ライの想い
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……遅い。
俺は父ケルンに頼まれていた件の確認をするべく執務室を訪れたのだが、ノックした途端に開かれた扉から「少し休憩してくる」と言って出ていったライはそれっきり戻って来ない。
机に山と積まれた書類にげんなりした俺は、仕分けをしながら今に至る。
ライのサインだけ待つもの。
不備で戻しのもの。
会議にかける必要のあるもの。
整理されていく書類に満足するものの、肝心のライが戻らないのでは話にならない。まったく、どこで油を売っているのやら。もうかれこれ1時間近くになろうとしていた。
早く確認しなければならないというのに。それが分かればコレット様を本物に仕立て上げた方法が確実になる。
イライラし始めた俺の目の前の景色が一部ぼやけ出す。それから徐々に鮮明な像が結ばれライが現れた。
普段俺の前では妖精の姿になって消えたり、反対に妖精の姿から人間の姿に戻ることもしないライが、珍しくその瞬間を見せていることに驚きを隠せなかった。
何かあったか……。
「ライ! 遅すぎです。一体どこに?」
「……あぁ、イチゴタルトが……」
「イチゴタルト? なに言ってるんですか?」
「あっ、すまないヴィー。ぼーっとしてた。何でもない」
はじかれたように答えたライを訝しむ。イチゴタルトってなんなんだ。一体どこに行っていたのだ。
「何があったのですか?」
「なぁ『寄り添う者』が見つかったらどうなるんだ?」
「どうなる? おかしなことを聞きますね? 当然ライの相手になるんですよ」
「俺の相手?」
「えぇ。『担う者』と『寄り添う者』が国を治めるのですから」
「……そう、だよな」
確実に何かあったと俺は睨んだ。
まさか『寄り添う者』が見つかったのか?
もしやその人物が気に入らなかったとか?
「『寄り添う者』に婚約者でもいましたか?」
「いや!? 婚約者も何も……」
「やはり『寄り添う者』が見つかったのですね」
「……何でヴィーは見つかった前提で話してるんだ」
「おや、違ったのですか」
「ヴィーの誘導尋問に何度も引っかかる俺じゃない」
「なんだつまらないですね」
ライは俺の顔を睨んできたが、それよりも今は父に言われていた確認が先か。
「ところでお聞きしたいことが。またコレット様のことで申し訳ないのですが……」
「今度はなんだ?」
「コレット様は普段何か特別に口にされていた飲み物はございませんでしたか?」
「飲み物か……?! そう言えば、気持ちを落ち着けるためとか言って侍女がよく渡していた飲み物があったな」
やはり父の懸念は当たっていた。
公爵家の力を以てすれば聖水を手に入れることも難しくはないはずだ。きっと頻繁に訪れていたというミゲル枢機卿あたりから入手していたのだろう。
後はその聖水をコレット様に飲ませれば『寄り添う者』の出来上がりだ。
「それについてコレット様に尋ねられたことは?」
「いや、特には……それが何かあるのか?」
「その飲み物は聖水であった可能性が高いかと……」
「!?」
俺はライが10歳の時に受けたであろう聖水の儀式の事を尋ねた。
あの儀式では、最初にライ以外の人から聖水を飲んでいたはずだと。
ライは「あぁ」と頷く。
「あれは妖精の姿を一時的に見えるようにするためのものです」
「一時的に見えるようにする?」
「はい。妖精になるかもしれないライを『寄り添う者』でなくても見られるように飲んでいたのです」
「それではコレットは……」
「多分ライに会う前に毎回飲まれていたのでしょう」
寝室でコレット様がライに起こされたのに気が付かなかった話。
あれは多分眠りが深かったからではない。
そう、ライに気が付かなかったのではなく、気が付けなかった。
だからこそ、話を聞かされたコレット様は真っ青になられたのだろう。
「コレットは始めから見えていたわけじゃなかったのか……」
「その飲み物が聖水であったという裏はとれていませんが、恐らくは……」
「なぜ、なぜそんなことをする必要があった?」
いつになく真剣なライの目が俺を突き刺す。
ライの気持ちを考えると俺は言葉に詰まった。
ライにとってコレット様との関係は10年近くにもなるのだ。
コレット様が亡くなられた今、コレット様のお気持ちを聞くことはできない。
ライのことを慕っていたのは、生前のご様子から察することは出来る。
だが『担う者』は王妃になる存在なのだ。ロートシルト公爵家から王妃を輩出することで、更なる力を得ることを望んだとしても不思議ではない。公爵家が絡んだ時点でコレット様のお気持ちは独り歩きし、周囲の者から歪められてしまうのではないか。
俺は居たたまれない気持ちになる。
「コレット様のお気持ちはコレット様のものであるべきかと」
「………………」
「それでも私たちは進まねばなりません」
「……わかっている」
「まぁ、次の『寄り添う者』が見つかっているなら話ぐらいは聞きますよ」
「!? ヴィー。やっぱりお前は嫌な奴だな……」
少しだけ明るくなった執務室で俺は『寄り添う者』が誰なのか思いを巡らせるのだった。
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