マリアンヌをめぐって
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教会で与えられたのは、机と椅子それにベッドだけの簡素な作りの部屋だった。髪の色を誤魔化すためのつけ毛を外し貫頭衣を脱ぐと、それを乱暴に椅子の背に掛けた俺はベッドに深く腰を下ろした。
確かミゲルといったか。枢機卿だと名乗ったその男の手配で、この教会に潜り込むことが出来た。ここはお目当ての令嬢が慰問する教会だった。
俺がファティマ国の教会に潜入しているのは、ネーデルランの皇太子殿下の命による。
そもそもは第二皇女殿下が留学中のアーサー殿下に恋をしたことが発端であった。眉目秀麗なアーサー殿下は帝国学院に入学当時から注目されていたが、主席で卒業される頃にはその人気は揺るぎないものとなっていた。特に第二皇女殿下のアーサー殿下への熱の入れようは衆目を集めるところとなっていた。ところが肝心のアーサー殿下は並み居る令嬢を歯牙にもかけない。それは一体なぜなのか。
そこに浮上したのがアーサー殿下が頻繁に手紙をやり取りしていると噂されている令嬢だった。アーサー殿下のことをどうしても諦めきれない第二皇女殿下は、その令嬢マリアンヌを何とかアーサー殿下から引き剥がすことは出来ないかと兄である皇太子殿下に泣きついたのだ。
そしてその御役目が皇太子殿下の側近である俺のところに回り回ってきたというわけだ。
もちろん当初は自ら潜入するつもりはなかった。恋愛ごっこに付き合う気など毛頭なかったのだ。だが、あのアーサー殿下がそこまで執着している令嬢に少し興味があった。羽を伸ばすのにもいい機会かもしれないと、自分で行くことにしたのだ。
唯一の私物である鞄の中から通信用の魔道具を手にとると、上にあるスイッチを押した。程なく魔道具から音声が流れてきた。
「やぁ、マーク。元気にしてるかい?」
「今日も麗しいお声ですね。皇太子殿下」
「くっくっくっ。何かあった?」
「実はお願いがございまして」
「珍しいね? それで?」
「ファティマ国に留学の許可が頂きたいのですが」
「……ほぉ。何か欲しいものでも出来たのかい?」
「えぇ」
「君をそこにねじ込んだ甲斐があったということでいいのかな?」
「結果的にはそうなるかと」
「そう。編入手続きは直ぐにしておくよ」
「ありがとうございます」
「ファティマ国側には王城に部屋でも用意してもらうかい?」
「そうしていただければ、帰国中のアーサー殿下の様子もご報告できるかと」
「そうだね。ミゲルに連絡させるよ」
通信が切れて部屋に静寂が戻る。そのまま頭をベッドに倒した俺は、天井を見上げて昼間見たマリアンヌ嬢を思い浮かべる。そう言えば、熱心に慰問をしていたがどことなく明後日の方向を見ている時があったな。あれは何だったんだろうか。まぁ、留学の許可もとったから、じっくり距離をつめていけばいいか。
思ったより楽しくなりそうだな。
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