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好きなんだ

お越しいただきありがとうございます。

よろしくお願いします。

 マリーを家に送り届けて直ぐライの執務室に急いだ俺は、何食わぬ顔をして座っているライと机を挟んで対峙していた。


 何か言うことがあるんじゃないのか。

 一向に話し出す気配のないライに苛立つ。


 俺は妖精姿のライがマリーと話すところを目撃した。マリーが『寄り添う者』だと知ってしまった。その衝撃は忘れるはずもない。

 もちろん俺が妖精の姿を見ることが出来たのは聖水を飲んだおかげだ。確かにそのことはライには伏せていたが、目撃していたという事実を俺から突き付ける前にライ自ら語って欲しかった。


 だが目の前のこいつは……。

 ちっ。


「先ほどはマリーのところに駆けつけて頂きありがとうございました」

「いや。マリアンヌ嬢は大丈夫そうか」


 マリアンヌ嬢だと? どの口が言ってるんだ。

 白々しいにも程があると内心で毒づく。


「えぇ。表向きはピンピンしてましたが、ああいうのは後で来るものですからね」

「そうだな……。大事にしてやれ」

「もちろんですよ」


 こいつ、あくまでも話さない気なのか。

 それなら聞くまでだ。


「ライ、それで『寄り添う者』を見つけたんですね」

「今日は随分と単刀直入に聞くんだな」

「誘導尋問な気分じゃないだけですよ」

「そうか」

「で、どうなんです?」

「どうだと思う?」

「っ。俺が聞いてるんですよ!」

「くっくっくっ」

「何が可笑しいんですか」

「ある奴にそっくりだと思っただけだ。怒るなよ」

「答える気はないってことですか」

「いや、見つかってないさ」


 こんな時に言葉遊びをする気なのか?

 そっくりな奴だって? そんなのどうだっていいんだよ。

 何で噓なんかつく。見つかってないだと……。くそっ。


「…………そうですか。では質問を変えましょうか。どうしてマリーが狙われたと思いますか」

「たまたま一番狙いやすい場所にいたとか」

「本気じゃないですよね。いいですか、これはマリーのためでもあるんですよ」


 マリーが狙われたのはマリーが『寄り添う者』だと認識されたからに他ならない。つまり今後もマリーは狙われ続ける可能性が高いということだ。


「マリアンヌ嬢のためか……」

「ライ。俺はそんなに信頼出来ない人間ですか?」


 しばらく黙ったライは絞り出すような声で言った。


「そうじゃない。そうじゃないんだ」


 俺はため息をつくと、ソファーにどっかりと腰をおろした。


「宰相である父には今回マリーが狙われた事は隠しようもありません。ただ『寄り添う者』であることは当面隠そうと思ってますよ」

「!!」

「そうじゃないと言いましたね。それなら何なのですか。ライっ」


 俺は声を荒げてライの名を呼んだ。

 これだけ歩み寄ってもダメなのか。俺には言えないのか。

 何故だ。どうしてだ。

 


「『担う者』と『寄り添う者』には自ら選ぶ権利はないんだろうか」


 ようやく重い口を開いたと思ったら……。

 ライは何を言おうとしている?


「ヴィー。すまない。俺は……マリーが好きだ」

「……好き?」

「あぁ。マリーが好きなんだ」


 あの美しいコレット様を前にしても飄々としていたライがそんな感情を持っていたことに驚く。

 

「……それで?」

「マリーが『寄り添う者』だった。ただ兄上のご様子では……兄上はマリーがお好きなんだろう。兄上とマリーが紡いできた時間は長い。そこにひょいと割り込んで『担う者』と『寄り添う者』だからなんて言いたくない。俺だって兄上には渡したくない。でもマリーにはマリー自身で選んで欲しい。これは我がままなのか?」


 俺はどうしたらいい? と真剣に問いかけるライに俺は固まった。


 いつの間にか『担う者』と『寄り添う者』という枠の中でしか考えられなくなっていた自分に気が付く。

 ライが真剣に好きだと言うなら百歩譲ってマリーを渡してもいいと思った。

 マリーも貴族の娘だ。貴族の結婚など政略以外の何物でもないことぐらい理解しているだろう。ましてや『担う者』と『寄り添う者』なのだから大いに結構な話じゃないかと。


 だがライは『寄り添う者』だからという理由だけでマリーを縛りたくないと言う。

 何の苦労もせずに横から掻っ攫ったとは思われたくないと。

 自分の意思でマリーを選んだのだと。

 マリーにも己の意思で自分を選んでもらいたいのだと。

 

 こいつ……いつの間にマリーの事がそんなに好きになった。


 しかしライが気にしているようにアーサー殿下もマリーに対して執着心のようなものを持っている。

 だがマリーが『寄り添う者』だと知ったらどうなるか。

 アーサー殿下は最終的にはマリーのことを諦めるだろう。今までの彼の生き方がそれを示している。


 となればアーサー殿下にもマリーが『寄り添う者』だということを隠したままにしなければ、ライの望みは叶えられないということになる。


「俺はさっき言いましたよね。マリーが『寄り添う者』であることを当面は隠すと」

「あぁ」

「ただマリーは狙われ続けるでしょうね。そこは理解してますよね」

「……」

「それを回避するためにはロートシルト公爵家並びにミゲル枢機卿の企みを暴かなければならないでしょう。ライ、その間あなただけでマリーを守れると誓えますか」


 暴くと言っても相手はファティマ国筆頭の公爵家と教会の重鎮だ。国の膿を出すと言っても過言ではない。慎重に立ち回る必要がある。それは思っている以上に時間のかかることだ。その間マリーを守り続けるのは並大抵のことではない。だが隠すと決めたからにはアーサー殿下に表立って助力を依頼することは出来ないのだ。

 俺はライの覚悟を確認したかった。


「俺に猶予をくれると言うのか? ヴィー、お前の妹の命が脅かされているというのに……」

「俺の父も伊達に宰相をしている訳ではありません。いつバレても不思議じゃない。そんなに長いことあげられないかもしれませんよ」

「ヴィー……。マリーのことは全力で守ると誓う」

「当然です」




 マリーは間もなく王立学園に入学する。

 学園にはネーデルラン国のマクシミリアン様も編入されると言っていた。そうなれば学園の警備も強化される。マリーにとってもそれは結果的にいいことだ。利用しない手はない。

 ただネーデルラン国とミゲル枢機卿の繋がりも気になるところだ。マクシミリアン様もマリーに興味津々といったところだった。編入の意図も掴めていない。


 だがライは守るといった。

 隠すと決めてしまった以上、今はその言葉にかけるしかない。

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