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明けて翌日。
俺はイライラしながら団扇がわりに下敷きで汗に蒸れたワイシャツを扇いでいた。7月も上旬のこんなクソ暑い時期に何も六時間も授業しなくてもいいじゃないか。俺達ゃ坊さんじゃないぞ。
海外にはサマータイムなんてのもあるのだ、一時間くらい時短しても良いんじゃないか?一教室に一エアコン取付のスローガンでハンガーストライキでも起こす権利はあると思うね。扇風機だけじゃ溶けるぞ。1日中デモなんて面倒なので俺以外の有志でやってもらいたいが。
高校生の放課までの日程なんぞタカが知れたもので、100人いれば90人は同じような変化のない日程であろうから綴る気にもならないので割愛する。
放課後である。
無駄な事はやらないという信条を校旗よりも空高く掲げている俺からすれば、「部活」などという究極的に無駄エターナルな事物などとは関わりたくないので、母親が赤ん坊に乳をあげるより当たり前に帰宅部である。全日本帰宅部選手権があれば銀メダルは堅いね。
てなわけで時刻は17:00、いつもなら無駄足を踏まずに真っ直ぐに家路に着くのだが、人も疎らなこの学校に、昨日の今日で俺は重大な懸案事項を一つ抱えているのである。
何ならデカすぎて抱えきれずにそこら辺に落としてきてしまっている。誰かそれを拾う気はないかね。誰も拾わないならそのまま置いて目的地に向かうことにしよう。
三日もすれば土壌分解されて跡形も無くなるだろうよ。俺は知らん。
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敵を知り己を知れば百戦殆うからず、とは言ったもので、まずは偵察から行うのが大事だと先人が身をもって教えてくれている。孫子だか孟子だかは忘れたがそんな事は今はどうでもいい。問題は三珠が敵なのか味方なのかということである。
目的地-と言ってもそう遠いものではなく、横長の校舎2階に位置する俺の教室、2-Cから中央階段を挟んで向こうの教室、2-Bである-に着いた俺は、カガミガイよりも薄ーく静かに扉を開け、中の標的を捜索した。
俺がコソ泥のように教室の中を見ているのは三珠をスニーキングしているのを悟られないためであるが、どうもこの状況を誰かに見られたら面倒なことになる気がする。
端からみればその筋の人であり、翌日にはピーピングトムなんていうあだ名を付けられていたら目も当てられない。
こと下馬評においてはハエ一匹逃さない情報屋、木村に見つかりでもしたらあることないこと吹聴された挙げ句に気づいたら三条河原で首を吊っていそうだ。
長年の付き合いではあるが、同じ年を重ねているのにあいつはやけに勘が鋭い。これは早急に目的を果たさねばなるまい。
ちなみに何故面識もへったくれもない三珠の所属クラスを俺が知っているのかというと、これまた昼休みに木村に聞いておいたからである。クラス中を探し回るよりは遥かに効率的だな。抜かりはない。
授業という多忙な任務を負えた黒板は「どうだ」とでも言うようにふんぞり返って鎮座している。偉そうにするな。その正面の机にターゲット三珠を発見した。二人の級友と親しげに話していらっしゃる、俺の気も知らずによ。
しかし意外だ。昨日俺が話した三珠は誰もを弾き飛ばすようなツン100%濃縮還元のような難しい顔をしていたはずだが、今ここにおわす三珠は聖母マリアのような笑顔で民衆計二人と会話をしている。
これだけみればかなり美少女の部類に入るのではなかろうか。長い黒髪がいやに映えている。美的ランクA++だな。
いやこれは俯瞰的考察に則って付けたランクであり俺が独断と偏見で付けたわけではないぞ、勘違いするなよ。
そんなこんなで話をしている様子をしっかりと観察させてもらったのだが、俺が思っていた情報は得られなかった。むしろその逆である。ホラ吹き三珠の尻尾を掴んでなし崩し的に正体を暴きカノッサ城門の前で懺悔させてやろうと考えていたのだが、尻尾どころか毛一本出さないのである。
向日葵のような笑顔を振り撒く三珠にはおおよそ、「嘘つき」の片鱗は見られない。くそっ、どうなってんだ。俺の推敲もロクにしていないシナリオがさらに台無しじゃないか。
とにかくもうこれ以上ここにいても何も得るものが無さそうだからそろそろ撤退することにする。誰かに見られてもまずいからな。
というわけで、立場逆転を狙える十分な収穫がないまま踵を返して昇降口へと向かう俺であるが、30mほど離れた目の前の通路の角から誰かが立ち去って行くのが見えた。
それだけでは何も思わないところだが、その男-に見えた人物-の学ランの黒に混じって何か赤いものがバッグに付いている…ように見えたから俺は一瞬立ち止まった。
が、たたらを踏んだのは一瞬だけで、すぐに平常運転である。赤くてデカイだけのキーホルダーなんかそこらじゅうに転がってるさ。
近所のゴミ工場でも漁れば10分もあれば見つかるような平凡さである。
ちなみに俺が付けているのはアニメ調の大陽のデカいキーホルダーで、何故こんなものをずっと付けているのかは覚えていないが、遥か昔に誰かに貰ったような気がする。
まぁ特に付けてて不便なことはないし、でかくて目立つから自分の荷物がすぐに分かるんだぜ。他の荷物と混ざらないから非常に助かる。
てなわけで俺は見た影に特に気にもせずに再び昇降口へと足を向けた。




