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想い石

作者: 雪河馬
掲載日:2020/02/18

朝、目覚めが良く、カーテンの隙間から青い空が見えたから。

たったそれだけの理由で僕は登山道というほどは厳しくない、近所の山に登ることにした。


住宅地の舗装された道路を10分ほど歩いて途中で普賢山と記された道標の指し示す細い山道へと進むと、なだらかな砂利道はやがて徐々に勾配を増した赤土のでこぼこ道へと変わっていく。

30分も歩くと普段の運動不足から息が上がり最初の意気込みを後悔が上回ってきて、あともう少しだけ登ったら引き返そうかと考え始めたところにちょうど良い岩があったので腰掛けた。

見上げると樹々の緑と空の青が目に優しくて心地よい。

カバンからペットボトルのお茶を取り出して半分ほど飲む。


空を見上げると木漏れ日が乳白色のカーテンのように僕の行く道を照らしている。

そのカーテンの先には魔王の城があるのか、賑やかな異種属の村があるのか。

僕の閉じ込められた想像力がほんの少し顔を覗かせる。


ダメだ。


心を鈍感にすることで、僕はこの世界に適応している。

上司の叱責に納得がいかなくても、職場の皆の言うことが間違っていると思っても、僕はじっと心の蓋を閉じて、ほんのちょっとだけの隙間から用心深くあたりを見回している。

当たり障りのない発言と行動を取る事で、僕はなんとかこの世界の中で自分の居場所を与えてもらっているのに。


この灰色の社会には子供の頃夢見ていた勇者はいない。

ダンジョンもないし、魔王すらいない。

そこにあるのは日々を惰性で生きる社会人に淀んだ空気のビル街と出世至上主義の姑息な小悪党たちだけ。

日々忙しいのだが、3日前に何をしていたかと聞かれると思い出せない。

僕は時間を浪費しながら、ただ生きていた。


前方数メートル先の樹々の間になにか光るものが見え、ネガティブな思考を中断する。

それは鳥の巣箱にしては大きいし、小さなお堂のように見える。

子供の頃から何度となく通っているはずだがあんなものがあるとはまったく知らなかった。

僕は立ち上がり、その物体の方へと向かう。


下草を踏みつけながら近寄って見ると、それは小さな祠だった。

元は木に打ちつけでもしてあったのだろうか。

今は地面に落ちて横倒しになり、開け広げられた扉から御神体のようなものが飛び出している。

間近によって見ると、それはまるで髑髏(しゃれこうべ)のような形をした黒い石だった。


「僕に触ってごらん。」


石がそう呟いているような気がして、僕はその石を拾い上げた。

想像していたよりもずっと重く、そして暖かい。


石が突然喋りだす。

「我と契約せよ、さすればお前を勇者として異世界に召喚しよう。」

僕は全く悩むことがなかった。

「石よ、僕はお前と契約しよう。」


石は突然振動し、中心部から上空にむけて眩しい光を照射する。


「おい、いつまで寝ぼけてるんだ。さっさといくぞ。」


声のする方に顔を向けると、さっきの黒い髑髏に胴体がついていた。

いや、そう思っただけかもしれない。

なにせそいつは2メートルはあろうかという巨人だったからだ。


僕が呆けた顔をしていたのだろう。そいつはもう一度言った。

「もう休憩は終わりだぞ、ナオ。早く撤退しないと敵軍が攻めてくる。」


頭がしゃきっとすると記憶が蘇る。

そうだ。俺はナオだ。

10年前に召喚された地球人の勇者でハインライン星の戦士だ。


夢からさめた俺はいつものきな臭く、死と隣り合わせの戦場に戻ってきた。


いつ終わるともわからない激しい戦いの中に俺はいた。

あるとき、魔族にさらわれた王女を救うためにわずか単身で魔王城に乗り込んだ。

王女との逃避行と身分違いの恋、そして別れ。

サラマンダーの生息地で希少金属のオリハルコンを採取に行った時は大変だった。

100人の兵士の中で生き残ったのは俺ひとりだ。

巨大なゴーレムと素手で殴り合ったこともある。


長い年月が過ぎて、仲間と共についに魔王を倒し、俺は伝説の勇者となった。


人生には終わりが来る。

鉱物型生命体に比べて人型生命の寿命は短い。

俺はすっかり年老いて、命はまさに尽きようとしていた。


相棒の巨人、ブラッドが俺を故郷の星まで送り届けてくれた。


「ナオ、お前の故郷の惑星が見えてきたぜ。」

俺はだんだんと大きくなる地球を眺め、感傷的になる。

「不思議なもんだな。あんなに退屈だった星だが、こうやって帰ってくるとすごく懐かしい。」

「お前、今までの人生を後悔してるのか?」


俺は首を横にふった・

「いいや、楽しい人生だったと思う。それでもな、よく夢を見てんだよ。夢の中の俺は平凡なサラリーマンで、毎日目立たないようにただ、ひたすら働いていた。毎日毎日それを繰り返すんだ。」

「なんだ、そのサラリーマンってのは。」

ブラッドは不思議そうな顔で尋ね、俺は苦笑する。

「まあ、奴隷みたいなもんだな。そんな生きたまま死んだような生活は嫌なんだがな。なんであんな夢を見たんだろうか。」


スペースシップは故郷の山の上に停止し、俺は転送装置で地上に転送される。

俺はスペースシップから見ているであろうブラッドに手をふった。


暖かくて、いい天気だ。

岩に腰をおろして、俺は空を見上げる。

木漏れ日が白いカーテンのようにあたりを照らす。

こんな光景、昔見たような気がするが、もうどうでもいい。

意識がだんだんと薄れていく。


楽しい人生だったな・・・・・。


夜になり、空間がゆらいで小型の宇宙船が姿を現した。

青い光が岩に腰掛けたまま死んでいる老人のそばに照射され、やがてふたりの異星人が現れた。

彼らはその老人のそばに落ちていた黒い石を拾いあげて、なにやら上から覗き込んでいる。

背の高い異星人が言った。

「トー二、ドリームキャッチャーを回収したから帰るぞ。」


トー二と呼ばれた異星人は触覚で端末を操作しながら太った異星人に尋ねる。


「ニート先輩、こんなつまらない人生、誰が買ったんですか。朝起きて、灰色の箱に入って行って一日中座っているだけ。夜になると家に戻って寝るだけ。こいつはそれを30年間ひたすら繰り返していただけですよ。」


ニートは機嫌の良い時の仕草であるツノを上下に動かしながらトー二に答える。


「お前はまだ見習いだから知らないんだろうがな、こいつはハインライン星のやつらが喜んで買うのさ。」


トー二は驚いて目玉を1メートルほど前方に飛び出させた。


「ハインライン星ってあの魔王と勇者が戦っている星ですか。」

「そうだよ、ハインライン星の勇者にとってはこういう何も起こらない平凡な人生が憧れなんだ。特にこいつのように平凡でなんの変化のない生活はものすごく高値で売れるんだ。」

「へえ、そうなんですね。でも、いくら原始人相手とはいえこの男の人生を勝手に搾取したら、俺たち惑星警察に捕まるんじゃ?」


ニートは黒い石、ドリームキャッチャーを触手で軽く撫でた。


「こいつは30年前にドリームキャッチャーと契約したんだよ。自分の人生を売るってな。対価は勇者の人生・・・・のコピー。で、俺はさっき引っこ抜いたこいつの人生の代わりに勇者の人生のコピーをインプットしたんだよ。。」

「なるほどお。でも、なんか偽物の記憶しか残ってないってかわいそうですね。」


ニートは第三の目を大きく開いてトー二に質問する。

「現実の人生ってなんだ。1秒前に起きたことですら、それがが真実か偽物なんてだれがわかるか。想い出こそが人生そのものなんだ。トー二、お前だって今、偽物の記憶の中にいるかもしれないんだぞ。」

「脅かさないでくださいよ、兄貴。なんか気持ち悪くなってきたじゃないですか。」

「はっはっは。俺たちバクー族は夢を売って商売してるんだぞ。心配するな、これは現実だ。さっさと俺たちの星に戻って一杯やろうぜ。」


トー二が端末を操作すると、青い光が二人を包んだ。

その光が消えた時、そこには幸せそうな顔の老人の骸が残っているだけだった。


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