俺のしたいこと
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離宮に戻った俺は、ソファーにどっかりと腰を下ろした。
昨日のストランド侯爵邸。
マリアンヌ嬢がアーサー殿下の色を纏って現れた時には、正直もう邪魔をする余地など無いかと思った。
ただマリアンヌ嬢の様子を見る限り、意図して着たわけではないようだった。
あれは俺を牽制するためのものか……。
あの屋敷には思った以上に目端の利くものがいるようだ。
だが、今日のダンスでマリアンヌ嬢のパートナーになることが出来た。
俺の思い通りの場所でステップを踏みターンを決めるマリアンヌ嬢とのダンスは思った以上に楽しかった。
あんなに高揚するダンスはいつ以来だろうか。
しかしソフィー嬢が生徒会に入ったのは計算外だった。
どうも彼女はマリアンヌ嬢に対して過保護な感じがする。
もし彼女とも踊っていたら、何が見えただろうか。
ダンスには思っている以上に人柄が出る。
マリアンヌ嬢とはまた違った面白さがある気がする。
なに、まだ始まったばかりだ、これからいくらでも機会はあるだろう。
傍らに置いていた通信魔道具が鳴る。
「やぁ、マーク。そちらの様子はどうだい?」
「皇太子殿下。えぇ、こちらはとても面白いですよ」
「今までよほど退屈していたんだね。気が付かず済まなかったね」
「いえ、こうして我が儘を聞いて頂いておりますから」
「そう? それならこちらの我が儘も聞いてもらえるかな」
「何事かございましたか?」
「ヘンリエッタがマークのところに遊びに行きたいそうだよ。もちろん狙いはアーサー殿下だろうけどね」
「第二皇女殿下…………」
「それじゃ、よろしくね」
無情にも通信は切れた。
さて、どうしたものかな……。
翌日の放課後、離宮に戻った俺は王太子殿下の呼び出しを受けた。
呼び出しの理由は恐らく……相変わらず動きが早いな、あの方は。
俺はため息をついた。
王太子殿下と初めて会ったのはソフィー嬢の誕生日会。
次は正式に留学の挨拶に訪ねた時だから、今日で3回目か。
まぁ誕生日会は非公式だったし、俺も教会の寄付金集めの最中だったからカウントしなくてもいいかもれしない。
そう言えば誕生日会の時、王太子殿下はなぜあそこにいたのか。しかもマリアンヌ嬢とは何やら親しげだったが……。
離宮と王城は中庭を挟んで渡り廊下でつながっている。
渡り廊下の両脇の植栽は、目隠しになりつつも死角を生み出していない絶妙な配置になっていた。
そこを護衛と共に王太子殿下の執務室に向かっている。
ファティマ国はわざわざ俺のために専属の護衛を付けてくれた。
いざという時の見張りの役割もあるんだろうが。
まぁ、警戒させておくぐらいがちょうどいい。
その方が俺の本当の目的から目をそらせやすい。
そもそも、その目的が大したことじゃないんだがな。
俺は内心苦笑する。
執務室の両脇に陣取る警備の者と俺の護衛がやり取りを交わしている。
確認が取れたのであろう、俺は中へと案内された。
「カポー公爵子息。本日は良く参ってくれた」
「王太子殿下に於かれましてはご機嫌麗しゅう存じます」
「はははっ。堅苦しいのはその辺にしといてくれ」
「それではお言葉に甘えまして、私のことはマクシミリアンとお呼び下さい」
「早速だが、マクシミリアン。ネーデルラン皇国の外交官を通して書簡が届けられた」
「書簡にはなんと?」
「第二皇女殿下がマクシミリアンの元を訪れる予定を組んでいると」
「ヘンリエッタ様ですか。いつでしょうか……」
「明日だそうだ」
「!?」
いやいや。流石に俺は驚いた。
皇太子殿下の奴。絶対俺を困らせるつもりでやったに違いない。
あいつは昔からそういうところがある。
ネーデルラン皇国 クリストファー皇太子殿下。
今年21歳になられる眉目秀麗な方である。
ただ周りからは、何を考えているか分からないとよく言われている。
皇帝と皇后との間に生まれた正当な後継者にもかかわらず、皇帝に疎まれているきらいがある。
あの方は頭が良すぎるのだ。
天才は理解されない。
「滞在期間は2週間とある。長いのか短いのかよくわからんがな」
「そうですね……」
「非公式とはあるが、ネーデルランの皇族でいらっしゃる。晩餐会を執り行うのでマクシミリアン、君も出席を頼む。それと皇女殿下には滞在中、王城内の貴賓室を使って頂くつもりだ。マクシミリアンから見て他に不足な点があれば進言して欲しい」
「この度の突然の訪問という非礼、ネーデルラン皇国の貴族としてお詫び申し上げます。にもかかわらず晩餐会まで開催頂けるとのこと誠に感謝致します」
「謝罪などいい。どうせお前も困っている口だろ?」
「ありがたきお言葉、感謝いたします。それで晩餐会のご招待はお受けしますが…………アーサー殿下もご出席でしょうか?」
「もちろん兄上にも出席頂くが、何かあるか?」
第二皇女殿下の狙いがアーサー殿下であることは明白なのだ。
これで晩餐会にアーサー殿下が出席されていないとなれば、不機嫌になることは間違いない。
「いえ、第二皇女殿下がファティマ国に戻られたアーサー殿下に久々にお会いしたいのではないかと」
「そういうことか。やはりネーデルランの方からすれば兄上の方が近しいだろうからな」
それもそうだろう。
アーサー殿下は15歳でネーデルランに留学し、学院卒業後はそのままアカデミーにすすまれている。その期間ざっと8年余り。
アーサー殿下の年齢を考えれば、かなりの期間ネーデルランで過ごされたことになるのだから。
「ご配慮、ありがとうございます。第二皇女殿下の滞在に関することは私も責任を持ってあたります」
「明日の午後にはご到着される。留学中に悪いが、明日は1日空けておいてくれ」
「かしこまりました」
まったく……。
浮かれ皇女にも困ったものだ。
皇太子殿下が手を焼かれるのも分からないでもない。
だが、皇太子殿下は俺に振り倒すだけだからな。
いっその事、婚約でも打診したらどうなんだ。
アーサー殿下には悪いが、あの方とて王族だ。国の歯車であることはとっくに理解されているだろう。
立場的には第一皇女の方が都合がいいが、両国の友好のためだという大義名分は第二皇女でも十分通用する。
ただ婚約打診が出来ると踏んでいるならば、皇太子殿下がとっくに皇帝に進言しているか。
逆に進言していない理由はなんだろうか。
進言する価値もないということか。いや違うな。
もっと別の何かがあるはずだ。
皇太子殿下の考えそうなこと…………。
―――第二皇女とアーサー殿下を結ばせるつもりはない。
なんともしっくりくる答えにゾクリとした。
結ばせない理由はなんだ?
それならなぜ俺をここに編入させた?
いや、そうじゃない。
俺なら編入を願い出ると踏んでいたんだ。
俺を編入させて何をさせるつもりだった?
それはつまり俺が編入後しそうなこと。
今俺が気にしているのは、マリアンヌ嬢。
―――皇太子殿下の狙いはマリアンヌ嬢。
皇太子殿下が望まれて手に入れられなかったものは一つもない。
だが、マリアンヌ嬢を手に入れてどうするんだ。
それと第二皇女殿下とアーサー殿下を結ばせないことに何の関係がある。
これから俺はどう動けばいい?
皇太子殿下の望まれるものが分かったところで、その目的まで分かったわけじゃない。
それでもあの方の思う通りに動くのはつまらない。
もしかしたら、こんな考えすら見透かされているのかもしれないが…………。
それに気になることはまだある。
王太子殿下の次の婚約者の話をとんと聞かない。
次期国王となる方なのだ、いくら婚約者が亡くなって間もないとはいえ、候補者の話ぐらい聞こえてきても良さそうなものだ。
自分の娘を差し出したい有力貴族の連中ならいくらでもいそうなものなのに、表立って動いている者が余りにも少ない気がする。
それこそマリアンヌ嬢が候補者になっても不思議ではない。
彼女はファティマ国の名門ストランド侯爵家のご息女なのだから。
ファティマ国の王家には秘密があるのではないか。
その辺りのことがアーサー殿下ではなく弟のラインハルト殿下が王太子となったことと関係しているのかもしれない。
王家の婚姻には教会も深く関わっていると聞く。
ミゲル枢機卿あたりから探ってみてもいいだろう。
あの狸なら他にも面白そうなものを隠しているかもしれない。
俺はどう動けばいいかではなく、どうしたいかで動くことを決意した。
その方がずっと俺らしい。
後は邪魔されないようにするだけのことだ。
…………それがたとえ皇太子殿下であったとしても。
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