戦いの後で
「こいつは俺が倒すから」
「──────ッ!!」
突如現れた男に剣を突きつけられた
怪物─グリムは声なき雄叫びを上げながら黒く尖った拳を握り殴り掛かる。
「よっと」
素早く振るわれる一撃を男は難なく剣で受け、流しつつ肩から斜めに斬り下げる。深く切り付けられたグリムから黒い粒子の様なものが吹き出し、怯んだ所に腹部へ蹴りを入れる。当然防御の姿勢をとれずにいたグリムは後方へと吹っ飛んでいく。
「見た目よりは柔らかいみたいだな。追撃っと!」
男は剣をくるりと片手で回すと恐いものは無いとでも言うように真っ直ぐ走っていく。
男の脚は速くグリムの元へたどり着くまでもう何秒もない。
だがグリムは先程の攻撃に悶えながらも男の進行を阻もうと胴を突き出し内側から突き破るように生えているパイプに熱を集め始める。やがて高温により紅く染まったパイプから3つの火炎弾が飛ばされる。2つは男とグリムの間の壁や地面に飛ばされもう1つは男を目掛けて射出される。
「うわウッソだろお前!」
当たり前だとは思うが
炎を飛ばされるとは思っていなかったらしく
咄嗟に手にしていた剣で火炎弾を受ける。
剣に着弾した火炎弾は小さく爆発しその反動で男は体勢を崩し転ける。
男は「いでっ」っと小さくこぼしたが直ぐに立ち上がり火炎弾の主へと剣を向け直す、が
「あれ、いない?」
そこには先程まであった怪物の姿はなく、
辺りに炎がパチパチと燃えているだけ。
「あーくそ、逃げられたか。さっきの炎は牽制で他に放たれた火炎弾は逃げる為の目くらましか?...まんまと引っかかっちまったな」
周囲を見渡し自分に飛ばされた火炎弾以外に地面や壁で燃える炎を見て1人納得したように呟いたあと物陰に隠れながら様子を伺っていた俺に向き直る。
「あんた、怪我ないか?」
「え、あ、あぁ。大丈夫...だけど」
男は俺の姿を2秒ほど見回し安堵の息をつく。
「ならいいんだ。...なぁ、色々頭パニクってるとは思うんだけどちょっと聞きたいことが...ってマジかタイミング悪いな」
会話を途中でやめた男は突然路地の抜けた先へと視線を移した。
何事かと俺も男と同じほうを見る。答えはすぐにわかった。
道路の影からほのかに赤い光が点滅している。聞き取りづらいがサイレンの音も聞こえてくる。おそらく警察が何らかを聞きつけこっちに来たのかもしれない。
男は「仕方ないか」と小さくため息をつく
「言いたいことはあるだろうけどとりあえず場所を変えよう。ずっとここにいたら面倒なことになりそうだからな。いいか?」
確かに落ち着いて考えてみれば夜にこんな人通りの少ない路地で炎が燃えててそこに二人の男、なんてとこが見られたらすぐ手錠をはめられかねない。ので俺はコクコクと男の言うことを肯定し歩き出した男の後ろをついて行くことにした。
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俺は後輪が歪んだ自分の自転車を押し歩きながら前を歩く男の背に向かって質問をしていた。
「...どこ向かってんだ?」
「もうすぐ分かる」
「あのバケモンはなんなんだよ?」
「...着いたら説明する」
「あんた何もんなんだよ」
「それも後で教えるって」
男は何も教えてくれない。
沈黙が始まる。
(こいつなんなんだ?誘拐、な訳じゃないよな。でも怪しさ満載じゃん)
無言になって数十秒、
なんとか話をしようと俺はまた声をかける。
「なぁ、一体どこ向かって──」
「何回それ聞くんだよ!?
もう14回目だぞこの質問ループ!」
「うわびっくりしたァ!」
俺の質問に痺れを切らした男が急に声を張り上げる。
「い、いきなり大きい声出すなよ!?
つか何も教えないあんたが悪いんだろ!?」
「だから後で説明するって言ってんでしょうが!ちょっとは大人しくしてろよ!」
「こっちは何が何だかで困ってんだよ!
大体あんたが何も喋んないから気を使って声掛けたんだろ!ひでえ目にあったんだからちょっとはあんたが気ぃ使えよ」
「いやそれは!...まぁそうか、悪い」
俺の反論に男は突然冷静になり謝罪する。
なんなんだこいつ。
俺が怪しむ目で見ていると男は何か考え始めた。恐らく俺の言葉を聞いて何か話でもしようと思ったのだろう。
数秒待って出た言葉は
「...彼女とかいんの?」
「おめェ高校生かよ!?もっとマシな話ねえのかよ!」
「いや場を和ますための最大限のジョークだろこれは!そもそも気を使って話せとか無茶ぶりにも程があるでしょうが!」
「話するのヘタクソかあんたは!彼女いねえよお気遣いどうも!?」
俺はできる限りの皮肉を込めて答える。
「全く、人の善意をなんだと思ってんだか...ほら着いたぞ」
「こっちのセリフだろ」と愚痴をこぼしているあいだに目的地についたらしく男は俺を呼ぶ。一体何処なんだと男の見ている方へ向く
正面には大きな門があり抜けた先にはレンガで舗装された道、芝生や木々も植えられている。さらに進むと大きな建物がいくつも並んでおり多くの若い者達が自分の分野を修めるためにここで様々を学んでいる。
そうここは
「いやうちの大学じゃん」
そうここは俺が在籍している左神区の大学。
俺がなんでここに?と驚いている様子をみて
「ん?何あんたここの学生?...ふぅん」
と何か納得したような顔をして歩き出した。
時刻は既に10時を回っている。当然
大学の正門は閉まっているので職員及び関係者専用の出入口へと向かう。
男は上着のポケットからカードキーを取り出し出入口のセキュリティを解除する。
「何であんたがここの鍵を?もしかしてあんたもここの人なのか?」
「まぁそんな感じ。ほら入るぞ」
俺は自転車を止め入口の扉を通り降りてきたエレベーターに男と共に乗り込む。
ゴウンゴウンとエレベーターの機械音が響く中、男は自ら沈黙を破った。
「あんたここの学生って言ってたけど学部は?」
「え、考古学だけど...」
「へぇ、随分と変わったもん勉強してんだな。それじゃあ理学部の棟には入った事ないか?」
「いや、学園祭の時に1回だけ。でもここまで奥にはまだ...」
男は俺の話を聞いて「なるほどな」と小さく笑みをこぼす。そして金属製の扉の前で止まり
「なら面白いもん見せてやるよ」
と扉のロックをカードキーで解除する。
カシュン!と扉が横にスライドして中の部屋があらわになる。
そこはテレビでよく見るような研究室風な部屋が広がっており、その一角にはまるで誰かが住んでいるかのような生活感のあるソファやテーブル、テレビ等が置いてある。
だが1番目を惹かれたのはそんなものではなく、
「な、なんだこの機械...」
部屋の右奥を覗くとそこには7個ほどのモニターが埋め込まれた大型の機械が置いてあり
大量の配線が繋がれている。
近づいてみると一部は透明なガラスのようなケースがありその中では見覚えのある青白い光がほのかに輝いている。
こんな機械は今まで見たことがない。
俺がガラスケースの中を興味津々にのぞき込んでいると男は俺の後ろに立ち
「ようこそ俺達のラボへ」
そう言って満足そうに微笑んだ。