ヘンリエッタとマリアンヌ
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よろしくお願いします。
王都から馬車で30分程の長閑な場所にそれはあった。
農園の入口に掲げられた木のプレートには『ストロベリーファーム』の文字。
うーん。思っていた以上にシンプルな名前だけれど。
そう、ついにやって来ました。王家に卸しているイチゴの契約農家さん。
ライから情報を得た私は何としてもここのイチゴが食べたいから契約して欲しいとお父様にお願いしたところ、入学祝いの一つとして了承を貰ったのだ。
馬車から降りた私とお菓子の師匠ハサンは初老の男性の案内で農園に足を踏み入れた。小道の脇に置かれた手押し車には作業用なのだろうか道具が沢山積まれている。
正面の大きなログハウスを右手に回り込むと、そこには等間隔に畝の続く一面の緑。これが全部イチゴなのだろうか。「これは凄いですね」と前を歩くハサンが呟いている。
「この辺りのものが収穫時ですな」
歩みを止めた案内の男性が指差した先には畝からこぼれんばかりにイチゴが生っていた。
「粒も大きいですし、形も美しい!」
「褒めて頂くのはやはり嬉しいものですなぁ。ぜひ食べてみてください。味も保証致しますぞ」
ハサンは腰を屈めると色の濃い実を選んで、先に私に渡してくれた。
私は遠慮なくそれを口にした。
あまーーーーーい。でも、ちゃんと酸味もある絶妙なバランス。これこれ。これですよ。
「ハサン、どお?」
「美味しいです! 確かにお嬢様のおっしゃる通りでした」
ハサンは案内の男性に向き直ると続けて質問をする。
「受粉は蜂でされているのですよね。決まった養蜂家があるのですか?」
「実は養蜂もやっておりまして」
「なるほど! ということはイチゴの花の蜂蜜も取り扱ってるのですか?」
「はい。その通りで。蜂蜜も食べてみますかね?」
「ええ、ぜひ」
先ほど正面にあった大きなログハウスの中に案内される。ドアを開けると取り付けられているベルがカランカランと音を立てた。
「ちょっとした店も兼ねてましてな。ジャムや蜂蜜、お菓子等を売っています」
壁に設えられた棚には色とりどりの瓶が並び、棚の下のチェストには蜂蜜入りと書かれたクッキーが綺麗にラッピングされて置かれている。
「今ご用意致しますので、色々召し上がってみて下さい」
カウンターの前に並べられているテーブルの上を綺麗に拭くと、こちらにどうぞと椅子を引いてくれた。私とハサンが座ると案内の男性はカウンターの奥に下がっていった。
「お嬢様、イチゴは勿論ですが蜂蜜も取引出来るよう交渉いたしましょう」
ハサンが意気込んでいる。
心強い味方を連れてきて良かったと安堵していると、カランカランとベルが鳴った。
「こちらになります。足元にお気を付け下さい」
ドアの方から男性の声が聞こえてきた。
お客様なのであろうか。壮年の男性がドアを押さえて中に入るよう促している。その男性は私たちを案内してくれた初老の男性にどことなく似ていた。もしかしたら息子なのかもしれない。
店内に歩を進めたそのお客は薄紫の髪に金色の瞳―――って、アーサー様!?
だが続いて見えたのは…………アーサー様の腕に手を回して微笑む女性だった。
プラチナブロンドの髪にルビーのように輝く赤い瞳。私と同じ年ぐらいだろうか、綺麗な人だ……。
胸がチリチリと痛む…………何でだろう。
向かいのハサンは口をポカンと開けてその美しい女性に見入っている。
ドアを閉めた壮年の男性はテーブルに座っている私たちにも「いらっしゃいませ」と声を掛けた。私とハサンは軽く会釈する。
そのやり取りに視線を移したアーサー様の顔が――――瞬く間に綻んだ。
「マリー!」
私がカーテシーをしようと立ち上がると、アーサー様の隣から私を呼び捨てる声が響いた。
「マリー!?」
怪訝な声を出したプラチナブロンドの女性は、鋭い目つきで私のことを見る。
隣に立っているアーサー様はそんな様子を知る由もない。
「ヘティ様、ご紹介させて頂けますでしょうか。彼女はストランド侯爵家のマリアンヌ嬢です」
「初めてお目にかかります。ストランド侯爵家のマリアンヌと申します」
アーサー様とヘティ様と呼ばれた女性にカーテシーをする。
「あなたがマリアンヌなのね。私はネーデルラン皇国第二皇女のヘンリエッタよ」
出た。
またネーデルランの皇族だわ……。
不敬にならないように大人しく大人しく…………と思えば思う程、沸々と怒りが込み上げる。
いきなり呼び捨てられ睨み付けられる覚えはない!
私がふるふるしていると、ハサンが私の袖をそっと引っ張った。
我に返った私はゆっくりと振り返り、目で大丈夫よと合図をした。
そうよね、相手は隣国の皇族だ。怒ったところでどうしようもないというのに。
ハサンには後でたっぷりとお礼を言おう。
「ヘティ様はマリーをご存知でしたか?」
「い、いえ。知らなくてよ。マリアンヌさんでしたね。ごめんなさいね。私、気分が優れなくて」
「ヘティ様、どこかお加減が宜しくないのですか? 王宮に戻りましょうか」
甲斐甲斐しく皇女殿下の世話を焼くアーサー様。
…………また胸がチリチリする。
「アーサー殿下、大丈夫ですわ。それよりマリアンヌさん、お席をご一緒しても宜しいかしら?」
何ですって。
誰があなたみたいな人と一緒に座ると?
握ったこぶしをふるふるさせていると、また袖が引かれた…………ハサン、凄いわ。あなた私の気でも見えているのか。
「皇女殿下、光栄にございます」
「アーサー殿下も構いませんでしょ?」
「私もマリーと一緒なら嬉しい限りですよ」
私と皇女殿下が同時にアーサー様を睨んだ。そこは私の事を引き合いに出してはいけないところではないのか?
アーサー様、如何なものかと…………。
流石にこのメンバーと同席するつもりのないハサンは「契約手続きしてきますね」と小声で言うとカウンターの奥に消えた。
程なく壮年の男性がティーワゴンを押してきた。
ワゴンにはティーセットや先ほど飾られていたクッキー、それとジャムや蜂蜜の小瓶が載せられていた。
「こちらのお茶に蜂蜜を入れても美味しいのですよ。どうぞごゆっくりお試し下さい」
器用にお茶を淹れると慇懃に頭を下げて男性は下がっていった。
ティーカップを挟み膠着状態の私とヘンリエッタ皇女殿下。
本日付けで無自覚天然キャラに降格したアーサー様が、屈託のない顔で尋ねる。
「マリーはこちらの農園は初めてですか?」
「はい、アーサー殿下」
「ここのイチゴは格別でしょう?」
「えぇ、おっしゃる通りかと」
二人のやり取りを見ていた皇女殿下が唇を噛んでいる。
仕方なく私が皇女殿下に話題を振ることにした。
「皇女殿下はイチゴがお好きでこちらにいらっしゃったのですか?」
「ええそうよ。晩餐会で頂いたデザートがとても美味しいかったのよ」
「マリーもイチゴが好きなんですよ」
違う! そこはそのまま皇女殿下の話を掘り下げるところでしょ。
再び私と皇女殿下は揃ってアーサー様を睨む。
あぁ、頭痛がしてきた。思わず額に手を当てた。
「あら、そのブレスレット随分と珍しい石を使っているのね」
突然、皇女殿下が私の手を見て言う。
アーサー殿下に頂いたブレスレットをしていた。
「その石は、ネーデルラン国でしか産出されない上に滅多に市場に出回らない貴石なのよ」
「…………」
何ですと?
確か、王宮の庭園でアーサー様は言っていた。
粒も小さいしそれほど高価な物じゃないと…………嘘つきぃぃぃぃぃぃ。
「あぁ、粒は小さいですからね。採掘もそれほど手間ではありませんでしたしね」
はっ?
採掘が手間じゃなかった?
それはどういう意味なんでしょうか…………。
同じ疑問を持ったらしい皇女殿下が堪らず声を出した。
「アーサー殿下が自ら採掘なさったのですか?」
「ええ。皇帝陛下に鉱山を一つ頂いてましたから、試しに行ってみたのですよ」
鉱山を貰ってた?
それも凄い話だけれど、今はそれどころではない。
アーサー様が贈った物だってことを明かすのはどうかと???
皇女殿下はワナワナと震えながら、ついに核心に迫る質問をした。
「アーサー殿下がそのブレスレットを贈られたのですか?」
「えぇ、マリーの入学祝いに」
穏やかに微笑まれるアーサー様。
私と皇女殿下はアーサー様に三度目になる睨みを利かせた。
……これは駄目だとガックリ項垂れる。
アーサー様が先ほどの壮年の男に呼ばれて席を立った。
その背中を見送った私と皇女殿下はため息をつくと、頷き合った。
「マリアンヌさん、いえ、マリーと呼ばせて貰っても?」
「はい、皇女殿下もちろんですわ」
「マリー、あなたも私のことをヘティと呼んで構わなくよ」
「ありがとございます。ヘティ様」
2人共お互いを見てクスクスと笑った。
「まさかあれほど無自覚に行動される方だとは思ってませんでしたわ。マリーも大変ね」
「ヘティ様こそ。アーサー様にお会いになるためにファティマ国にいらしたのではないのですか」
「えぇ。本当はアーサー殿下からあなたを引き剥がそうかと思っていたのだけれどね。ふふふ。でもマリーは面白いわ。会えてよかった」
「それは私の台詞です、ヘティ様。今度、アーサー様がネーデルランにいらした時のお話をお聞きしたいですわ」
「そうね、今度お招きするわね。楽しみにしていて」
「はい、ヘティ様」
私たちが穏やかなに微笑んでいると、アーサー様とハサンが戻ってきた。
「これは私からお二人にプレゼントですよ」
アーサー様は柔らかな笑みで可愛らしくラッピングされた包みを渡してくれた。
ヘティ様と頷き合って笑う。
どうやら契約も無事出来たようだし、目的は達成ね。
これで美味しいイチゴがストランド侯爵邸でも食べられる。
そうだ、ライにお礼を言わないと。
早く来ないかな。ふふふっ。
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誤字脱字多くてすみません。
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