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第5話:没落令嬢と晩餐会

「エレイン……」



 まさか、よりによってこいつに醜態をさらすことになるなんて。

 入り口を強行突破しようとしたあたしと、護衛の兵が揉み合っているところを――。


 レナルドはあたしの名を呼んだきり、何も言わなかった。絶句ってこういうことかしら。

 ぴたりと動きを止めたあたし。隙アリ! という勢いで、兵士はあたしの手首をむんずと掴んだ。ハッとして抵抗したものの、もう遅い。



「離し……」

「アズガルド隊長、お騒がせ致しまして申し訳ありません。直ちにこの不届き者を……」

「いや、いい。彼女は私の婚約者だ」



 もうっ! こんな時だけ婚約者面するな!

 レナルドの言葉に、今度は兵士がぽかんと目を丸くする。まさか、招待状も持たず、兵士を振り切って強行突破するような婚約者がいるとは思わなかったのだろう。



「では、こちらの姫君がエレイン・アースラ様で……?」



 まるで猿を見るような目。そして、好奇心。これが噂の、とでも言いたげな視線だ。

 お返しとばかりにあたしは兵士の手を振り切って、宮へと小走りに駆けた。

 分かってる、護衛の仕事だってこと。でも、確認くらい取ってくれたってよかったのに。


 敬礼をしながら、「これは失礼致しました!」と直立する兵士を置いて、あたしたちは華やかなホールへ足を踏み入れた。夜会の開始時刻を少し回っているせいか、ホールには誰もいない。奥の迎賓の間から、楽しげな話し声が聞こえた。

 レナルドはあたしの少し前をせかせかと歩く。大きいだけの背中に向かって、あたしは声をかけた。



「ねぇっ! ちょっと! ちょっと待ってよ!」



 レナルドはピタリと立ち止まり、半分だけ振り返る。あたしはぜいぜいと息を切らしながら、レナルドに追いついた。



「あ、あたしはヒールの高い靴、履いてるんだって! あと、ちょっと、揉み合った、後だし待ってくれたっていいじゃないっ!」

「しかし、晩餐会は始まっている」

「パートナーを放っていくもんじゃないわよ! 普通、あたしを置いていく!? 待ってたんだからね、部屋で」

「そうか、だが、遅れていい理由にはならない」



 ムカッ。

 そりゃそうでしょうよ、遅刻していい理由にはならないわ。あんたって、正論ばかり振りかざすのね。



「それに、私は君の上官だ。なぜ今日に限って砕けた話し方をする」



 ムカッ。

 そりゃそうでしょうよ。あたしだって、あんたのこと、婚約者としてなんて一度も見たことないもの。



 だけどね、あんたがあたしを婚約者だと公言した以上、あたしたちは個人としては対等。

 もちろん、職務中にこんな態度取るわけじゃない。でも……二人だけの時は別じゃないかしら。



「今日はパートナーとして参加しているんだから、あたしはこれでいいと思ってるわ」



 キッと睨みつけ、きっぱりと言ってやった。

 レナルドはまたもやだんまり。肝心な時に黙り込む。

 あたしは背中を伸ばし、心持ち顎を突き出した。レナルドに手を差し出し、目を細める。

 ここでは――あたしが主導権を握ってやる。



「レナルド・アズガルド。腕を貸して。あたしをエスコートしなさい」



 固まってしまったレナルドの腕を強引に取り、あたしはホールの絨毯の上を静々と歩いた。

 隣のレナルドはそれについてくるばかり。ちょっとぎこちないんじゃないの。

 大男と小娘、レナルドとあたしが迎賓の間に連れ立ってやって来たとき――会場内の時間が一瞬止まった。



 向けられたのは奇異の目、好奇の目。

 羨望? 驚き? そんなことあるわけないでしょ。

 全部全部振り切って、あたしは真っ直ぐ前を見た。



 立食形式のパーティー、ビシリと決めた男性たち、彩り豊かな蝶のような女性たち。

 贅の限りを尽くした料理、各地から集めた美酒……ダメ、お腹が鳴りそう。

 そのど真ん中を突っ切って、あたしたちは最奥にいるクルーゼ殿下の前でひざまずいた。客人と話していた殿下はあたしたちに気づくと、ニヤリと口の端を歪めた。



「おぉ、レナルド、エレイン。随分と見違えたな」



 皇太子はカラカラと笑いながら、あたしたち二人を立たせる。

 給仕に命じ、二人分の飲み物を持たせると、応対していた客人に礼を言い、あたしたちのところへやって来た。



「女性に失礼なことを尋ねるようで悪いが、エレイン、君は今年いくつになったんだ?」

「十八になります」

「レナルド、君は?」

「はっ。二十四になります、殿下」



 次の瞬間、このバカ皇太子はとんでもないことを言い放った。



「で、結婚式はいつ? 十八ってことは、もういつでも式を挙げられるってことだろ?」



 あ……頭が痛くなってきた。

 帝国の法律では、男女ともに十八になれば、結婚する資格を得られる。つまり――クルーゼ殿下は遠回しに、「君たちいつでも結婚できるよね!」と言いたいんだ。


 結婚なんて言われても、ぴんとこない。

 だって、あたしたちは形ばかりの婚約者だったし、これからずっとそうなんだと思っていた。機会を見つけて、フォンダイル家の敵であるレナルドを討ち取ってやろう、そう思っていたくらいなのに。


 急にリアルな言葉を突きつけられたレナルドというと……。

 何故かあたしの方を向き、あたしの返答を待っていた。ちょっ……こっち見ないでよ。



「殿下、お言葉ですが、あた……わたくしはまだ軍人としても未熟でありますし……まだ婚姻などというものは先のことかと……」



 という建前。なんとかこの場を逃げ出したい。じりじりと胃が痛む。

 結婚なんてまっぴらです、むしろ討ち果たしてやりたいくらいです――なんていう本音は言えない。



「エレイン・アースラはまだ軍務の途中です。この帝国を守る、という重大な任務の。ですので、私もまだ、彼女と家庭を築くつもりはありません」



 思いの外、はっきり言うじゃないの、レナルド。あたしは心から「ですよね!」と相づちを打った。

 その回答が面白くなかったのか、クルーゼ殿下は眉をひそめ、何やら思案している。

 そして、ポンと手を打ち顔を上げた。あたしたちを後ろに押しやり、客人に向かって手を広げる。



「皆の者! 今宵の夜会、盛大に楽しんでくれたまえ! さて、私の友人を紹介しよう……」



 やめて、もうすでに嫌な予感しかしない。

 誰かバカ皇太子を止めてちょうだい……!



「レナルド・アズガルド帝国第一部隊隊長と、その婚約者、エレイン姫だ!」



 あたしは堪らなくなり、側に立っていた給仕の銀トレーからグラスを引ったくると、そのままの勢いでグラスの飲み物をあおった。

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