1.病
死ぬな───。
そう呟いて、おとこは天井を見上げる。
まず、間違いはない。
その事は、自身が一番よく分かっていると、そう言い切れるだけの自信があった。
症状はまだまだこれから重篤になって行く。これだけ衰弱してしまえば、回復まで身体が持ちはしない───。
稀な病ならばともかく、流行り病でとは。
油断したか、歳には勝てなかったものか、それとも───
闇の中で、おとこは唇に自嘲の笑みを浮かべる。
───まだまだ十分とは言えなかったという事だ。
流行り病は、一度に多くの罹患者が出る。同じ病の流行を既に幾度も経験し、その度に多くの患者を診てきた。病であれば、藩主であろうと非人であろうと隔て無く、様々な者達を診てきて、もう、この病は知り尽したと思っていた───。
───さて。
己の身体に残る力を確かめ、おとこはふっと小さな息を吐く。
よくもって───明日。
この病で死ぬ者は、多く衰弱が原因で死に至る。じっと己の身体に意識を巡らし、そう、おとこは己の身体に診断を下す。
思うまま無理を重ねた身体に、この病を越える力は残ってはいない。おそらくは、朝日の昇る頃が命の終わりだろう。
そう判断すると、おとこはゆっくりと息を吸い、霞んできた目を閉じる。後は自身の診立てが正しいかどうかを、確かめるだけ───
おとこの顔に、僅かな笑みが浮かんだ。