早く帰りたい
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えーーーっと、どうしてこうなったんだっけ?
私はストランド侯爵邸に帰るべく馬車に乗っているのだが、今置かれている状況に困惑していた。
目の前にはアーサー様。
うんうん。ここはまぁ良いよね。
私の肩にラインハルト王太子もとい妖精ライ。
ん? なぜこんな時に。
アーサー様の横にマクシミリアン様。
??? 何でついてきた。
私の横にヴィンセントお兄様。
うーん。まぁ正当なんだけどね。
はぁ。
確かに王家の馬車ですから、内装も申し分ありません。
クッションも最高です。
えぇ。本当にありがたい限りです。
でもですよ、いくら2頭立てとはいえは4人(正確には4人と1妖精だけど)乗ってるって多くないですか?
一体なんなのーーーーっ。
かれこれ30分程前に遡る。
カイン先生のところで新しい器具を使って魔力を計ってもらった私。9がずらりと並んだ数値を見せられて器具が壊れたかと思ったけれど、どうやらそんなこともなく無事にアーサー様の特別授業を受けられることが分かった。
「数値の事はよく分からないが、まぁ結果的に特別授業が受けられるんだろ? 良かったな。マリアンヌ嬢。なんか必死そうだったもんなぁ」
「カイン先生……。一言多いです」
「で、もう帰るんだろ? 馬車寄せまで送ってくか?」
意外だわっ。
こう言っては失礼かもしれないけれど、カイン先生から送るという言葉が出るなんて思いもしなかった。
案外紳士なのね、と感心する。
「いえ、カイン先生。マリーは私が送っていきますから大丈夫ですよ」
「殿下がそうおっしゃるのであれば、お願いいたします」
先生が顎を触りながらニヤニヤ笑って私を見ている。
もうっ。何が言いたいのかしら。違うって言ってるのに。
「先生、今日はありがとうございました。また明日」
まだ仕事が残っていると言う先生を残して、アーサー様と二人職員室を後にした。ところがエントランスに戻るのかと思っていたら、アーサー様がエントランスとは反対側に歩き出す。
「お帰りになるのではないのですか? エントランスへの階段ならこちらですよね?」
「あぁ、ごめんね。器具を回収しないとならないからクラス棟まで付き合ってくれるかな?」
そのまま反対側を歩いていくと、すぐに連絡橋があった。
外から見るとアーチ型になっているので内側も傾斜がついているのかと思っていたら平らだったのでびっくりする。
両側の開け放たれた窓から見えるのは並木道だ。目線が近くなった樹々の若葉を揺らしている風が、連絡橋を優しく吹き抜けていく。
私がちゃんとついてきているか心配なのか、時々振り向くアーサー様の薄紫色の髪が夕日に映えて輝いていた。
「綺麗ですね」
「あぁ。学園の裏には森もあるからね。空気が澄んでいるんだろう」
綺麗なのはアーサー様ですけどね。
ふふふと笑う私に、アーサー様も微笑む。
連絡橋を渡り切る。
クラス棟の方は1階しか見ていないが、どうやら2階も造りは一緒で、ずらりと並ぶ部屋の前を通って正門側の端まで移動した。
行き止まりかと思ったそこには階段室があって、上下階に移動できるようになっていた。
一歩踏み込むと、魔道ランプが灯り、窓もなく暗い階段室が明るくなる。
アーサー様を先頭に降りていった。
階段室を出ると、すぐ脇にある部屋の前でアーサー様が鍵を取り出した。
部屋には準備室というプレートが下がっていた。
「ここだよ」と言って、アーサー様が扉を開けてくれた。
中は大きな棚がいくつも並んでいるせいか薄暗い。奥の窓から差し込んだ細い光の帯の中で埃が舞っている。棚に置かれているのは、書籍や彫像から何に使うのかよく分からない形状の物など様々だった。
アーサー様の水晶の器具は入口付近の棚に置かれていた。それを手に取ると職員室から持ってきた器具の上に重ねた。
「ありがとう。それでは行こうか」
「はい」
エントランスの扉から外に出ると、アーサー様は警備の騎士団員に器具を渡して何事か指示を出した。騎士団員は片手を胸に当てて敬礼した。
「さて、ストランド邸に送っていこう」
「ん? ありがとうございます? 馬車寄せでは?」
「馬車寄せ?」
「え?」
「もちろん、ストランド侯爵邸まで送っていくよ」
「は?」
話のかみ合わないまま馬車寄せに到着すると、確かにそこには王家のキラキラ馬車しかなかった。
ストランド侯爵家の馬車は影も形もない……。
仕方なくキラキラ馬車に乗せて頂くことにした。
こんな馬車で屋敷に帰った日には、どんな騒ぎになることやら……。
想像するだけで頭が痛い。
パタパタパタ。
ん?
この羽音は……。
あぁぁぁぁ。出た。キラキラ妖精が。
「マリー、遅いから迎えにきてやったぞ」
「ちょっと! 今はアーサー様がいるから。ストランド侯爵邸で待っててよ」
アーサー様の様子をちらりと見ながら小声で文句を言う。
「せっかく王家で使用しているイチゴの入手先を教えてやろうと思ったのに」
「えっ? 本当? うそ、居ていいから」
「俺にいて欲しいだろっ」
こくこく頷く私に満足そうなライ。
とりあえず早く屋敷に帰ろう。
そうでないと収拾がつかなくなる。
足早にキラキラ馬車に向かうと、突然馬車の扉が開いた。
ぎょっとして足を止める。
中から顔を出したのは、なぜかお兄様とマクシミリアン様だった。
というようなわけで、ぎっしり詰まったキラキラ馬車に揺られている。
お兄様は遅くなるという知らせを屋敷で受け、心配だからと学園にやってきたそうだ。なぜそこで侯爵家の馬車を帰してしまったのかと文句を言ったら、いや、馬で来たからと言い切られた。普通、馬で来ないでしょ。その馬は一体どうなったの?
で、マクシミリアン様はというと、キラキラ馬車で離宮に帰ろうかと思ったが、アーサー様が遅れると知って面白そうだから待っていたそうだ。面白そうって何基準なの?
「それで、マクシミリアン様。学園初日はいかがでしたか?」
私の機嫌がよろしくないのを察した大人たちが押し黙っているので、適当に話を振ってあげることにした。
「そうそう。マリアンヌ嬢は魔力検査を受けたんだよね? どうだった?」
「えっ、えぇ。まぁ普通に光ってました、ね? アーサー様」
「そう、だね」
強く同意を求めた私に、アーサー様がたじろぐ。
私としては水晶を割ってしまった魔力検査の話と『雷女』の誕生日会の話は避けるつもりだった。
それなのに、マクシミリアン様から振られるとは。
これ以上傷が広がらないうちに次の話題を探さねばと思っていると、マクシミリアン様がポンと手を打たれて言った。
「あっ、そう言えば生徒会長って人がわざわざ挨拶に来たよ」
「まぁ、そうなのですか?」
「今期は誰がやってるんだったかな? 私の知ってる奴か?」
お兄様が首をひねって考えているところに聞こえてきたのは肩に座っていたはずの……。
パタパタパタ。
「フレデリックの弟だろっ」
目の前に浮かんで口をはさんでくるライがうっとうしい。
「ちょっと黙っててよ!」
「ん? マリー、どうかした?」
「あっ、ごめんなさい、お兄様。何でもありませんわ。それでマクシミリアン様、生徒会長はどなたなんですの?」
「確か辺境伯のコンラートとか言っていたかな」
マクシミリアン様がコンラート様の名前を出すとお兄様もようやく思い出したようだ。
「あぁ、そうでした。そうでした。スミュール辺境伯の次男坊のコンラートですよ」
スミュール辺境伯といえばフレデリック様のところである。
ライの言っていたことは正しかったのか。
「そう言えば、フレデリックも生徒会長をやったとか言っていたな」
さすがアーサー様。留学されていても側近の事はちゃんと把握している。
でも、あの筋肉系のフレデリック様が生徒会長?
俄かには信じられない。
「そのコンラートが生徒会に入らないかと勧誘に来たんだよ」
「まぁ、凄いですね。もちろん入られるのでしょ?」
「マリアンヌ嬢と一緒なら入ってもいいと答えておいたよ。どうかな?」
「はい?」
「それはいいね、1年のうちから色々経験しておくのは悪くないと思うよ」
「私の副生徒会長時代の話を聞かせてあげるから、不安になることはないよ」
「マリー、今度、生徒会室に遊びにいくね」
いやーーーーーーーーっ。
好き勝手に話してるけど、やるなんて一言も言ってないから。
早く家に帰りたい!
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