どいつもこいつも
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アーサー殿下がマリーを、マリーを抱きしめて……!!
ライによって無理やり執務室に引っ張ってこられた俺は、何が起きたのか理解できずに、いや、理解を拒もうとしていた。
「ヴィー、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないに決まってるじゃないですか」
「まぁ、だよな……」
「だよなじゃないんですよ。何で執務室に引っ張ってくるんですか。こんな所にいる場合じゃない。僕がマリーを連れて帰らないと!」
「いや、兄上がお送りすると言っていたし……。兄上は立派な大人だ。大丈夫だろ」
「はぁ? その大人が何をしたのかもう忘れたんですか。ホント残念な脳みそですね。立派な大人になってから自覚する奴が、一番質が悪いんです」
ちっとも怒りが収まらない。
「だいたいライ、あなただって同罪なんですよ。何ちゃっかりマリーなんて愛称呼びしてるんです。簡単に肩に触れたりして、だからアーサー様がぁぁぁぁぁぁ」
どいつもこいつも、俺の妹に何てことしてくれてるんだ。
「いや、それなんだけどさ」
「何ですか」
「いや………なんでもない。先ずは『寄り添う者』探しを真剣にしてみるよ」
「は? 今頃ですか。その件ならライが妖精になって、一通り当時のお茶会メンバーの所に潜入してみようという話になってましたよね」
「あぁ……そうだな」
「で、どうなんです」
「……」
「歯切れがよくないですね。潜入と称して覗きでもしてましたか」
「っ、ばかっ。そんなわけないだろ。不敬罪で罰するぞ」
「冗談ですよ。で、何かありましたか」
「いや……………」
父から2人目の見える者を探すよう命じられた俺は、かつてのお茶会メンバーを探っている。そこで、もし見える者を隠していたならという仮定を立ててみた。その場合それぞれの家が関与している筈であり、それならば、それぞれの家の事情を探ってみれば、何かしら出てくるだろうと踏んでいる。
もちろんライが個別に潜入するのが近道だとは思うが、仮にその中にいなかった場合どうするかという問題もある。公務が山のようにあるライに国中探し回れというわけにもいかない。
それにライはコレット様を亡くしたばかりなのだ。きっと、すぐ次にという気分になれないのかもしれない。
「あまり話したくなかったらいいんですが、コレット様のことで一つ教えて欲しいんですが」
「別に構わない。何だ」
「随分とあっさりしたものですね」
「何がだ?」
「コレット様がお亡くなりになったことですよ」
「……………喪失感みたいなものはある。コレットは綺麗だったし、子供の頃から見てきたからな。ただコレットは、ずっと僕に一線を引いているように感じられた。だから僕は決められた関係なんてそんなものなんだろうと納得することにしたんだ。だって、政略結婚みたいなものだろ?」
「政略結婚ですか……」
「僕は兄上が羨ましかった。ネーデルランに留学をして、自分の道を自分で決めることが出来る立場が。そして行く行くは自分の愛する人と結ばれることだって不可能じゃないと思うと………代わって欲しいぐらいだ」
ライがそんなことを感じていたとは思いもしなかった。
兄を差し置いて王太子になり美しいコレット様との結婚も控えて、不満などあるはずないと……。
だが少し安心もした。
ライにも人並みの感情があるのだと。なら俺はライに王太子として道を邁進してもらえるよう、今まで以上に支えるのみだ。
「その発言は感心しませんね」
「分かってるっ! そんなの分かってる………。
それで………ヴィーの聞きたいのはこれじゃないんだろ?」
「そう、ですね。私には『寄り添う者』っていうのが今一つ分からないんですよ。コレット様には妖精の姿がどう見えてたんです?」
「まぁ、普通に見えてたんじゃないか」
「それはライが妖精になっている間、常時見えていたということでしょうか」
ライの説明によると実体でも妖精の姿でも、それに対するコレット嬢の行動に変化はなかった。だから自分たちが景色を見るように、普通に見えてたんだろうということらしい。
「そういえば一度だけ、コレットの寝室に行ったことがあるんだ。当然、妖精の姿で。その時コレットは既に寝ていて俺が起こしても気が付かなかった。翌日そのことを話したら酷く驚いて、顔を真っ青にしてたな」
夜に寝室に潜りこんだ?
こいつ、絶対に余罪があるな……。
それにしてもコレット嬢の反応には少し引っ掛かるところがある。知らないうちに男性が寝室に侵入したと聞かされたらびっくりするかもしれないが、その男性は婚約者のラインハルトだし、それを伝えたのも彼なのだ。少なくとも真っ青になるという反応は過剰な気がするが……。
「コレット様の寝室にねぇ……。やはりお茶会メンバーの所にも覗きに行ってますね」
「そんなことしてない!」
「それでマリーの入浴は覗いたんですか」
「覗いてない。寝室に入っただけだ、信じてくれ!」
「寝室には入ったんですね」
「うっ………。卑怯だぞ、ヴィー」
「何が卑怯ですか。精霊の加護を悪用したくせに。さぁ、すべて吐いていただきましょうか」
「………公務が山のようにあるのはヴィーも知っての通りだろ。だから潜入するのは時間的に夜になることがあってだな………」
「それでマリーとは」
「……特に何もなかったというか、雄叫びがうるさかったというか」
「雄叫びがうるさい? 何ですかそれは。で、マリーには妖精の姿が見えたのですか?」
「いや、えっと……」
「ったく、覗いて終わりですか。お任せしていた私が良くなかったですね。取り敢えずライには然るご令嬢の誕生日会に行っていただきましょうか。当然、妖精の姿で、ですよ」
俺はライに今度開かれるポワティエ侯爵令嬢ソフィー様の誕生日会の説明をした。
ソフィー嬢はマリーの親友で今年もマリー宛に招待状が届いていたのだが、マリーに聞いたところ毎年そうそうたる面々が出席しているとのことだった。これはと思い入手した出席者リストによると、都合のよいことに例のお茶会メンバーが勢揃いしていた。今からライの公務を調整して、妖精で潜入してもらえばいいだろう。
「……わかった」
「それまではきっちり公務に励んでもらいましょうか。王太子殿下」
誕生日会。ロートシルト公爵家の親戚の名もリストに入っていた。公爵家が動くならここしかないはずだ。ある程度の騒ぎは覚悟しておいた方がいいかもしれない。後は父上と情報を合わせるか……。
『担う者』と『寄り添う者』
父から聞いた時には随分と運命的な2人なのだと思った。
どうしても惹かれ合う。離れられない。離したくない。そういう気持ちが互いに湧き起こる存在なのだと思っていたのだが。
ライの想いが希薄なのはコレット様が偽者だったから、なのだろうか。コレット様はそんなライのことなど見透かしていたのではないだろうか。
きっと辛かったのかもしれない。
妖精の加護も面倒な代物だな。
それにしても、ライがマリーの寝室にまで入り込んでいたのが気になる。恐らくそれだけじゃないはずだ。ライが回廊で見せたマリーへの態度は初対面にしては馴れ馴れしかった。まだ自覚していないようだが、あれは……。
そして、アーサー様のマリーへの想い。あれは、絶対やっかいなやつだ。
ほんとに、どいつもこいつも。
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