法を用いたんだ。そこでマリーと妖精が話をしているのを見た」
「そうだったのですか…………。妖精が見えたりして変な人じゃないかと思われるのではと一人で慌てて…………私、馬鹿みたいでしたね」
「マリー、違う。そういうことじゃない」
執務室でも泣かなかったマリーの目から大粒の涙が次から次へと零れ落ちた。
マリアンヌを抱きしめて背中を撫でてやる。
「…………これからどうなるのでしょうか」
「国王陛下にご報告することになる。新たな婚約者として発表され、学園を卒業すれば結婚し王太子妃になるだろう」
「私が王太子妃…………」
「マリアンヌ。一つ聞いてもいいか?」
「…………はい」
「ライ――王太子殿下のことは嫌いか?」
「……嫌いではないと思います。でも……よく分かりません」
「コレット嬢が亡くなられて初めて本物が別にいることが分かったんだ。それから皆で本物を探し始めた。王太子殿下はいち早くマリアンヌを見つけた。でもその事実を一人で隠していた。公爵家の者がマリアンヌに手を出さなければ、きっとずっと黙っていただろう。マリアンヌに強制することも出来た筈なのに。ラインハルト王太子殿下がそれを望まなかった。マリアンヌに自由を上げたかったんだよ」
マリアンヌは涙を流したまま頷いた。
「ただ、ネーデルラン皇国がマリアンヌを名指しで留学の話を進めてきた。あの国は公爵家を手助けしていた枢機卿と繋がりがある。今の立場のままでネーデルラン皇国に行かせるのは危険過ぎるんだ」
「……お兄様、少し考えさせて下さい。我が儘を言って申し訳ありません」
「いや、気にする必要はない」
俺はケイトに目線で合図するとマリアンヌの部屋を後にした。
翌朝、父の執務室には俺とマリアンヌの三人が再び揃っていた。
「マリアンヌ、少しは落ち着いたかな」
「お父様、お兄様、昨日はご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
昨日と同様、マリアンヌの手はドレスの上でギュッと握られていた。
「謝る必要はない。心配するのが身内の特権みたいなものだ。それで、マリアンヌはどうしたい」
ここにきて、まだどうしたいかとマリアンヌの意思を聞く父上に驚いた。こんなにもマリアンヌに甘い人だったのかと。
「はい、私、王太子妃になります」
俺も父も、目を見開いて言葉を失った。
「ただ、お願いがあります。ネーデルラン皇国に行ってみたいのです。帝国学院の見学に行ってはいけないでしょうか」
マリアンヌの目は一点の曇りもなく未来を見つめていた。
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