クリス様との出会い
お越しいただきありがとうございます。
よろしくお願いします。
今日の授業も終わり、私はソフィーと一緒に職員棟の1階にあるカフェテリアに来ていた。
もちろんお目当てはお兄様ご推薦のスイーツである。
カフェテリアの中は並木道側に大きくとられた窓のおかけで開放感があった。
放課後のこの時間は人気らしく、ほとんどの席が埋まっている。
だがテーブル同士の間隔も広くて隣が気になることはない。さすが貴族の通う学園のカフェである。
「マリー。気持ちは分からなくもありませんが、そろそろ決めてもらえないかしら?」
「だって、本日のおすすめと定番、どちらも捨てがたくて……」
メニューと睨めっこする私を愛おしそうに見るソフィー。
いやいや、もう少し厳しくしてもいいんですよ。
「簡単な話ですわ。2つとも頼んで私とシェアすればいいのです」
そんな我が儘が許されるのか?と、ソフィーを見ると、本人はさも当たり前のことだとばかり慈愛の目で見る。
「……えーっと、じゃあその提案でお願いします」
ガラガラとワゴンの音がして目の前に運ばれてきたのは、イチゴとベリーがこんもりと乗ったタルトと、ピスタチオとチョコレートが二層になっているケーキだった。
「私はピスタチオからいただきますわ」
ソフィーが定番のケーキを口に運ぶ。
私はごくりと唾を飲み込んで、その様子を見守る。
「これは――ヴィンセント様が勧められるだけのことはありますわね」
きっと私がイチゴ好きであることを知っているソフィーは定番のからにしてくれたのだろう。そんなソフィーの優しさに感謝しつつ私もイチゴとベリーのタルトを口に入れようとした、その時、突如として黄色い声がした。
「きゃあ、あれはどなたかしら?」
「凄い美形。お隣はマクシミリアン様よね」
やけに騒がしい。
みんな並木道側の窓を凝視している。
さすがに貴族の子弟が学ぶ場所だけあって窓に群がりはしていないが。
私はタルトの刺さったフォークをいったんお皿に戻すと、みんなの見ている方向に目を向けた。
そこには並木道からカフェテリアの中を見回しているマクシミリアン様の姿があった。
ん? なにしてるのかしら? 誰か探してる?
私とマクシミリアン様の視線が合う。
ほっとした顔をしたマクシミリアン様は私に手を上げた。
その仕草に、カフェテリア内で再び黄色い声が起こった。
今日は1日ご予定があるとかでお休みじゃなかったっけ?
確か生徒会長がそう言っていたような……。
本来ならば今日は生徒会のダンス練習日だったのだ。
ところがマクシミリアン様がいないため次回に持ち越しになっていた。
私が頭を軽く下げると、にこりと笑ってカフェテリアに向かってくる。
いやいや、また悪目立ちするから来ないで欲しいんですけど。
機転を利かせてくれたソフィーのおかげで、カフェテリアの個室にいる私たち4人。
王族が入学する王立学園では、食堂に専用フロアがあり、カフェテリアにも個室が用意されている。
この個室もいくつかあるうちの一つで、白を基調にした内装に金細工がふんだんに使われている。
4人の前に置かれたティーカップも金縁に薔薇の模様が描かれているものだった。
「マクシミリアン様は今日はご予定があるのではなかったのですか?」
ようやっとタルトを口にした私は、口火を切って聞いてみる。
あら、このイチゴ…………もしやライの話していた契約農家の物では!?
「あぁ、ネーデルランから来ている人がいてね、それで呼ばれていたんだ」
「そうなのですね」
私は頷きながらも、もぐもぐと食べ進める。
そんな様子を見ていたソフィーがマクシミリアン様に尋ねる。
「それで、お隣の方にご挨拶させて頂いても?」
「ああ、すまない。こいつは俺の従兄のクリスだ。どうしても王立学園が見てみたいって言うから連れてきた」
「初めまして、クリスです。お茶の時間を邪魔してごめんね。何せマークが突然、編入しちゃったでしょ? 凄く気になってたんだよね」
「ソフィーですわ。よろしくお願いします」
「マリーです。よろしくお願いします」
手短に挨拶する私たちに、にっこりと微笑まれたクリス様。
プラチナブロンドに淡い緑色の瞳を持つクリス様の笑顔は、ガラス細工のように繊細で美しい。
マクシミリアン様の従兄だと言うからには、多分貴族なのだろうけど……。
だがクリス様は家名を名乗らなかったので、私とソフィーも外してご挨拶した。
それにしても今日のマクシミリアン様から湧いてくる違和感。ずっと何だろうと思っていた。そう、それは制服じゃなかったせいだと、やっと気が付いた。一目でわかる上質な生地の緑色のジャケットが金髪に良く映えている。
一方クリス様が羽織られているのは白一色のジャケット。
だが良く見ると袖口に銀糸で細かな刺繍が入っている。
うーん、あの紋様どこかで見たような。
確かあれはネーデルランの…………何だったかな。
『2人はネーデルラン語は話せるの?』
突然隣国の言葉で私とソフィーに尋ねたクリス様。
普段マクシミリアン様がファティマ国の言葉を流暢に話すので、隣国の公用語がファティマ国とは別であることを失念していた。
『あら、クリス様はネーデルラン北方の系譜を引いているのですか?』
クリス様の話し方には北方系ならではの特徴があった。
ネーデルラン北方は確か初代皇帝の出身地。
そうか、あの刺繍はネーデルランの古代遺跡の紋様!?
でも確か、その紋様は直系皇族のみが使用を許されているはずよね……。
―――やだ、この方皇族? しかも直系!?
『へぇ。どうしてそう思うの?』
『いえっ、申し訳ございません。勘違いですわ。ほほほほっ』
きっとお忍びなのよね。悪いこと言ってしまった。
慌てる私を啞然とした顔で見ているマクシミリアン様。
後で謝っておこう。
気まずくなった私は、ちらりとソフィーに視線を向けて助け舟を期待する。
「そうですわ。もし他もご覧になられるのでしたら、生徒会長を呼んでまいりましょうか?」
ソフィーが両手をポンと打って提案する。だが、マクシミリアン様は首を横に振った。
「いや、そろそろ戻らないとならない時間だ。クリス行こう」
「もうかい?」
クリス様は不満そうにマクシミリアン様を見るが、問答無用とばかりマクシミリアン様はクリス様を引っ張っていく。
私は二人の後ろ姿を見送りながらネーデルランの皇族について考え続けていた。
クリス、クリス…………。
直系皇族でクリスと言ったら…………。
やだっ。クリストファー皇太子殿下しかいないじゃない!!
冷や汗が流れる…………。
ケーキなんかむしゃむしゃ食べてる場合じゃなかったのでは?
なんとか不敬罪にならないようにマクシミリアン様に頼んでみよう。
項垂れる私をソフィーがふわりと抱きしめる。
「さぁ、行きましょう。マリー」
「そうね。ソフィー」
王城に戻る馬車の中、私はいつになく気分が良かった。
「随分とご機嫌ですね」
「分かるかい?」
「まぁ、それぐらいでしたらね」
「マークがファティマ国は面白いと言っていたけど、本当だね。来て良かったよ」
「そう、ですか……」
マリアンヌ嬢は私が皇族だと気が付いた。
だが個室の手配をしたソフィー嬢。彼女も気が付いていたはずだ。
私の顔を知っていたのかもしれない。
くっくっく。
二人ともネーデルラン語も理解できる。
思ったより楽しめそうだ。
お読みいただきありがとうございました。
ブックマーク・評価もありがとうございます。
とても嬉しいです!




