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第二皇女殿下

お越し頂きありがとうございます。

よろしくお願いします!

 まだ太陽は高い位置にあり、海上から運ばれた風が甲板に立つ私の髪を揺らしている。

 海鳥の群れが海上を旋回している。

 小魚の群れでも見つけたのだろうか。

 

 ファティマ国王都の東南側にあるウェルペン港が眼前に迫っていた。

 

 ネーデルラン皇国から南のファティマ国へは沿岸の海流に乗って僅か半日足らずで着く。

 もっとも帰りは沖合の北へ向かう海流に出る必要があるため、もう少し時間がかかるのだが。

 

 港では指示を飛ばす者、それを受けて走っていく者、そして整列している者など、それぞれが入港の準備に追われているようだ。


「えーーーっ。こんなに大袈裟になるなんて聞いてないよ」

「ヘンリエッタ。身を乗り出しては危ないよ。それと船を降りたら言葉遣いには注意しなさい」

「お兄様、煩い。ヘティはいつもちゃんとやってるでしょ?」

「あぁ、そうだね」


 私はヘンリエッタの頭を撫でてやった。

 嬉しそうに目を細めるヘンリエッタ。


 いよいよ船が接岸作業に入る。

 港湾関係者たちが船から投げられた繋留用の太いロープを引っ張り上げて、岸壁に設置されたビットに繋いでいく。

 完全に着岸するとタラップが降ろされた。


 さて、参りますか。


 今回は妹ヘンリエッタの訪問ということになっている。

 私の存在は明かされていない。

 さすがのヘンリエッタも自ら私の存在をバラすような愚行をおかしはしないだろう。

 思う存分ファティマ国を検分できるというものだ。


 はしゃいでいるヘンリエッタをじっとみる。

 天真爛漫な妹は可愛いと思う。

 だが、ただそれだけだ。

 我ながら自身の感情の淡白さに驚く。

 

 その代わり皇帝陛下はヘンリエッタを大層可愛がっている。

 今回の我が儘にも2つ返事で許可を出した。

 私が一緒ならヘンリエッタを守れるだろうだと?

 皇太子である私を護衛扱いか。


 あの男、本当に愚鈍でイライラする。


 ヘンリエッタの後ろに続きタラップを降りる。

 出迎えたのはアーサー殿下と壮年の男――確か宰相のケルン、そしてマクシミリアン。

 彼らの後には近衛兵がずらりと勢揃いしている。


 くくくっ。

 マクシミリアンの奴、いかにも面倒だって顔してるな。

 さぁ、私に気が付くだろうか。

 

 私はヘンリエッタの後ろに控えて立った。


 早速、宰相のケルンが前に出て挨拶をする。

 

「第二皇女殿下様、ファティマ国宰相ケルンと申します。この度はご訪問誠にありがとう存じます」

「歓迎大義ですわ。急なことゆえ、非公式と申しましたのに。却って手間をかけましたね」

「勿体なきお言葉」


 胸に手を当て腰を深く折る宰相をよそに、ヘンリエッタの視線は宰相の隣に立つアーサー殿下に釘付けになっている。

 その視線に気が付いたアーサー殿下が口を開いた。

 

「ヘンリエッタ様。お久しぶりです」

「アーサー殿下。お久しぶりでございます。お元気でいらっしゃいましたか?」


 花がほころぶように笑うヘンリエッタの美しさに、周囲の者が息を呑む。


「はい、ありがとうございます。ヘンリエッタ様は相変わらずお美しいですね」

「まぁ!」


 両手を頬に当てて上目遣いに殿下を見つめるヘンリエッタ。

 そんな彼女を見たマクシミリアンは呆れ顔だ。


「えっと、ヘンリエッタ様。俺のことをお忘れではありませんよね」

「いましたのね? マーク」

「えぇ、おりましたよ」

「マーク。あなたには言いたいことが沢山ありますのよ。私に断りもなくファティマ国に編入などと」

「はいはい」

「アーサー殿下もですよ。急にアカデミーを辞められて帰国されるなんて」

「……すみません」


 宰相は2人を遣り込めるヘンリエッタの様子を笑顔で見ている。


 ふと、視線が刺さった。


 先ほどまで軽口をたたいていたマクシミリアンが、私を凝視している。

 

 私が目だけで合図すると、ギョッとした顔したマクシミリアンがふいっと視線を逸らした。

 ったく、下手くそな奴だな。


 俺の側近だというのに……もう少し鍛えないとダメだな。


「ヘンリエッタ様。それにしても、今回はまた随分と急にいらっしゃることになりましたね」

「もう、アーサー殿下は意地悪ですわ。以前みたいにヘティと呼んで下さいませ」

「それはまだお小さい頃のことですよ」


 そう言われたヘンリエッタは頬を膨らませる。


「しょうがないですね。それではヘティ様。そろそろ王城にご案内いたしましょう」


 満面の笑みを浮かべたヘンリエッタは、アーサー殿下に飛びつくと殿下の腕に自分の腕を絡ませた。

 それを見たマクシミリアンは再びギョッとした顔をした。


 





 港を出た一行は王城に向かう馬車に揺られていた。

 王都の中心部に入り往来も激しくなってきた。


 ネーデルランに比べ南部にあるファティマ国は、気候も温暖で作物の実りもよい。

 行き交う人々の顔は穏やかで商店は活気に溢れている。


 前方に高い塔を有する王城が見えてきた。

 石造りの堅牢な建物だがデザインは優美で、見る者の心を惹き付けて止まない。


 やがて王城の門をくぐった馬車は迎賓用の入り口の前に止まった。

 馬車を降り奥へと案内されるヘンリエッタをそのまま見送り、侍従たちは今回滞在先として用意された、マクシミリアンも滞在している離宮へと向かう。


 みながそれぞれの持ち場につくなか、俺は長椅子に背中を預けてその様子を眺めた。

 きっとマクシミリアンも当分は戻って来られないだろう。

 さて、何をして過ごそうか。

 

「失礼いたします。マクシミリアン様よりご伝言を承りましてございます」

「私がお伺いいたしましょう」

「ありがとうございます。これから王立学園に行くので同道せよとのことでございます」

「かしこまりました。ご案内頂けますでしょうか」

「はい、ではこちらへ」


 マクシミリアンの奴、たまには気が利くな。

 さっそく王立学園に行けるとは思ってもいなかった。

 この時間ならまだいるかもしれない。

 

 そうマリアンヌ嬢が。


 私は逸る気持ちを抑えて護衛の後を静かについて行った。

お読み頂きありがとうございます。

ブックマーク・評価もありがとうございます。

とても嬉しいです!

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