教会への慰問
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早朝の厨房で、師匠ハサンと一緒にお菓子作りに勤しんでいる。オーブンの様子を見ていたハサンが振り返った。
栗毛色の髪に碧眼、そして整った柔和な顔立ち。うーん。ハサンってば今日もイケメンだわっ。
「マリーお嬢様。型抜きはその辺にして、そろそろオーブンに入れましょう」
「わっ、ごめんなさい。天板に乗り切るかな」
「余ってしまったら、こちらでも焼きましょう。マフィンの方はいい具合に膨らんでいますよ」
「ありがとう!」
今日は月に1度の教会慰問の日だ。
小さな子供たちが出迎えてくれるところを想像すると顔がほころぶ。
お菓子を前にした時の子どもたちのキラキラした顔。私が自分でお菓子を作るようになったのは、そんな子供たちのために私も作りたいと思ったのがきっかけだった。
ハサンに頼みこんで先ずはお手伝いからスタートした。それから少しずつ工程の一部を任されるようになり、漸く一人で作る許可をもらった時はすごく嬉しかった。
でも、いざやってみると膨らまないやら粉っぽいやらで、私には才能がないんだわと諦めかけた時もあった。
だけど継続は力なり! 今では何とか形になり味も素直に美味しいと思えるものが作れるようになった………はず。まぁ、子供たちがそう言ってるんだから間違いないだろう。
慰問用のシンプルなワンピースに着替えて、冷ましたお菓子をラッピングしているところにライが現れた。
「あれ。今日はどっか出かけるの?」
「あっ、ライ……………。えっと、教会に行くのよ」
金髪碧眼の妖精ライは今日もキラキラしている。ライの態度はいつもと変わらないようだが、私は少なからず動揺していた。ライは王太子殿下に良く似ている。妖精と人間という違いから印象は異なるけれど、違いと言えばその点ぐらいなのだ。しかもアーサー様は王太子殿下のことをライと呼んでいた。
ライねぇ……。
私がいつもの癖でぐるぐると考えていると、ライがパタパタとお菓子の山に向かっていった。
「僕もクッキーが食べたいな」
「ライは、いつも食べるか寝てるかね」
「疲れてるからじゃないかなぁ」
「妖精でも疲れることがあるのね。まぁ、こっちの割れてるのなら食べていいわよ」
「へー。僕には割れてるのなんだ」
「子供たちが優先に決まってるでしょ。食べられるだけありがたいと思って」
「マリーが作ったわけじゃないだろ?」
「私が作ったんです!」
「えっ。マリーが作った?
…………アーサーは食べたことあるのか?」
は? 何でアーサー様の名前が………。
固まった私は視線だけライに向けた。
「あるのか? ないのか?」
「あるわけないでしょ! って、そういうことじゃなくて、何でアーサー様の名前!」
「ふーーん。なら割れてるのでも食べてやらないことはない」
不毛なやり取りに疲れは感じるものの、アーサー様の名前が出てきたことで考えないようにしてきたことを思い浮かべてしまう。
そう。アーサー様の腕の中に………。
「なに赤くなってるんだよ。……アーサーのことでも考えてたのか」
「!?」
「……図星かよ」
「だから何でさっきからアーサー様の名前が出てくるのよ。
………………アーサー様とのこと何か知ってるの?」
「どうだと思う?」
「だ・か・ら、聞いてるのは私です! もぉーーーっ」
「怒るなよ」
「怒ってません!」
「でさっ。教会行くんだろ? 一緒に行くことにしたから」
「……勝手にすればいいでしょ!」
「マリー。マフィンも食べていい?」
ライを右肩にのせたまま馬車を降りる。西区の中心にある教会に到着した。
いつものように司祭様が出迎えてくれたが、挨拶など待っていられない子供たちに直ぐ囲まれてしまう。
「マリーお姉ちゃん、お菓子は?」
「僕が先だぞ」
「お姉ちゃん、抱っこーー」
「ふふふ。みんな元気にしていた? さっ、まずはお勉強からよ」
「うへぇ」
「わがまま言わない。ちゃんとやったらお菓子が待ってるわ」
「はーーい」
子供たちには簡単な読み書きや計算、それにマナーなどを教えている。少しでも未来に選択肢が増えるようにと思ってのことだ。最初は嫌がっていた子供たちも自分の力で出来るようになることが自信につながるらしく、最近では自発的に行う子供も増えていると司祭様が言っていた。
「ちゃんと、やってるんだな」
パタパタと肩から降りながらライが言った。
「寄付だけしてても意味ないでしょ?」
「まっ、そうだけど。でもマリーは熱心だろ?」
「そお? 皆似たような事はしてるんじゃない?」
「僕は知らないかな」
「ふふふ。まぁ、ライは妖精だから」
「何だよ、それ」
そろそろ子どもたちも勉強に飽きてくる頃だ。おやつの準備を始めてもいいかもしれない。
「マリアンヌ様。食堂の準備をいたしましょうか」
タイミングを見計らったように司祭様が声をかけてくれたので、おやつの準備に取り掛かる。教会の人たちや子供たちにも手伝ってもらい、テーブルにお皿を並べていく。
その中に見知らぬ男性がいた。彼の着ている衣服から教会の関係者だとは思うが、最近配属された人なのだろうか……。
そんな私の視線に気がついたのか司祭様が、彼のことを教えてくれた。
彼は西区を統括している枢機卿が派遣してきた人物だった。今まで枢機卿が直接、教会の運営に関与してくることは稀だったため、最初の内は警戒していたがそれは杞憂でしたと司祭様は笑った。彼は非常によく手伝ってくれているとのことだった。
国からの援助は一緒なのに教会によって差異があることは私も認識していた。もし枢機卿が動いたというのならば、子供たちの未来も明るいかもしれない。
「それじゃ、みんな、また来月ね」
「マリーお姉ちゃん、またね」
「お菓子だけでもいいぞー」
「もう。勉強もちゃんとしなさいよ」
「マリアンヌ様、本日もありがとうございました。またお会いできるのを楽しみにしております」
ライがパタパタと肩に戻ってきた。司祭様の優しい笑顔に見送られて私は馬車に乗った。
衣擦れの音をさせて、男はそっと教会の中に戻る。
枢機卿が派遣したその男は、マリーが到着した時からずっとその様子を観察していた。
透き通るような銀の髪に秋の空のような青い瞳。静謐な雰囲気を醸し出し、見る者を惹き付けて止まない。
あぁ、美しい。興味本位で引き受けましたが、これは収穫でしたね。
さて、あのお方にはどう報告しましょうか……。
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