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理由

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よろしくお願いします。

 玉座に座った余は片膝をついて首を垂れる息子アーサーをじっと見た。

 

 もう23歳になったか。

 逞しくなったな……。


 アーサーがネーデルランへ留学したいと申し出た時にはラインハルトが王太子になることは決まっていた。だからせめて自由にしてやろうと快諾した。

 今思えば、その決断が良かったのかどうか分からない。

 

 ネーデルランで目覚ましい成績を修めたアーサーは卒業後も戻っては来なかった。

 そのままアカデミーに進み魔術の研究を始め様々な魔道具の開発にも貢献していると聞く。

 

 ラインハルトの立太子の式典に招いたネーデルランの皇帝から、なぜアーサーが王太子ではないのかと問われた。そして続けて言われた言葉に絶句した。


 『ファティマ国でいらないというのなら余の国でもらい受けてもいいかの』


 アーサーの優秀さは群を抜いていた。アーサーが10歳の儀式の時、何故この子が妖精になれないのだと腹が立って仕方なかった。王太子にしてやりたいのは山々だった。だが、この国に連綿と続く『担う者』と『寄り添う者』の系譜がそれを許さない。


 ラインハルトに不満はない。ラインハルトとて優秀なのだから。

 きっとラインハルトはラインハルトで思うこところがあるに違いない。


 まったく……


「国王陛下」


 宰相ケルンの声で我に返る。


 今日の余の命でアーサーをファティマ国に戻すことが出来る。

 これで手元に置いておける。

 未来のために最善を尽くす。それが国王である余の使命。

 いや余の欲でしかないのかもしれない……。


「面をあげよ」


 アーサーとケルンが余の顔を見上げる。


「王立魔石研究所の設立をすることと相成った。宰相、そちから詳細について説明をせよ」


「はっ。使用済みの魔石が魔素溜りで再度魔力を帯びたとの報告がございました。ネーデルランの魔石採掘に陰りが見え始めた今、魔石の再利用による安定供給を目指します。これは、ひいては大陸全体の平和のためとなるものと位置付けております。そのために魔石の研究に特化した国主導の機関を設立いたします」


「アーサー、王立魔石研究所の所長を命ずる。帰ってこい」

「王立魔石研究所長の任、確かに拝命仕ります」


 アーサーの顔をじっと見る。

 その表情に変化は見られない。

 長きに渡り呼び戻すことが出来なかった。

 そのための理由を作れなかった。

 国王というのは存外力のないものだな。


「再利用が可能となった暁には、魔石の取扱い基準の制定も含め各国との対応も任せる」

「御意」






 頭を下げたまま、玉座から降りられた国王陛下が部屋を出られるのを待った。

 謁見の間の王のみしか通ることを許されない扉が閉まる音がした。

 ようやく頭を上げた私が立ち上がり後ろに控えていた宰相に向き直ると、宰相は微笑を浮かべて頭を下げた。


「アーサー殿下、此度の所長職へのご就任心よりお慶び申し上げます」

「そんなに畏まるな。そもそもストランド侯爵、貴殿が仕組んだのだろ?」

「滅相もない。然るべき方が然るべき場所に。ただそれだけですよ」


 宰相のケルンは昔からそうだった。策略家と言ってしまったら簡単過ぎる。

 あらゆる可能性を考慮に入れ起こりうるであろう変化をも全て加味した彼の一手がそこかしこで出番を待っている。そしてどのような状況に転んでも必ず最善の方向へと導いていくのだ。


 恐らくはマリーとの出会いだって偶然ではないはずだ。

 この出会いは何を導いていくのか。

 きっと宰相にだってわかってはいないのだろう。


「いずれにしろ、礼を言っておく。ようやく帰る理由が出来たのだから」

「殿下。もう一つ、お願いしたき儀がございます」

「なんだ」


 宰相が扉に控えている衛兵に合図する。

 大柄な男が扉から入って来た。


「お初にお目にかかります。私は王立学園長を務めておりますザナスと申します。以後お見知りおきを」


 こざっぱりとした衣装に身を包んだ男はにかっと笑った。

 人好きのする笑顔だ。

 粗野でありながらも野暮ったくもない。

 おもねるような態度もない。

 実に面白そうな男だ。


「アーサーだ。それで宰相、お願いとは?」

「ザナス学園長から話してもらいましょう」

「それでは僭越ながら私から話をさせて頂きます。実は王立学園にて魔法強化に取り組むこととなりました。その一環として、特に魔力の高い者を選別しその者たちを対象とした授業の枠を新たに設けます。アーサー殿下にはその授業の特別講師になって頂きたいのです。どうかそのお力をお貸し頂けないでしょうか」


 王立学園の魔法の講師……。

 この春マリーは学園に入学する。

 私が帰国したからといってマリーとの接点はそうそうあるわけではない。マリーも学園が始まればそれなりに忙しくなるだろう。

 だが講師として学園に赴くことが出来るとなれば話は別だ。

 大手を振ってマリーと会える理由……。


「力を貸したいところだが、私も先ほど研究所の所長の任を拝命したばかりだ。私の一存で決められることでは……」

「既に王立学園として国王陛下に許可は頂いております。魔力の高い者たちの中から卒業後、研究所に進む者が出てくれば研究も捗るのではないでしょうかと進言いたしましたからね」

「……宰相の入れ知恵か」

「多方面から研究所の支援をしたいという思いからですよ」

「引き受けるという答えしかないようだな。ザナス、準備は任せる。必要ならいつでも声をかけろ」

「はっ。ありがとうございます。それでは私はここで」


 来た時と同様大股で歩いて行くザナスを見送る私に、宰相が声をかけた。


「マリーを連れてきております。もしお時間がよろしければ講師をされる話などしてやっては頂けませんでしょうか。マリーの魔力なら間違いなく選ばれるでしょうから。いえいえ、何も裏などございませんよ。私はマリーにもう少し勉学への興味を持ってもらいたい。ただそれだけなのですよ」


 あぁ、やはり宰相には敵わない。

 どこに導かれるのか分からないが、マリーがいるのだから乗ってやるさ。

お読みいただきありがとうございます。

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