ごめんなさい
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「ドゴォーーーーーーーーーーーーーンッ」
空間を切り裂くような轟音とともに稲妻が走った。
しまった……やり過ぎた。
体から煙を上げて倒れてしまった男を見て私は青くなった。
少し加減したつもりだったんだけど……。
「マリーーーーっ!」
私を呼んでいる声にハッとして振り返った。
えっ? ラインハルト王太子殿下!?
何で王太子殿下がここに?
私がキョトンとしていると、走ってこられた王太子殿下はいきなり私のことを抱きしめた。
へっ?
王太子殿下の意外に厚い胸板に頬を寄せるような形になった私は、洋服越しとは言え体温を感じてドキドキする。
「マリー。大丈夫か?」
私の耳元で声をかけられた王太子殿下は自分のした行動に突如として気が付くと、驚いてパッと私を離した。
「すっ、すまない。大丈夫だな? 良かった……何事もなくて良かった」
「あの。王太子殿下?」
「なんだ」
「どうしてこちらに?」
「そんなことはどうでもいいんだ」
「そう、ですか?」
いつの間にかやって来ていた貫頭衣姿の男は倒れている賊を検分しているようだったが、やおら立ち上がるとこちらに話を振ってきた。
「あー、そろそろこの男を何とかした方がいいんじゃないですかねぇ」
私は恐る恐る、未だに煙を上げている賊の方を見た。
生きてる?
そこにお兄様が息を切らしながらやってきた。
お兄様は私の頭の先から足の先まで見ると安心したように私のことを抱きしめた。
今度はお兄様ですか……。
お兄様が私のことを抱きしめるなどいつ以来だろうか?
背中に回されたお兄様の手が震えている。
「マリー。怖かったな。離れててすまなかった」
お兄様が頭を撫でてくれるが、正直言って恥ずかしい。
貫頭衣姿の男が言っていたように今は倒れ伏す賊のことを何とかして欲しかった。
「あのお兄様。それよりも賊が……」
「あ、あぁ」
ようやく私を離したお兄様は、ぴくりともしない賊に近づくと片膝をついて確認し始めた。
どうか、どうか……お願いします!
私は必死に祈った。
「まだ息はあるな。これなら話は聞けるか」
貫頭衣姿の男は首を横に振って「派手にやられてますからね……大分かかると思いますよ」と返す。
「騎士団、この男を連れていけ! 治療を優先させろ」
お兄様の指示に周りを取り巻いていた団員たちが賊を運んでいく。
その様子を見ながら、私はついに堪え切れなくなり頭を下げた。
「お兄様! 私、私……すみませんでした!」
「マリー。何を謝ってるんだ?」
先ほどから気になっていた賊の容態。
黒こげとまではいかないものの、煙を出して倒れるだなんて。
お兄様が息はあると言った時はどんなに安堵したことか……。
「だって、だって私、加減を間違えてしまって……。うっかり殺してしまったかと……。もう気が気ではなくて」
周りの空気が凍り付くのを感じた。あれ? 私、もっとやらかした?
「ははははははっ。凄いお嬢様だな」
その場の静寂を破ったのは貫頭衣姿の男の豪快な笑い声だった。
彼はつかつかと私の元へ歩み寄り、すっと私の手をとると流れるようにその指先にキスを落とした。
「ネーデルラン国カポー公爵家嫡男のマクシミリアンと申します。以後お見知りおきを」
なんて気障な……。というか教会の人だと思っていたけど貴族だったのか。
それにしても、こちらの事はお構いなしのこの態度。
ライとか王太子殿下と似たり寄ったりというか……。
あっ、それどころじゃなかった、今は挨拶!
「光栄でございます。私はストランド侯爵家長女のマリアンヌと申します。こちらこそどうぞよろしくお願い致します」
私のカーテシーに貫頭衣姿の男もといマクシミリアン様は私の手をとったまま微笑まれた。
間近で見たマクシミリアン様の笑顔は思っていた以上に破壊力抜群だった。
髪の色はくすんだ緑色だが、この方、間違いなくキラキラ系。
「この春から王立学園に編入するからよろしくね」
「えっ? 王立学園にいらっしゃるのですか?」
「うん、そう。君と一緒に過ごせると思うと楽しみでしょうがないよ」
その様子を見ていてた王太子殿下は、思いきり眉をしかめられた。
そんな王太子殿下にマクシミリアン様はお声をかけられた。
「本来なら始めに王太子殿下にご挨拶差し上げるべきところでしょうが、非公式でしょうから別途きちんと伺わせていただきたいと存じますが」
「あぁ、悪いな。というかそちらも訳ありなんだろ? その恰好だしな」
「はははっ。それもそうでしたね。これは一本取られましたね」
続けてマクシミリアン様はお兄様に「ストランド侯爵子息殿にも、後ほどきちんとご挨拶をさせて頂きますよ。もちろんね」と爽やかにおっしゃった。
「コホン。それでは貴殿。これからポワティエ侯爵閣下に事の顛末を説明しなくてはなりませんが、教会側の関係者というお立場でご一緒頂けると助かるのですが」
「えぇ。構いませんよ。枢機卿からの直接派遣という立場ですから、お役に立てることと思いますよ」
マクシミリアン様のお言葉にお礼を述べたお兄様は王太子殿下の耳元に何事か囁いた。王太子殿下は一瞬私を見て頷かれた。
その後私のところに来たお兄様はどこか不安そうな顔をして言った。
「ポワティエ侯爵閣下にご説明が済んだら戻ってくるからね。それまで王太子殿下とご一緒にいるんですよ。くれぐれも一人にはならないように」
お兄様はマクシミリアン様と連れ立って出て行かれた。
改めて会場を見渡すと荒れ果てた様子にぐったりする。
あの騒ぎで他の人たちはみな会場から誘導されて外に出されていた。
後に残されたのは私と王太子殿下の二人だけだ。
「マリー」
「王太子殿下?」
優しく呼びかけられて思わず見上げる。
王太子殿下は私の顔をじっと見ている。
「あの……」
「マリー。あのね、話があるんだ」
「はい」
「実はね……」
「はい?」
「実は、妖精のライは僕なんだ」
…………。
今なんて言ったの?
妖精のライが王太子殿下?
妖精と人間なのに一緒なの?
そういえばストランド侯爵家の図書室で見た本の挿絵。
確か国王と妖精が並んで描かれていた……。
「えっ…………妖精のライが?」
「僕たち王族には妖精の姿になれる者がいるんだ」
うっそーーーーーっ。
不敬罪ものの発言と態度を繰り返してきたというのに……。
どうしよう。冷や汗が止まらなくなる。
謝ったら許してもらえるだろうか。
なんか今日は謝ってばっかりじゃない?
「あの、ごめんなさい!!」
「は?」
「私ったら散々失礼な態度をとってましたし、暴言も吐きまくってました。本当にごめんなさい。だから、あのぉ、不敬罪にだけは……何とか問わないで頂けると……その嬉しいというか何というか」
「くっくっくっ。まったく、マリーは何だろうね。まぁ、マリーらしくていいかな。それにしても凄い魔法だったね」
「申し訳ありません。そちらの方もやり過ぎてしまいまして……」
「はははは。マリーほど魔法を使える人はそうはいないんじゃないのかな」
「そんなことありません。アーサー様はもっと凄いです!」
急に王太子殿下の顔が強張る。
「王太子殿下?」
「あぁ、ごめん。何でもないよ」
王太子殿下は私の頭をポンポンと優しく叩いた。
「それでね、妖精の時にも言ったんだけど、妖精が見えることは二人だけの秘密にしておかない?」
「えぇ、構いませんが……」
「あっ、それと、僕のことはライって呼んで?」
「えーっと、いきなりの愛称呼びはまずいというか……。せめて外向けにはラインハルト様で妥協して頂けませんでしょうか」
「くっくっくっ。うん、わかったよ。じゃ、それ以外の時は今まで通りライで頼むね」
「もぉーーーっ、めんどくさい」
ライが豪快に笑った。
また明るい顔に戻ってよかったかな。
ライの笑顔にほっとしているところにお兄様が戻ってきた。
「マリー、待たせましたね。王太子殿下もありがとうございます」
「お兄様。マクシミリアン様は?」
「今日のところはジェズ教会にお帰りになられましたよ。あちらでも説明があるそうです」
「そうなのですね。それにしてもなぜ教会に身を寄せていらっしゃるのでしょう?」
「ふん。知ったことではありませんと言いたいところですが、まぁ、後で確認しておきます。王太子殿下、また後ほど」
マクシミリアン様に対してやけに好戦的なお兄様に連れられて会場を後にする。
ライはどうするのかしら。
振り返るとライが手を上げてにっこり微笑んだ。
きっと妖精の姿にでもなるのね。
なんか色々やらかしてしまったけど、怒られなくてよかった。
あっ、でもまだソフィーに謝ってなかった…………。
ごめーーん。ソフィー―ーーー。
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