とある騎士団員の一日
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「そこ! 両手使ってるぞ! 今日は片手だけで剣を振れ」
「はいっ」
「お前も実物を見たのか?」
「あぁ、凄かった。月の女神のような神々しさだった」
「もう100回だ!」
「副団長、もう無理っす」
ここは騎士団訓練所。
第二騎士団、鬼の副団長フレデリック指導の下、団員たちは訓練に励んでいるはずなのだが……。
先日のポワティエ侯爵家令嬢ソフィー様の誕生日会に駆り出された者たちが、その会場で起こった出来事を話し始めたのをきっかけに、団員たちの関心は月の女神と称されたマリアンヌへと移っていた。
「雷を落としたって話、詳しく教えろ」
「短剣を手にした賊が一歩一歩、女神への距離を縮めていった。いよいよ短剣を振りかざす。しかし臆することなく立たれた女神は、天罰のごと雷鳴轟き稲妻が光る中、その御手から雷を落とされたんだ」
「おぉ」
「銀の髪をなびかせ凛と立つお姿は紛うことなき女神だった」
「お前らーーーーーっ! 何さっきから喋ってる。追加訓練するか?」
フレデリックの怒声に団員たちがビクッとした。
誰しも追加訓練などしたいわけがない。
だが気になるものは気になる。
そんな中勇気ある一人の団員がフレデリックの前に進み出た。
「副団長。副団長は俺たちの女神とお知り合いなんですよね」
「なんだ? その女神っていうのは」
「もちろんストランド侯爵家のお嬢様のことに決まってるじゃないですか」
「あーーー。誕生日会の話か」
「はい、その通りです」
「まぁ、マリアンヌ嬢とは子供の時からの知り合いだけどな」
「おぉぉぉぉ」
女神のことを名前で呼んだフレデリックに団員たちが沸き立つ。
これはチャンスなのではないか。
もしかしたら近くでお目にかかれるかもしれない。いや、ひょっとしたら会話ぐらい出来るのではないか。誰もが期待に満ちた目でフレデリックを見た。
「あれは、だめだ。あきらめろ」
「何でですか! 副団長だけで独り占めするつもりですか」
団員たちの目が鋭くなる。
余りにも傲慢ではないかと。
「お前らに勝ち目はない」
「そんなぁ。ちょっとご挨拶だけでもいいんです。俺たちのモチベーションアップのために。ねっ」
「だ・め・だ! 殺されても知らないぞ。というかその前に俺がやられる」
団員たちが色めき立つ。みな各々の剣を空に向かって高く突き上げる。
「誰に殺されるっていうんですか。俺たちも騎士の端くれです。そうやすやすと死にませんよ。まして副団長がやられるはずないじゃないですか」
「そうだ、そうだ!」
「……相手がアーサー殿下でもか」
アーサー殿下の剣の腕前は大陸でも一二を争うほどだ。
一般的には王宮魔術師並みの魔法技術の高さで有名な殿下だが、騎士団に所属するものなら剣さばきの鋭さを知らないものはいない。
「………………」
「すみませんでしたーーーーーーっ」
「フレデリック様」
その時、普段訓練所に響くはずのない女性の声がフレデリックを呼んだ。
一斉に振り向く団員たち。
そこには先ほど諦めたばかりの女神が降臨していた。
女神の隣には……殺気を飛ばすアーサー殿下。
一斉に視線を外す団員たち。
「なっ、言っただろ」
フレデリックは小さな声で言うと女神と連れ立って行ってしまう。
後に残された団員たちは、追加された訓練を黙々と続けるのであった。
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