アーサー様
こちらを見つけていただきありがとうございます。よろしくお願いします。
先日差し上げたお手紙のお礼にと、アーサー様がお茶に誘ってくださった。
というわけで私は王城に向かうため馬車に乗っていた。石畳を駆ける馬車は、小気味いい音を立てている。
王都の東側にあるストランド侯爵家のタウンハウスは、上級貴族が集まるブロックの中でも割と奥まった場所にある。そのせいか他の貴族に比べて敷地が広くとられ、屋敷の正面には見事な庭園が広がっている。
しばらくその庭園沿いに走っていた馬車は、漸くストランド侯爵邸の敷地を離れ角を曲がった。
私は王城までの道のりを、王都の景色を何とはなしに眺めながら、アーサー様の事を考えていた。
王太子殿下の兄、アーサー様。お会いするのは、立太子の祝賀の時以来だから、2年ぶりだろうか。
アーサー様は15歳の時、ファティマ国の王立学園にではなく、隣国ネーデルラン帝国の帝国学院に留学することを決められた。その学院を主席で卒業され、いよいよ国にお戻りになるかと思っていたのに、余程ネーデルランの気風が合ったのか、そのまま帝国アカデミーに進まれて魔法の研究をされている。そのため、たまのお休みにしか帰国されない。
とても優秀なアーサー様。どうしてラインハルト殿下が王太子になられたのかは知らない。
せめてアーサー様が王立学園に進まれていたら、もっとお話できたのかも。中々お会いできないのが寂しくて、そんなことを考えたこともあった。でも、お手紙を出せば必ずお返事を下さるし、誕生日にはいつも花束とプレゼントを贈って下さった。おかけで何時しか寂しさは薄れていった。
久々にアーサー様が一時帰国されたのは、立太子の祝賀にご出席されるためだった。喜び勇んで挨拶に伺うと、青地に銀糸の刺繍が施された正装で現れたアーサー様に、口をパクパクさせてしまう。
だって格好良すぎだもの。仕方ない。
今年23歳になられるアーサー様。もう立派な男性である。そう思うと、とてもドキドキする……。
本当にいつも優しくて、子供の頃から私の憧れのアーサー様。
そう、私がアーサー様に最初にお会いしたのは、まだ6歳の時だった。
私たち家族は、その夏、避暑を兼ねて北の飛び地にある領地を訪れていた。お転婆だった私は護衛の目を潜り抜けて、一人、森を探検するのを楽しみにしていた。
その日は、いつもとは違う方向に行ってみようと思い立ち、拾った小枝でバシバシと地面をたたきながら、奥へ奥へと進んでいた。
どれくらい歩いただろうか、突如、目の前に開けた空間が現れた。その中央には透明な水を静かに湛える泉があり、その周りは一面白い花で埋め尽くされている。
なんて、綺麗なんだろう。泉の淵からそっと覗くと、そよ風が水面にさざ波を立て、映っていた私の顔をふにゃふにゃと揺らした。私はゴロリと横になる。
空にゆったりと浮かぶ白い雲。気持ちよく通り過ぎる風。緑濃い木々のざわめき。鳥の鳴き声。花の甘い香り。
自然の中に溶けてしまいそうだ。
私は、得意の魔法で、泉の水を沢山の鳥に変えていった。その鳥たちが羽ばたく度に、空中に飛び散る水の小さな粒が、光を反射してキラキラと舞い落ちてくる。
パキッ
「!?」
小枝の折れるような音に、飛び回っていた鳥たちは形を崩して泉の水へと戻っていく。私は音のした方に視線を向けた。
淡い紫色の髪に金色の瞳。青年と少年の中間ぐらいの年齢だろうか、中性的な顔立ちの人物が立っていた。神秘的で、この世の者ではないかのようだ。
「君は、天使?」
神秘的なその人が透き通るような声で、私が天使かと聞いてきた。
「へ? あなたがでしょ?」
「ううん、君がだよ」
「ふふふっ。違うよ。私はマリー。あなたは?」
「僕は、アーサー。今のは、魔法だよね?」
「うん。そうだよ」
「そうか……僕が音を立てたから消えちゃったね。ごめんね。それじゃ、お詫びに」
彼は両手を前方に大きくかかげると、その手をくるりと回して左右に広げた。
すると、泉の水がいくつもの魚になり、空中で輪になって泳ぎ始めた。鱗の一つ一つまで再現されて、本当に水の中にいるようだ。
「わぁーーー。アーサー、凄い、凄い」
「気に入ってもらえたかな」
「うん、とっても! ねぇ、私たちも輪に入ろう」
マリーがすっと手をかざすと、二人の体がふよふよと浮かぶ。二人は魚たちに加わって一緒に空中を漂う。キラキラと光を放つ魚たちが、今度は、二人の周りを取り囲んで泳いでいく。
あまりの楽しさに時が経つのも忘れて夢中になった。
日が傾き始め、森に夜のとばりが落ち始める。
「わっ、もうこんな時間。早く帰らないと」
急に薄暗くなっていく森の中で、夢から覚めたように周りを見渡す。
「マリーは、どこから来たの?」
「うんと、森の南? の方。ストランド領って知ってる? そこから来たの」
「ストランド侯爵か。そこまで僕が送っていってあげるよ」
「ほんと? ありがと」
アーサーにギュッと抱き着いてお礼を言うと、アーサーは優しく頭をなでてくれた。
「マリー。これからも一緒に……」
突然聞こえなくなった声に心配になる。そっと見上げると、アーサーの瞳に光るものがあった。
「アーサー、どこか痛いの? 大丈夫? 私がいるからね」
私はよくお母様がやってくれるように、アーサーの背中をポンポンと叩いた。
「!!」
アーサーは私をそっと抱きしめると、私の肩に頭を埋めて暫く震えていた。
そして漸く私を離すと、小さくありがとうと呟いた。
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