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「くっ!」
弾かれた薙刀が手から離れ乾いた音を立てる。
振り下ろされた追撃に、堪らずグレイバーは後方へと跳んだ。
「……この程度か」
ガチャリと手にした大鎌を地に着け春間が呟く。
ブラックギアの力で戦鬼体となったその顔は、人間の頭蓋骨を模した漆黒の装甲に覆われ、また全身の黒い鎧も骨を想わせる形状になっている。
死神、それが春間の魂から産まれ、そしてその魂に喰われた神魔だった。
この魔人と既に数度交差し、その力を目の当たりにしたグレイバーは感心したように頷く。
「さすが……虹枝の幹部、神魔を超えた魔人。納得の強さだ」
「理解したようで何より。では、さっさと終わらせるとしよう。私は少しでも早く戻らねばならないようなのでね」
「えっ!?」
「君がここに居るという事、ダミーと思われるブランクの残骸……導き出される答えは一つだ。信じがたい事だが、あの士郎が主を裏切りブランクと手を結んだ。となると、今頃あの御方の前に、無謀にも彼等は立っているはずだ。これはその戦いに邪魔な私を、こうして足止めする為のものなのだろう?」
飛ばされた薙刀にチラリと目をやるグレイバー。すぐに回収出来ないと判断し、徒手空拳のまま構えた。
「やれやれ……バレてるなら仕方ないね。だけど、一つ間違っているよ。僕は、足止めするつもりなんて無いよ。今夜ここで君を倒す! 言ったはずだよ、ここが君の墓場だって!」
ピシリ、そう音が聞こえたかのように錯覚する程、春間の放つ空気が変わる。
「……そうか、なるほど。舐められたものだな、私も」
しかし、相変わらず感情を感じさせない声を発し、春間が床を踏み込む。
音も無く急加速した春間がグレイバーへと接近すると、手にした巨大な大鎌を、まるで棒切れの様に軽々振りかぶり、グレイバーの頭部目掛け振り抜いた。
「はっ!」
瞬時に身を伏せ回避するグレイバー。すぐさま下から抉り込むようなアッパーを、春間の顔へと放つ。
「甘いな」
春間がその拳を、大鎌を持たない左手で捌いた。
体勢が崩れるグレイバー。そこへ春間が大鎌の石突きを勢いよく突き立てる。
「っ! …………がっ!」
大鎌から身を守ろうと、腕を上げ防御するグレイバーだったが、目の前で突然石突きは搔き消え、背中に強い衝撃を受ける。
「なっ……?」
倒れるグレイバーの目に、何も無い虚空から突き出た石突きが映る。
状況を理解しないまま、受け身をとりすぐに跳び起きる。
そのグレイバーに春間が距離を詰め攻撃した。振り下ろされる大鎌の刃に、身構えたグレイバーの背を嫌な予感が走る。
再び眼前で消える大鎌の刃先を見るよりも早く、グレイバーが春間を大きく飛び越えた。
自身の身体越しに、グレイバーが春間を見る。
消えた大鎌は、グレイバーがさっきまで立っていた場所、その背後の空間から飛び出していた。
「……空間湾曲っ! それが君の能力かっ!?」
「そうだ。よく今のを躱したな……だが彼我の能力差は十分過ぎる程理解した事だろう。……次は無いぞ」
大鎌を戻した春間が、再びグレイバーへと構える。その春間にグレイバーが開いた右掌を向けた。
「……何の真似だ?」
まるで待ったをするように向けられたグレイバーの掌。その真意を測りかねた春間が首を傾げた。
「僕だって……このまま君に勝てるとは思っていないさ」
「……ほぅ、ならばどうする?」
春間の問いに、グレイバーは春間に向けた右手を、自分に向けギュウと握り、ゆっくりと開く。
「こうするのさ……行くよ、アキト……第二封印解放っ!!」
グレイバーが叫んだ瞬間、その身を黒い光が包み込む。光の中、周囲の色が染み込むように、白かったグレイバーの装甲が漆黒の色へと染まっていった。それと同時に頭部の一本角が消え、刃のような湾曲した二本角が生える。
そうして光が収まった時、黒騎士のような姿へと変わったグレイバーが立っていた。
「……ふう、お待たせしました」
黒騎士となったグレイバーが、腰部装甲に両手を伸ばす。装甲の一部が外れ、二本の筒状に変形したそれを両手に一本づつ握る。
「チャージッ」
グレイバーの声に反応し、筒の先端から黒い光が伸び、黒曜石のような輝きを放つ黒い刃を構成した。
二刀を構え、グレイバーが春間へと駆ける。
対する春間が、迎撃するように大鎌を振るう。本来ならば届かない刃先が、空中で搔き消えグレイバーの死角から迫った。
━━ギィンッ!!━━
必殺の間合いで放たれた春間の攻撃は、しかしグレイバーの手にした刀に弾かれた。その隙に接近したグレイバーが、刃を春間へ振るう。
「ほぉ……」
小さな声を漏らし、大鎌の柄でグレイバーの攻撃を受ける春間。そのまま小柄な見かけに似合わない怪力で、グレイバーの体を弾き飛ばす。
「感じが変わったな。お前は……グレイバーの中に居る神魔か?」
「流石は虹枝の幹部様、ですね」
グレイバーが二刀を降ろし肩を竦める。
「確かにその通りです。最も今は、私と依代が七対三で混合された状態……といった所でしょうか?」
「そうか……ならば話は早い。さっさとその身体を奪い、私の配下に加われ」
ガシンと春間が大鎌を地に着く。しかし、春間の提案にグレイバーは首を振って応えた。
「お生憎様ですね。私はまだ完全に解放されていませんし、依代の少年も以前とは比較にならない程強い魂を持っています。その支配力の前に、私は否応なく貴方と戦わなければなりませんし、貴方はそんな私を躊躇なく殺そうとするでしょう。ならば、私も全力でそれに抗わねばなりません」
グレイバーが再び二刀をカチャリと構えた。その姿に、春間は特段動揺した様子も無く、大鎌を構える。
「そうか。あくまで戦うと言うのならば、お前の言う通り消えてもらおう」
「ほら、やっぱりだ」
苦笑しながらグレイバーが春間へと再び突撃した。




