魔力検査
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「それでは今から検査を開始します。その前に水晶が激しく光ることがあるため、皆さんの目に保護魔法をかけておきます」
アーサー様が指をパチンと鳴らした。
…………。
特に何も感じなかったが、どうやら魔法はかかったらしい。
教室内は無詠唱で発せられた魔法に、ざわついている。
「では右側の前の席から順番に計っていきましょうか」
アーサー様はそんなざわつきなど気にならないようで、淡々と声をかけられた。
前の席の男子が立ち上がり、つかつかと水晶に近寄った。だが、激しく光ることがあると言われたのが気になるのか、恐る恐る手を置いた。
水晶がぼんやりと光り始める。
その子は一瞬ビクッとしたものの、そのまま手を置き続けた。
数値を確認しているのか、アーサー様がじっと台座を見ている。
やがて手元の紙に数値を書き写すと「はい結構ですよ」と微笑んだ。
ほっとしたような顔で水晶から手を離した男子は、席に戻ると隣の子に「大したことなかった」と余裕ぶって話をしている。
それにしても……。
その場で数値が発表されて、適性判断されるのかと思っていた私は拍子抜けした。
直ぐに特別授業が受けられるかどうか分かると思っていたのに……。
もう一度水晶に視線を戻した時には、既に次の女子が手を乗せていた。
今度は水晶の中心辺りが、明滅するように光っている。
アーサー様はさらさらと数値を記入していく。
特に変わったことのないまま生徒たちの魔力検査が終わっていく。
そして5人目。
今度は黒い短髪に青い瞳の男子の番だ。まだ幼さは残るものの整った顔立ちで、その表情は物静かでありながら勝気さをのぞかせている。
その子は慎重に歩みを進めると、水晶に手を乗せた。
すると、眩いばかりの光が教室内に溢れた。
すごい……。
辺りが白くなるほどの光の量。
水晶の光り方が人によってこんなに違うなんて。
ようやく光が収まると数値を確認されたアーサー様がにこりとされた。
きっと適性のある数値だったに違いない。
その子も満足そうな顔をしている。
いいなぁ。
私もアーサー様の授業が受けたい。
でも願望が強くなれば強くなるほど、思考がネガティブになっていく。
きっと水晶は光らない……。
そう思うことで、ダメだった時に落ち込まないよう自分を守っているだけ……。
こんなことなら最初に調べてもらった方が気が楽だったかもしれない。
思わずため息が漏れた。
ソフィーが立ち上がる気配に、隣りを見る。
ソフィーはふわりと笑うと、いつも通りのおっとりした足取りで向かい、ペタリと水晶に手をおいた。
水晶は光らない。
……と思っていたら突然水晶が真っ赤になった。
うそっ。
……白く光るだけじゃないんだ?
先ほど眩い光を放たせた男子も驚いてソフィーを見ている。
アーサー様も一瞬目を大きく開かれたが、直ぐに台座の数値を確認すると紙に書き込んでいく。
どうしよう。
次はいよいよ私の番だ。
みんなの検査を見れば見るほど、よく分からなくなってくる。
私はアーサー様の顔をちらりと見た。
アーサー様はそんな私に大丈夫とばかり頷かれた。
もう、この際何色でもいい。なんか出ろ!
私は水晶にバンッと手を乗せた。
水晶を凝視して……じっと待つ。
ん?
…………光も発しなければ色も変わらない。
まさかの反応なし!?
授業受けられない!?
絶望感で一杯になったその時……。
―――ピシリッ。
細い亀裂が入ったかと思ったら、水晶は真っ二つに割れた。
教室中が静まり返る。
へっ???
割れるなんて聞いてないんですけどーーーーーーっ。
「あー、水晶が割れてしまったので新しいのを持ってきます。それからマリアンヌ嬢は別の方法で測定することにしましょう。それでは皆さん少し待っていて下さい」
アーサー様が教室を出られると、みんなが一斉に私を見た。
そんな責めるように見なくても……。
助けを求めてソフィーを見る。
「マリーったら、怪力なのねぇ。こう、バンッて。驚いちゃったわ」
私が水晶に手を置いた時の真似をしながら、のんびりと話すソフィー。
いやーーーーーーっ。
親友の斜め上いく発言に口をはくはくさせていると「まじか、力技かよ」という男子の声が聞こえてくる。
なぜ私が素手で水晶をかち割った話になるのか……。
どこのどいつがそんなことを言ったのかと見回す。
様子を見ていた黒い短髪の男子が「お前、魔力高いんだな。それに赤い色を出したお前もな」とくすりと笑った。
なんか上から目線の物言いにイラっとしたが、魔力が高いと言われて悪い気はしない。
だって特別授業を楽しみにしていたのだ。
先日お父様に連れられて王城にお伺いした際に、偶然お会いしたアーサー様から王立学園の講師をすることになったと聞いていた。
ただ全員を対象にしたものではないから、適性検査を受けてもらう必要はあるけれど、マリーなら問題ないと思う。楽しみにしているよと言われた私は舞い上がった。
アーサー様が講師をされる。
それはつまり留学から帰ってくるということ。
なかなかお会いできなかったアーサー様が王立学園に来るのだ。
嬉しくないわけがない。
でも、そのためにも適性検査に通らなければ!
パンパンッ。
カイン先生が両手を打った。
それまですっかり忘れていた先生の存在を思い出す。
「それじゃ、殿下のお戻りを待つ間に自己紹介でもするか。さっきの検査の順番でしていけ」
一人一人椅子から立ち上がって挨拶を始めた。
クラス分けは家格順なので、Aであるこのクラスには上位貴族しかいない。
先ほどお前呼ばわりした黒髪男子はドルー伯爵子息のランスロットというらしい。
確かドルー伯爵家は代々王宮魔術師を輩出してきた家系だったと思う。
それなら俺様発言もあり得るか……。
ソフィーの挨拶も終わり、7人目――私の番になった。
「ストランド侯爵家のマリアンヌです。よろしくお願いします」
「お前が誕生日会の雷女かっ。どうりで」
「はっ???」
失礼な発言の主はランスロットだった。
何ですと。雷女??? 誰だそれ? いや私か……。
聞き捨てならない呼び名に眉をひそめた。
誕生日会って、ソフィーの誕生日会のことだよね。
なぜ広まってるんだろう。
私は再びソフィーに助けを求める。
「ほんと。バリバリドッカーーーンって凄い音だったものね」
ふふふと笑顔を向ける親友に、少しでも頼りにした自分を責めた。
いや、もしかすると誕生日会を台無しにしてしまった仕返しなのかもしれない……。
やるな親友。
それにしてもランスロットの奴。
手首を口元に当てて笑いを堪えているランスロットを睨みつけている間に、最後の子の挨拶が終わった。
そこにタイミングよくアーサー様がお戻りになる。
「お待たせしました。それでは最後の方の検査をしてしまいましょう。こちらにお願いします」
最後の女子もぼんやりと水晶を光らせて、無事に私以外の検査は終了した。
アーサー様はなるべく早く戻りますからと言って、次のクラスに行ってしまう。
とりあえず、新たな器具で検査を受けなければならない私としては、待つしかない。
ストランド侯爵家には遅くなる旨伝えておいてくれるらしいが……。
「検査も終了したし、今日はもう帰っていいぞ」
先生の言葉に自分たちは解放されると分かり、みんなほっとした表情で教室を出ていく。
立ち上がったランスロットも当然帰るのかと思って見ていたら、私のところにやってきた。
「特別授業一緒だよな。よろしくな」
暴言を吐いたその口でよろしくと微笑まれるとは思ってなかった。
言葉に詰まっている私にお構いなく「じゃあな」と去っていく後ろ姿を見送る。
……一体何だったんだろ。
「マリアンヌ嬢は先生と一緒に職員室で待ってるか。ソフィー嬢はもう帰るだろ?」
「そうですわね。先生がついていて下さるなら、私は帰りますわ。マリー、明日ね」
長い廊下を歩いて再びエントランスに戻ると、馬車寄せに向かうソフィーと別れた。私とカイン先生は向こう側の棟にある職員室に向けて歩き出す。
こちらの棟のエントランスも先ほどクラスがあった反対側の棟と造りは一緒だった。
職員室は2階だからという先生の後について正面の階段を上っていく。
踊り場を左に向かいエントランスをコの字型に囲むように進んでいくと、ちょうど1階の扉の上にあたる所に同様の扉がついていた。
押し開けた扉のその先はやはり廊下となっている。
ただしこちらの棟は太陽を背にしているせいか、廊下に光は差し込んでおらず少し重い印象がした。
先生が廊下の中ほどにある扉を開けて私を中に招き入れてくれた。
そこは先ほどの教室がいくつも入りそうな広さなのだが、好き勝手に配置された机がそこかしこにあるせいか、お世辞にも綺麗とは言えない所だった。
教師なんてものはみんな個性が強いんだと、先生が職員室の雑多な状況の言い訳をする。
確かに想像していたのとは違うが……。
却って緊張しなくて済む気がする。
「ここが俺の机だ。まぁ、これにでも座ってろ」
先生は窓際の植物が置かれた近くの机に案内すると、近くの椅子を引っ張り出してきた。
「今日は入学式だけだから他の学年の先生方はほとんどいないんだ。まっ、学校に住んでるんじゃないかって人もいたりするがな」
「住んでる、ですか……」
「それでマリアンヌ嬢はアーサー殿下とどういう仲なんだ?」
「へっ?」
私は一気に真っ赤になった。
先生はニヤニヤと笑っている。
「仲も何も、子供の頃から可愛がって頂いているだけですっ」
「そうかねぇ」
「そういう先生は? ご結婚はされてらっしゃるのですか?」
「俺か? いや、生憎と独り身でな。マリアンヌ嬢には姉さんはいないのか?」
「おりませんっ」
私が先生との会話にぐったりしていると、先生が私の背中の方に向かって「こちらです」と手を上げた。振り向いて見ると、職員室の扉からアーサー様がひょっこり顔を覘かせていた。
「遅くなったね。マリアンヌ嬢にはこちらの器具で試してもらうね」
そう言って出してきた物は、先ほどのような金属でできた厚いプレートで中央には人の手形のようなくぼみがついていた。
先生がご自分の机の上の荷物をどかしてその器具を載せる場所を確保する。
アーサー様は空いたところに慎重に器具を置いた。
昔はこの金属だけの器具で数値を計っていたらしいのだが、感知精度が低く、ある程度高い魔力の人でないと一切反応しない。そこで感知精度の高い水晶と組み合わせた物が先ほどの器具ということらしい。
そんな金属に私の魔力は反応するのだろうか……。
「さぁ、くぼみに合わせて手を乗せて」
「はい」
手を乗せようとした私は、少し迷う。
というのも、水晶の時は光るとか色が変わるとかの前例があったから、多少なりとも指標を立てることが出来た。でも、今度の器具は何がどうなったら正解なのか全く分からない。
私の心に『雷女』というランスロットの声がよみがえってきた。
そうだ、金属なのだから雷でも流すイメージでいきますか。
私が誕生日会よろしく手のひらに神経を集中させた途端―――。
「もういいよ!」
アーサー様が慌てて私を止めた。
手応えがないせいか止められた理由が分からず、不安になって顔を上げた。
するとアーサー様が器具を回して数値の表示されている部分を見せてくれた。
999999999
???
この数字はなんだろう。
故障? また壊してしまったんだろうか?
冷や汗が出てくる。
「マリー、これ以上の数値は計れないんだ」
「え?」
「つまり、特別授業受けられるよ」
「アーサー様、本当ですか? 良かった。もう心配で心配で」
「マリーなら大丈夫だと思ってたけど……この数値は予想してなかったな」
アーサー様が呆れたように笑われている。
私はカイン先生の前だというのに、いつの間にか『マリー』と呼ばれていることに気が付いて顔が熱くなる。
「なるほどね」
一人、カイン先生だけは何か納得されたように呟かれた。
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