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私はアーサー殿下のエスコートでサロンに向かっている。
馬車の中から見た王城は、デザインこそ優雅だが石造りで堅苦しい感じがしていた。
でも一歩中に入れば、回廊には中央に膨らみを持たせた柱が使われており、庭園のトピアリーは丸みを持たせた物が多い。
それらが柔らかい印象を与え、見るものを和ませる。
今回のファティマ国への訪問。
きっとダメと言われると思っていたけど、お父様は快諾してくれた。
お兄様が一緒なら安全面も問題ないだろうと言っていたけれど、お兄様だって暇じゃないのにね。
でも、もうアーサー殿下に会えなくなるような気がして、お願いせずにはいられなかった。
迎賓館前で別れたお兄様はマークが滞在しているという離宮の方に行ってしまった。
まぁ、お忍びだから仕方ないとしても、きっと退屈してるわよね。
宰相のおじ様もいつの間にかいなくなり、今、私とアーサー殿下の後ろを歩いているのはマークとラインハルト王太子殿下。
「マーク? あなた王立学園で外せない用があったのではなくて?」
振り返りざまの私に、ありもしない用について指摘されたマークは面食らっている。
「へっ?」
「コホンっ。ほら、先ほど言っていたではないの」
ほんとに察しの悪い男ね。私は視線で合図を送る。
あー、というような顔をするマーク。
「そうなのですよ。もし晩餐までの間、お時間が頂けるようであれば行ってきたいのですが」
「私は構わなくてよ。王太子殿下、構いませんでしょうか?」
私はアーサー殿下に腕を絡めたまま、王太子殿下を見上げた。
あら、アーサー殿下に気を取られていたから気が付かなったけど、王太子殿下も美丈夫なのね。しかもアーサー殿下より華やかな感じ? 金髪のせいかしら。
「えぇ、もちろんです。なんだマクシミリアン、悪かったな」
「いえいえ、こちらこそお許し頂きありがとうございます。それでは後ほど」
そそくさと去っていくマクシミリアンの後ろ姿に苦笑する。
これで邪魔者もいなくなったわね。
お兄様、少し羽を伸ばしてきてくださいね。私はこちらでしっかりとやっていますから。
いたずらが成功した気分で、少し嬉しくなった。
「ヘティ様。それで急にファティマ国いらしたのには訳があるのですか?」
「ネーデルランに戻ってきてくださらないかと思って、お誘いに来たのですわ」
「それは随分と光栄なお話ですね」
アカデミーもアーサー殿下の脱退を凄く残念がっていた。
戻ってきて欲しいのはネーデルランの望みでもある。
少しはにかんで笑うアーサー殿下。
あんなに優秀なのに、どことなく遠慮気味で、私は少し影のあるアーサー殿下のお顔が好きだった。
やっぱりアーサー殿下は私のものよ!
「でも、アーサー殿下にお会いしたかった、というのもあるのですよ」
きちんと本音も伝えておく。
この立場だからこそ言えることもある。それなら、言わなければ損なだけだものね。
「ヘティ様にはかないませんね」
上手くはぐらかされてしまったけど、めげないわ!
サロンの椅子に座り、淹れ立てのお茶を口にする。
あら、これは私の好きなネーデルランのお茶。
「王太子殿下、ありがとうございます。わざわざネーデルランの茶葉をご用意くださったのですね」
「それは兄が第二皇女殿下のためにと用意したものです。お気に召しましたか?」
「まぁ、アーサー殿下、覚えていてくださったのですか!」
「もちろんですよ」
あぁ、ほんとに素敵なアーサー殿下。
このさり気なさでネーデルラン中の女性陣を虜にしている。
そんなアーサー殿下に思い人がいるなんて…………。
もともと殿下が頻繁に手紙を出される女性のことをお慕いしてるのでは? という噂はあった。
だが、最近ではアーサー殿下が帰国されたのは、その方との婚約が近いからではないかと、まことしやかに囁かれ始めたのだ。
お父様のお気に入りだったアーサー殿下は『紫苑の宮』という称号まで与えられて、皇城に隣接する宮に住んでいた。
私はよくそこに忍び込んではアーサー殿下に遊んでもらっていた。
8年近くもの間一緒に成長してきたアーサー殿下への想いはいつしか恋になり、きっとこのまま婚姻を結べるに違いないと思うようになっていた。
「アーサー殿下はご婚約はされないのですか? どなたか決まった方は?」
「あぁ、私も王太子殿下もまだですね。ヘティ様はいかがですか? もういいお話が?」
良かった! 婚約されるわけではないのね。
思わず聞いてしまったが、もしその通りなんて言われたら立ち直れなかったかもしれない。
「私もまだですの。皇帝陛下が中々見つけてきてくださらなくて」
「皇帝陛下はヘティ様のことを手放したくないのでしょう」
そうなのだ。私にあんなに甘いお父様に「アーサー殿下に婚約の打診をして下さい」と頼んでも、なぜか「まだ駄目だ」としか言わない。
まぁ、確かにお父様にしてみたら寂しいのかもしれないわね。
「そういえば王太子殿下は婚約者を亡くされて間もないのでしたね。私ったら不躾なお話をしてしまいましたわ。申し訳ございません」
「いえ、お気になさらずにね」
トントン。
「誰だ」
「宰相のケルンでございます」
「あぁ、ケルンか。入れ」
扉が開くと、宰相のおじ様が入ってきた。扉の脇には私の侍女のエマが控えている。
「お部屋の用意が整いましたので、ご案内に参りました。晩餐会までお寛ぎ下さい」
「ありがとう。それでは皆様のちほど」
王太子殿下にカーテシーをして部屋を出た。
後ろにエマもついている。
案内された部屋は、それは煌びやかな造りだった。
調度品一つとっても繊細な造りが見てとれる。この部屋の中のどれもが一流の品だ。
でも私の年齢を考えてくれたのか、重厚になり過ぎないように考えられている。
非公式だったのに、ほんとに悪いことしたわね。
晩餐会ではお礼を述べなくては。
あっ、その前にあれよね。
「エマ。マークが戻ってきたらお兄様と一緒に私の部屋に来るように伝えて」
「畏まりました。ヘンリエッタお嬢様」
お兄様は晩餐会には出席できないから、話を聞くなら今のうちよね。
多少は気分転換出来ていたらいいのだけど。
だらしないと思いつつ、長椅子に寝そべってしまう。
久しぶりの船旅に興奮していたから気が付かなかったけれど、大分疲れていたのかも。
瞼が重い…………。
この後眠りから覚めた私は、上機嫌のお兄様を見ることになるのだが、この時の私はまだ知らない。
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