噓だろ
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今日は親友ソフィーの誕生日会。
ポワティエ侯爵家にお邪魔しているんだけど……この状況は。
「きゃー、ヴィンセント様よ」
「こちらにいらして下さい」
「私の今日のドレスはいかがでしょう」
私のエスコートを買って出たお兄様が、到着して早々令嬢達に囲まれている。そんな集団を横目で見ているとソフィーがこちらに跳ねるようにやってきた。
ハーフアップにした見事な金髪に大きな赤い瞳。ぽってりした唇はピンク色で本当に愛らしい。いつにも増してキラキラして見える。
「マリー」
「ソフィー! おめでとう! 可愛くって食べたいくらいよ。どーお? 学園の準備は進んでる?」
「もぉ、マリーこそとても綺麗よ」
「ありがと。それにしても流石ポワティエ侯爵家ね。ファティマ国中の貴族を集めたんじゃないの?」
「集めたのは父であって、私じゃないわ」
「そんなことないでしょ。あなたの魅力に吸い寄せられたのよ」
「ふふふ。相変わらずね、マリー。そうそう、今日はあなたの好きなイチゴタルトを用意したのよ」
「さすが親友ね。さっそく食べてくるから、ご挨拶回りしてらっしゃいな。私が独り占めするわけにはいかないもの」
「ありがとう。また後で来るわ」
ソフィーを送り出した私は、目当ての物を探して歩き出した。それにしても本当に凄い人数。よほど重要な人物が参加しているのか警備が物々しい。壁際に等間隔に立っているのは、何と騎士団だった。私はフレデリック様がいないか見回してみたが、いらっしゃらないようだ。残念。
ようやくイチゴタルトの置かれているコーナーを見つけて進んで行った。
パタパタパタ
「あら、ライ!? こんなところで何してるの?」
「……いや、ちょっと」
「そう? 今日はお兄様も来てるんだから、邪魔しないでよね。また独り言が多いとか言われちゃうもの」
「僕だって忙しいんだ」
「あらそっ。私もイチゴタルトを食べないとならないのよ」
「太るぞ」
「ふん。あっ、そう言えば聞いてみたいことがあったのよ」
「何だよ、マリーもなのか。まったく兄妹揃って……」
ライは呆れたように、ごにょごにょ呟く。
「ん? 何か言った?」
「いや、別に。それで何なんだ?」
私はライに顔を近付けてじーっと見つめる。そうそう、金髪碧眼のこんな顔。
途端にライの顔が赤くなった。
「何だよ」
「ねぇ、ライって王太子殿下のこと知ってる?」
「!!!!!」
一瞬ライの羽ばたきが止まった。
このまま落ちるんじゃないかと思わず手のひらで受け止めようとしたが、すぐにまた羽ばたき始めた。
「どうしたの? 落ちるかと思ったじゃない」
「い、いやっ。何でも……というかだなぁ。何で今日聞くんだ」
「今聞きたいと思ったからよ。で、知ってるの?」
「マ、マリーは知ってるのか?」
「まぁ。知ってるというか、お会いしたわ」
「それでどうなんだ?」
「どうって?」
「ほら、色々あるだろ。……印象とか」
「それがね、ライと顔が同じなのよ。押しの強い態度もそっくりで。ふふふ。人間と妖精とじゃ、ぜんぜん違う生き物なのにね。不思議よね」
「……………」
黙ってしまったライの向こうに教会で見た男性がいた。確か枢機卿から最近派遣されてきた人だと言ってたかしら。
……彼もお兄様に劣らず女性陣に囲まれている。
教会ではよく見ていなかったが、端正で整った顔立ちだ。間違いなく女性受けしそう。
「何見てるんだ?」
「ほら、あそこで女性に囲まれている貫頭衣を着た男性。あの方、この前慰問に行った教会で見たのよ。きっと寄付集めにきたのね」
「……なんか見覚えのある顔だな」
「えっ? そうなの」
「いや、なんでもない」
「それよりライ、あなた忙しいんじゃなかったの」
「あぁ、そうだった。じゃあな」
「ええ。またね」
パタパタと飛んでいくライを見送る。
妖精も忙しいことなんてあるのかしら。ふふふ。
結局ライと長らく話していた私は、その様子をじっと見ているお兄様には気が付かなかった。
俺は群がる令嬢をさばきながら妖精のライを探していた。
そう、俺は聖水を飲んだ。
父ケルンが国王陛下に直談判し、教皇様に聖水の持ち出しを依頼したのだ。
最初、教皇様は強固に反対された。
しかし王太子殿下がまだ妖精の姿になれるということは、本物がいるということなのだと詰め寄られれば教皇様は頷くしかなかった。どうやら魔術師長の話を聞き及んでいたようだった。
きっと教会としても『寄り添う者』が亡くなるという事態に危機感を募らせていたのだろう。
こうして聖水の持ち出しは無事に許可された。
俺はその聖水をこの会場に入る直前に飲んだ。
ただし、ライには内緒で。
ライだけに『寄り添う者』探しを頼っても良かったのだが、最近のライはどうも様子が怪しかった。何か隠しているような素振りが気になっていた。
単に妖精を見たいという好奇心がなかったかと言えば噓になるが、やはり一度、妖精姿のライも含めてきちんと向き合っておきたかった。
本当に来てるのか……。
しばらくキョロキョロしていると、マリーがお菓子のコーナーに向かっているのが目に入った。相変わらずのお菓子好きに口元を緩めて見ていると、マリーの後を羽をパタパタさせてついていく小さな生き物がいた。
あれが妖精のライなのか……!?
なるほど確かに見える。ライが景色同様に見えるんじゃないかと言っていたが、まったくその通りだった。漸く身をもって知ることが出来たことに喜びを覚える。
それにしてもマリーから確認する気なのか。
俺は少し緊張しながらも、ライもやる事はやってるんだなと妙な感心をする。そのまま視線だけでライを追い続けると、マリーと話し始めたようだった。
ん? 待て待て。
話し始めた……?
いや、なんで会話出来るんだ……?
…………。
まさか……噓だろっ。
選りに選ってマリーなのか?!
2人目の見える人……『寄り添う者』が、マリー……。
これは……。
単純に見つかればいいと思っていた。次の相手と新たな関係を築いてくれと思っていた。
だが、これは……想定してなかった。
だいたいマリーに妖精が見えているような素振りがあっただろうか?
俺は最近のマリーの様子を振り返る。そう言えば……。
夜中に絶叫してケイトを困らせていた。
独り言が目立つと屋敷の者に言われていた。
勉強に身が入っていないような素振りが見られると家庭教師が言っていた。
そして変なサイズのカトラリーを作らせられたと料理長が言っていた。
そうか。マリーには見えていたのか……。
俺は気が付いてやれなかった自分に腹が立った。
それと同時にライの不可解な行動にも納得がいった。
そうだったのか……。
それにしても俺の妹が当事者とは。
気安く見つかりました、良かったですなんて言える訳ない。
ライが隠していてくれて助かった。
これからどう対処していくべきか……。
「きゃーーーーーっ」
突然の悲鳴に俺は我に返った。
何事だ?
そちらの方向を確認すると、短剣を手にした男がゆらりと歩を進めていた。
あれは公爵の手のものか!? 本物を見つけた……?
そうか! 向こうも聖水を飲んできたのか!
ということは……!!
マリー!!
マリーはどこだ?
先ほどの悲鳴に会場が騒然とし怒号が飛び交っている。
マリーの姿が見えない。
俺を突き飛ばすようにして出口に殺到する人々。
邪魔だ。どいてくれ。
流れに逆らうように、先ほどマリーがいた奥のテーブルの方へ駆け出す。
マリー、マリーはどこだ。
ようやくマリーを視界に捉えた。
しかし短剣を握る男も既にマリーに狙いを定めている。
恐怖に慄いているのか微動だにしないマリー。
ニヤリと笑った男が短剣を振りかざして走り出す。
漸く警備を依頼していた騎士団がなだれ込んでくる。
ダメだ。間に合わない!
マリー!
その時突然閃光が走った。
眩しさに目を細めた次の瞬間。
ドゴォーーーーーーーーーーーーーンッ
空間を切り裂くような轟音が轟いた。
時が止まったかのような静寂。
俺の目に飛び込んできたのは…………。
短剣を握ったまま煙を上げて崩れ落ちていく男。
そして空に突き上げた右手の人差し指から放電しているマリーだった。
………………。
いや、何が起こった?
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