ソフィーの婚約事情
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「そろそろ婚約させると言われていたのですわ」
「へ? 婚約?」
「えぇ、でもコレット様がお亡くなりになられたでしょ?」
「あぁ、うん」
お忍びの皇太子殿下とお会いして数日後、私とソフィーは学園の教室で将来についての話をしていた。
王立学園は三年制である。
殆どの人は15歳から17歳の3年間を学園で過ごす。
そして卒業した年にデビュタントを迎えるわけだが、貴族令嬢はそのデビュタントの後直ぐに結婚する人が多いのだ。それは詰まる所、学園にいる間に婚約しているということになる。
ソフィーは婚約と言った。
え?
「ソフィー! 誰と婚約するの?」
「また聞いてませんでしたわね。ですから、コレット様がお亡くなりになったので一時棚上げですわ」
「そっ、そうなんだ…………。で、何でコレット様が関係してくるの?」
「マリー、あなたってば本当に。ふふふっ」
「なに話してるんだよ、お前ら」
「ランスロット様、婚約の話ですわ」
「こ、婚約するのか? 誰と?」
先ほどの私みたいな質問をするランスロット様に、ソフィーは愉快そうに笑った。
ソフィーの笑顔にランスロット様が目尻を下げる。
「ランスロット様は決められた方はいらっしゃるのですか?」
「俺はいない。というか俺は次男坊だから、婿養子の口でも探すか、父上が持っている爵位の一つを貰って生活するかしかないからな。相手はかなり絞られてくるというか」
ランスロット様が将来について意外としっかり考えていたことに驚いた。
人のことを『雷女』だなんて言うぐらいだから、お子様だと思っていたのに。
しかし次男坊なのか。長男は誰なんだろ?
「ランスロット様のお兄様って?」
「うちの兄貴か? 最近設立された魔石研究所の副所長エドワードだよ」
「えっ? そうなの? いいなぁ」
「いいなぁってなんだよ」
「だってアーサー様と一緒にお仕事出来るじゃない」
「そういう基準かよ」
何基準ならいいというのだろうか。
お金も稼げて一緒にいられるんだから、最高じゃないですかっ。
「ランスロット様も私たちも状況は似たようなものですわね。家を継ぐのは長男ですもの。基本的には家を出ることになりますわ」
ソフィーが言うのも尤もなことだった。
お兄様のことだから、いつまでも居ていいと断言しそうだけれど、仕事もなくストランド侯爵邸にずっと住んでいるのは確かに肩身が狭い気がする。
王宮魔術師ってどれぐらい貰えるんだろうか。
「ランスロット様もエドワード様のように王宮魔術師になるんですよね? どれぐらいのお給料なのかご存知でしょうか?」
「まっ、その予定ではあるけどな。それよりお給料って、お前、王宮魔術師になるつもりか?」
「仕事も嫁ぎ先もなく家に居ることになったら、気まずいかしらと……」
「べ、べつに行き先がなかったら俺のところに来てもいいぞ」
まさかの告白!?
またまた意外な一面を見せたランスロット様の顔は真っ赤だ。
「まぁ、頼もしいお言葉ですわ。その時はお願いしますわ」
「おっ、おう」
えっ? そこ、ソフィーが応えるの?
しかもランスロット様、おうって、どっちでもいいんですかっ!
時々ソフィーはこちらがびっくりするようなことを言ったり、行動したりする。でも蓋を開けてみれば、それは全部私のためになっていたりするんだけど……。今回は何を狙ってランスロット様に嫁いでもいい的な発言をしているのか分からないけれど、きっとそれが私にとって良い事だというのは間違いない……と、信じたい。
取り敢えず節操なしのランスロット様のことはソフィーに任せて、私も将来に備えて仕事もしくは嫁ぎ先を探し始めないとならないか。何せ3年しかない。
仕事なら、うーん、魔術は苦手じゃないから先ほどから話題に出ている王宮魔術師っていうのも悪くないかも。
「ところで王宮魔術師って、どうやったらなれるの?」
「お前、本気なのかよ……。そうだなぁ、学園で必須科目を受けるのは当然だろ。それと魔力。後は試験に合格すればいい」
「そうなんだ! 一緒に必須科目をとっても構わない? ソフィーもとろうよ」
「おっ、おう」
「わかりましたわ」
よし、これで仕事の方は目星が付いたかも。
後はもう一つの可能性として、相手探しかぁ。
「ちなみに、軽く考えてるみたいだから言っとくな。試験、めちゃくちゃ難しいんだ」
「へっ?」
「合格者が出ない年もある。要は一定の水準に達してないとダメなんだ。上位何名合格というわけじゃない」
えぇっ。
それじゃ、私には到底無理なのでは…………。
ソフィーはどう感じただろうか? 隣をそっと伺う。
「まぁ、そうなのですね。それで試験の内容はどのようなものなのでしょうか?」
「筆記、論文、実技の3科目だ。俺もお前らも魔力が高いから実技については心配ないと思う。問題は残りの筆記と論文だな」
ソフィーが積極的に質問してくれたお陰で内容は分かったけれど、だ。
筆記と論文…………。
百歩譲って筆記は何とかなると思わなくもない。だけど論文はまずいっ。何せ書こうと思った先から頭の中でぐるぐる考えてしまい文字にならない。
実技の割合を大きくしてくれたらいいのに。
魔力は高いとランスロット様も言ってくれたし……。
あぁ、割れた水晶のことを思い出してしまった。決して割った水晶ではない。
そう言えばランスロット様の真っ白に輝く水晶も凄かったけど、ソフィーの赤い色は何だったんだろう?
「ランスロット様。魔力測定の時、ソフィーの水晶が赤くなったじゃない? あれってどういう事?」
「あぁ、お前が馬鹿力で水晶割った時の話か」
ランスロット様がニヤニヤしながら人の顔を覗き込む。
「違うわよ。割ったのではなく、割れたの!」
「はははっ。冗談だよ。でな、赤っていうのは周囲の魔素を感知しやすいってことなんだ。珍しいんだぞ」
「そうだったのですね。知りませんでしたわ。さすがランスロット様ですわ」
「おっ、おう」
ソフィーに持ち上げられたランスロット様ときたら、鼻の下を長くしちゃって何なのかしらと思っていたら、教室の入り口にひょっこり顔を覗かせているマクシミリアン様が視界に入った。
マクシミリアン様は私に向かってちょいちょいと手招きする。
カフェテリアでの一件以来、皇太子殿下への態度についてお詫びをしなければと思っていた。
「ちょっと行ってきます」
ソフィーとランスロット様は一瞬怪訝そうな顔をしたが、マクシミリアン様の姿を認めると成る程という顔をした。
廊下に出るとマクシミリアン様は済まなさそうな顔をして言った。
「あのさぁ、クリスがマリアンヌ嬢と話がしたいって言うんだ。もちろん嫌なら断ってくれて構わない。いや、むしろ断って欲しいというか」
「あの、その前に、ごめんなさい」
「は?」
私は周囲を見回しマクシミリアン様に近寄ると「だってあの方皇太子殿下ですよねぇ」と小声で言った。マクシミリアン様は首を縦に振る。
「お忍びなのにバラしそうになってしまいましたし、態度も不遜だったといいますか……。不敬罪だと仰ってなかったでしょうか。ほんとにごめんなさい」
「ははははっ。マリアンヌ嬢はソフィー嬢の誕生日会でも謝ってたな」
お腹に手を当てて腰を折るようにして笑うマクシミリアン様。
笑い過ぎですっ。
「それで皇太子殿下は私に謝罪を求めているのでしょうか?」
「いや、不敬だなんて思ってないさ。というか、良く皇太子殿下だって分かったな」
マクシミリアン様も周囲を警戒して小声で喋る。
「クリス様のネーデルラン語には北方系特有の発音がありましたし、それにジャケットの刺繍の紋様が」
「なるほどね。まいった。クリスもそんな観察眼を持ったマリアンヌ嬢に興味を持ったみたいだよ」
興味ねぇ。罰したい訳ではないなら、まぁ良かったかも?
「お話はいつどこで?」
「というかクリスとの会見、受けるのか?」
「えぇ、別に不敬罪に問われないなら問題ありませんが? というより断ったら不敬罪になるのでは?」
「くくくっ。それもそうだな。まずはマリアンヌ嬢が受けてくれると報告するから、詳細は後でいいか?」
「えぇ、もちろんです」
理由は不明だけれど、再びクリス様にお会いすることに。
何よりも怒られなくて済むというのが一番だ。
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