入学します!
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よろしくお願いします。
数台は擦れ違える程の幅が確保されたその場所に、車体に紋章の入った馬車がずらりと並ぶ。
辺りには数多くの令嬢や令息が期待に満ちた面持ちで、数人ずつ又はある程度の人数でかたまって話に花を咲かせている。
そこへ王家の紋が入った一際豪奢な馬車が入ってきた。
そこから降りてきた人物を見定めると、一斉に黄色い声が飛び交った。
「キャーーーーーーッ」
ちょうど馬車を降りた私が何事かと振り向いたその視線の先には、アーサー様がいらっしゃった。
なるほど。
一瞬で納得してしまう。
やはりアーサー様の人気は絶大だわ。
だが続けて降りていらした人を見て、あれ?と思う。
何だか見覚えのあるような。
「アーサー殿下のお隣の方はどなたかしら。あの方もすごく素敵ね」
周りのご令嬢たちは興味深々の様子で、顔を寄せ合っては声を潜めて互いの見解を披露し合っている。
あの方……どこかで見たと思うのだが……。
うーーん……。
「マリー!」
急に声をかけてきたのは親友のソフィーだった。
「ソフィー。もう、びっくりするじゃない」
「嫌だ、マリーったら。また、ぐるぐると考えてたんでしょ」
さすが親友。よく分かっていらっしゃる。
制服姿が新鮮なソフィー。
かく言う私も制服を着ているわけだが。
「ねぇ、アーサー様とご一緒にいらっしゃる男性はどなたかしら?」
「多分だけど、ネーデルランから編入されるカポー公爵子息様じゃないかしら。お父様が離宮から通われると言っていたもの」
なるほど。
ソフィーの言葉に再び納得した。
あの方はマクシミリアン様だったのか。
どうりで見たことがあるはずだわ。
しかし以前、ソフィーの誕生日会でお会いした時は確かくすんだ緑色だった気がしたのだが……
そう、今のマクシミリアン様はそれはそれは美しい金髪なのだ。
もし違う髪色だったらさぞかし端正なお顔に映えるだろうと思っていたが、こちらの金髪が元々の色だというなら……反則でしょ。
しかし何で髪色変えてたんだろう……。
それに本当に編入してくるとは。
そう言えばアーサー様はマクシミリアン様のことをご存知なのだろうか。
ネーデルランに長らく留学されていたのだし知っていて当然なのかもしれないが。
アーサー様の留学時代か……。
考えてみたら何も知らない気がする。
とても優秀だったとはお聞きしたことがあるが。
そうだ今度フレデリック様に聞いてみよう。
「マリー、大変。お二人がこちらにいらっしゃるみたいよ」
「へっ?」
私が素っ頓狂な声を出しているうちに、歩み寄られたお二人が軽やかに声をかけてくださった。
「マリー、ソフィー嬢。おはよう」
「アーサー様、マクシミリアン様、おはようございます」
私がお二人にご挨拶すると、アーサー様は少し驚かれた様子を見せたが、私たちにマクシミリアン様をご紹介下さった。
「こちらはネーデルランのカポー公爵子息マクシミリアンだよ。2年に編入だからマリーやソフィー嬢の一年先輩になるかな」
「マクシミリアンです。よろしくね。マリアンヌ嬢は2回目かな」
「ポワティエ侯爵家のソフィーでございます。宜しくお願い致します」
「2年生とはいっても王立学園は初めてだから君たちと一緒みたいなものだよ」
マクシミリアン様が爽やかに笑われた刹那、私たちの動向を遠巻きにしていた令嬢たちからの冷たい視線を感じてぶるっとする。
アーサー様とマクシミリアン様という一幅の絵のようなお二人を独占しているとあっては仕方ないかと思うものの、初日から悪目立ちしてしまった。
そう、今日は待ちに待った王立学園の入学式なのだ。
ソフィーも私も真新しい制服に身を包んでいる。
制服はウエスト部分に切り替えのあるワンピースで、Vネックの襟の間には大きめのリボンを付けている。
襟の端とウエストの切り返し部分に白のラインが入れられており、紺色のワンピースのアクセントとなっていた。
ちなみにリボンは何色かあり、その日の気分で変えられるようになっている。
今日私が付けてきたのは光沢のある銀色。
私ではなく「髪の色と合わせておきますね」というケイトによって決められた。
寝坊したのは私なので文句の言いようもない。
「そろそろ向かいませんと遅れてしまいますわ」
ソフィーの声に促されて私たちは学園の大講堂に向けて歩き出した。
大講堂は正門から真っ直ぐに伸びる並木道の突き当りにあった。
両端に並ぶ樹々には黄緑色の小さな若葉が芽吹いている。
所々にベンチが設けられおり、その周りは花壇になっていて春の花が咲き誇っていた。
いよいよ学園生活がスタートする。
勉強はともかくも、ソフィーやアーサー様に頻繁に会えるかと思うとワクワクする。
「マリーは、マクシミリアンとは知り合いだったんだね」
突然、アーサー様がどことなく不満気な声で私に聞いてきた。
「えぇっと」
髪の色を隠していたからには何か事情があるであろうマクシミリアン様を見遣る。
おい、あなたが何とか言ってくれと。
「アーサー殿下。自分は今回の編入に先立ち下見を兼ねて非公式に訪れていたのですが、その際ソフィー嬢の誕生日会に寄付集めをして来いと教会に言われましてね。そちらでお会いしたのですよ」
「それはとんだことを頼まれたものだね」
「まぁ、そうだったのですの? 私ったらちっとも気が付きませんでしたわ」
ソフィーののんびりとした声に、アーサー様の顔から陰りが消えた。
いよいよ講堂が近づいてきた。
扉の両脇には白い制服を纏った近衛騎士の護衛する姿が目に入る。
アーサー様がいるからかしらね。
でもマクシミリアン様も公爵子息だし国賓に準ずるのかもしれない。
私たちは近衛騎士の守る扉から中へと歩を進めた。
講堂内は礼拝堂のような長椅子が左右に据えられており、先ほど入口で配られた席次表によってあらかじめ座る場所が決められていた。
ここでアーサー様は「僕はあちらだから」と言って教師陣が並ぶ右手の壁際へ進んで行かれる。
残された私たち3人もそれぞれの席に向かった。
講堂の高い天井に生徒たちのざわめきが反響している。
周りを見渡すと、同じ制服に身を包んだ人たちがいて、ついに入学するんだと思うと胸がいっぱいになる。
程なく全員の着席が確認されると壇上に大柄な男性が現れた。
瞬時に講堂が静寂に包まれる。
大柄な男性は声を増幅する魔道具に向かって、コホンと咳払いをした。
「諸君。私が王立学園長のザナスだ。これから君たちはこの王立学園で3年間過ごすこととなる。だが、この3年がどのようなものになるか、それを決めるのは君たちである。それだけは覚えておいて欲しい。ぜひ、輝かしい3年になることを祈っている。―――あー、堅苦しい挨拶はこれぐらいにして、諸君らも気になっているであろう人物の紹介に移る。アーサー殿下とマクシミリアン様。こちらへ」
アーサー様に続きマクシミリアン様も壇上に登られ、学園長の横に立った。
「王立学園は今期より魔法の特別授業を行う。ただしこの授業は適性のある者のみが対象である。アーサー殿下にはその講師をしていただく。続いてこちらは、ネーデルラン国より2年のクラスに編入されるカポー公爵子息のマクシミリアン様だ。今日入学する諸君にとっては先輩になる。失礼のないように」
学園長の紹介にお二人が揃って微笑まれる。
講堂内の女性陣が頬を赤らめた。
「以上で式は終わりだ。後は入口で配布したクラス分けにしたがって各自で教室に移動してもらう。なお、教室で特別授業の適性を判断するために魔力検査を行う。それが済んだら今日は解散だ」
学園長の言葉を合図に人々が移動を始める。
ソフィーが隣に並んできた。
「マリーもAクラスでしょ?」
「えぇ、そうよ。家格順でしょ? でも今期は王族の方々もいらっしゃらないし、マクシミリアン様は1学年上でらっしゃるしね。お気楽でよかったわ」
「ふふふ。マリーったら」
「そうそう。お兄様に聞いたのだけど学園のカフェテリアのデザートがとても美味しいらしいわ」
「ほんとマリーはお菓子が好きね。今度『メゾンデール』を予約しておくから一緒にいきましょ」
「えっ? あの王都一の人気店の予約がとれるの? 凄いわっ。ソフィー! あなたと親友でよかった」
呆れた顔をしたソフィーをよそにメゾンデールのケーキに思いを馳せた。
講堂を出てからしばらくは並木道を正門の方に戻りながら進んでいく。
右側が職員室、食堂やサロンなどが入ってる棟で、左側が1年から3年までのクラスが入っている棟となっているようだ。左右の棟の間には連絡橋が二ヶ所渡されていて、いちいち一階の入口を経由しなくても互いの棟に行き来可能になっているようだ。
ようやく細長い建物の中央部分に当たる場所に入り口が見えてきた。こちらにも近衛ではないが騎士団が立っている。
騎士団が重厚な扉を開けてくれる。
私たちは期待を込めて中に入った。
扉の奥は大きなエントランスになっていた。三階まで吹き抜けになっているせいか天井部分の装飾はこちらからは余り見えない。
左右にも扉がある。左側は先ほどの講堂の方へ伸びており右側は正門方向に伸びているのだろう。
突き当りの階段を上り切った先は踊り場で左右に伸びた先にはさらに上に続く階段があった。
ソフィーが「一年生のAクラスはこちらみたいよ」と言って左側の扉の方に私を引っ張っていく。
扉の先は廊下で、左側の並木道側の大きくとられた窓からは明るい日差しが差し込んでいた。
右側は各教室のようで、手前の扉にはFクラスと書かれたプレートがかけられている。きっとAクラスは講堂寄りなのだろう。
講堂側にも入口を設けてくれればいいのに……。
ようやくAクラスのプレートを確認し中に入る。
教室は建物の大きさに比べるとこじんまりとしていて教壇の他は10名程度の机が配置されているだけだった。
ただ机と椅子の造りはとても贅沢なもので、上質な木材が使われているようだった。
教壇の後ろには大きな筆版が設置されている。
この筆版には対応した器具で文字を書いたり消したりすることが可能になっている。
ストランド侯爵家でも家庭教師の先生方が使われていたが、実に便利な代物である。
ソフィーとは隣同士の席で安心した。
ただ真ん中ではないとはいえ一番前の席なのが残念だけど……。
次々と入ってくる生徒が他の席を埋めていく。
最後に担当の教師と思われる先生が入って来られた。アーサー様もご一緒である。
「今日からAクラスを担当するカインだ。ちなみに俺は歴史の授業も受け持っている。早速、自己紹介をしてもらいたいところだが、アーサー殿下の時間は有限だ。この先のクラスも回って頂かなければならない。なので先にザナス学園長から話のあった特別授業について説明する」
一度話を止められたカイン先生がクラスのみんなを見回した。
「一般的な魔道具には魔石が使用されていることは、みんなも知っていると思う。だが、ここファティマ国では個々人の魔法保有率が高いため魔石に頼ることのない魔道具が主流となっている。我々にとって魔法とは生活の一部だ。それだけに魔法について学問的見地から顧みられたことがなかった。というわけで、改めて魔法の力を鑑みるべくカリキュラムを組み込むこととなった。この特別授業の講師をして頂くのがアーサー殿下だ。この授業には高い魔力が要求される。なので魔力測定を行う。だが、魔力が低いからと言って君たちが劣っている訳ではない。そこは誤解のないように。―――このような説明でよろしかったですかね、殿下?」
カイン先生は上目遣いでアーサー殿下に確認を取られた。
「えぇ、カイン先生の言う通りですね」
「お墨付きも貰ったので魔力測定を行う。殿下、お願いします」
カイン先生に促されたアーサー様は鈍く光る金属の台座に据え付けられた大きな水晶を教壇の袖机にゴトリと置かれた。
「それでは皆さん一人ずつ、この水晶に手を乗せてもらいます。その人の魔力が数値化されて下の台座に映し出されます。水晶が光るので驚くかもしませんが、痛みはありませんので安心して下さい」
それではどうぞと、入ってきた扉とは反対側に座る生徒に声をかけられた。
アーサー様より特別授業の話は聞いていたが、自分の魔力など計ったことなどない。
扉付近の席である私の順番は最後の方と思われるが、今着席している生徒の数は僅か8名。
きっと直ぐに回ってくる。
楽しみなような、それでいて低かったらと思うと……。
だってアーサー様の授業が受けられなくなってしまう。
私は最初の生徒が水晶に手を置くのをじっと見守った。
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