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第4話:没落令嬢と待ちぼうけ

 ドレスを纏うと、背筋が伸びる。軍服だって同じだと思うかもしれないけど、その質は全然違う。

 ドレスもまた、あたしにとっての戦闘服。華やかな夜会で、誰にも負けないよう教え込まれた。


 没落してしまった今では、そんなの、なんの意味もない。

 でも、幼い頃からの教えが、あたしの体には染み付いていた。



 なんてかっこつけていはいるが――あたしは遅刻寸前だった。



「あ、の……脳筋バカ! 戦闘オタク!」



 なんであたしを迎えに来ないのよっ!?

 曲がりなりにも婚約者を名乗るっていうなら、どうしてエスコートしようとしないのっ!


 ローラから手渡されたドレスを着た後、あたしは女子棟で待ち続けた。

 普通、パートナー同伴のパーティーでは、男性が女性を迎えに来る、というのが習わし。

 ドレスを贈ってくるくらいだし、その程度のことは弁えているんだと思っていた――が、その見通しは甘かったらしい。


 兵舎から、晩餐会会場の円月宮までの時間を逆算して、ギリギリまで待ってみたものの、一向にレナルドは現れなかった。

 それどころか――。



「た、た、た、た、大変です、エレイン様! 今っ、夕市で買い物をしておりましたら……レナルド様の馬車が円月宮へ向かっておりまして……!」



 レナルドが、あたしを置いて円月宮へ行った、と買い物帰りのローラが兵舎に飛び込み、そう言った。

 ローラの一言がなければ、あたしはもう少しレナルドを待って……そして、本格的に遅刻していたに違いない。

 慌てたあたしは急いでローラに命じ、馬車を呼んで――現在に至るというわけ。


 

 あたしは馬車の中で、ぎゅっと手袋を握りしめた。

 婚約者なんて冗談じゃないって言いながら、あたしは何を期待していたんだろう。

 お姫様扱いされること? 女性扱いされること?

 


 全速力で、馬は駆けた。

 しばらくすると、徐々に速度が緩やかになり始め、円月宮が近づいてきたことを知らせる。



 あぁ、そうか。もしかしたら、あたしに恥をかかせたかったのかも。

 そう思えば――色々と、今までのレナルドの態度にも納得がいった。


 訓練の時だって、いつもあたしを指名して、必ずあたしを打ち負かした。

 婚約を命じられた後も、あたしに対しての態度は、変わらない。訓練中ならともかく、プライベートですら声をかけてくれることはなかった。

 

 堅物で、剣のことしか考えてない。頭の中は果たさなければならない軍務のことでいっぱいで。

 あんたのせいで、あたしの人生は狂ってしまったというのに。


 そして――今日もあたしを置いて行ってしまった。

 大嫌い、何度言っても言い足りないくらい。



「エレイン様、到着しました」



 御者があたしに告げる。

 あたしは「ありがとう、助かりました」と丁寧に礼を述べ、円月宮の門へと向かった。


 ここ、円月宮は現皇太子クルーゼ・ルマリエの私邸。

 内輪の晩餐会、というのは本当らしい。

 元々、クルーゼ殿下が皇子の頃から住んでいた邸だ。顔の広かった殿下はよくここで晩餐会を開いていた、と聞いていた。


 青白い月が宮を照らす。

 真っ白な屋敷は、月の光を反射し、ぼぅ……と暗闇の中佇んでいた。

 屋敷の窓からは灯りが漏れていて、人の息吹を感じる。

 あたしはぎゅっと目を瞑り――それからカッと目を見開いた。


 どんな時でも誇り高く。

 それが、あの時、「逃げること」も「死ぬこと」も選べなかったあたしの心情。



「エレイン、行くわよっ!」



 あたしはあたしに言い聞かせる。

 その勢いのまま、あたしは宮の門をくぐる。

 庭園を抜け、邸の扉を通り抜ける――ことができなかった。



「申し訳ありません。招待状を拝見致します、姫君」

「は……招待状……?」



 鎧を着た兵に背後から呼び止められ、今のあたしは本当に間の抜けた顔をしていたと思う。

 だって、そんなものは貰っていない。

 というか、今日だって休暇を奪われ、レナルドに叩きのめされた挙句、酔狂な皇太子の気まぐれでここに呼ばれただけなのに。

 バカ皇太子はそんな律儀なことはしてくれないし、バカ隊長は何のフォローもしてくれない。



「あの……持って、ません」



 よくよく考えれば、これはクルーゼ殿下主催のパーティーだ。警護が厳重なのも最もだし、招待客以外は立ち入り禁止だというのも至極当然。

 あまりにも頭に血がのぼることが多すぎて、今この瞬間まで、「招待状」とやらの存在の可能性に思い至りもしなかった。



「え、と、殿下御自ら招待してくださりまして……その……」



 こいつらはクルーゼ直属の私兵だ。あたしのいる帝国軍とはまた組織が違う。ということは、あたしのことを知っている可能性は低い。

 せめて武人の格好をしていたら、と歯がゆく思う。もしかしたら、どこかの闘技会で会っていたかもしれないのに。



「お引き取り願えますか、姫君」



 こんな時だけ姫君扱いするなって。

 そんなのはお首にも出さず、あたしはおずおずと尋ねた。



「あの、レナルド・アズガルド隊長がいらっしゃったと思うのですが……お目通し願えないでしょうか?」



 レナルドに助け船を出してもらうしかない。あたしは兵士に懇願した。

 だけど――どうもあたしはレナルド隊長目的のファンだと思われてしまったらしい。冗談じゃない。あんなやつ、叩きのめしたいくらいなのに。


 兵士は渋い顔で首を横に振った。話はそこで途切れた。

 ならば――。



「強行突破!」

「不審者めっ!」



 脇をすり抜け、無理に侵入しようとしたところで、兵士があたしの首根っこをむんずと掴んだ。断りなしに乙女に触れるとは何事だ。

 あたしはジタバタと体を捩り、「はーなーせー!」と連呼する。当初、心に決めた優雅さなんてものはどこにもない。

 すると、騒ぎを聞きつけたのか、奥から赤髪の大男が飛び出してきた。



「エレイン……」



 あぁ、よりによって、一番弱みを見られたくないこいつに、こんな醜態を晒してしまうなんて。


 もみ合うあたしと兵士の前で、礼式の軍服に身を包んだレナルドが、目を丸くしながら突っ立っていた。

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