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討魔戦鬼ブランク〜手名芽市神魔討伐譚〜  作者: 九頭龍
第九話 虹枝の最期 灰塵と化す希望
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9-1


 新と士郎が出会い数日が経ったある晩、あの廃工場から巨大な炎が立ち昇った。

 夜空を焦がす程の火柱だが、不思議な事にすぐに消え、ポッカリと開いた天井の穴以外、火災の発生した痕跡も見当たらなかった。


「爺、入るぜ」


 手名芽レインボータワーの隠しフロア、その中にある一室へと士郎と双子が入る。室内ではいつも通り、アンティークチェアに腰掛けた虹枝の主人と、その側に控える白髪の少年魔人、春間の姿があった。


「ふん、士郎か……一体何の用だ?」


 アンティークチェアに深く座り、手名芽市の夜景を眼下に眺めながら男が呟くように言った。


「なんだ? 可愛い部下がわざわざ、あんたの命令をこなしてきたってのに随分素っ気ないんだな」


「……命令、だと?」


「ああ、こいつだよ」


 ニヤリと笑い、士郎が持っていた物を二人の前に放り投げる。それはガラガラと金属音を立てながら、床を転がり止まる。


「……これは、まさか」


 感情の抑揚をあまり感じない春間の声。しかし、その顔には驚きの色が微かに滲んでいた。

 それを見た士郎が、ニヤリと笑う。


「そうだ。奴を、ブランクとかいう神魔狩りを仕留めて来たぜ」


 士郎が放り投げ、春間が思わず声をあげた物……それはブランクの頭部を覆う装甲だった。

 装甲はひび割れ、高温に晒されたチョコレートの様にグニャリと形を歪めている。


「ブランクを倒しただと? 本当か!?」


 ガタリと大きな音を立て、アンティークチェアが揺れる。勢いよく立ち上がった虹枝の支配者である男は、震える手で床から頭部装甲を拾い上げた。

 角度を変え、その装甲を眺める男の、普段ではあり得ない只ならぬ姿に、隣に控えていた春間が声をかける。


「御主人様、一体……」


「士郎っ、これだけか!?」


 春間の声を無視し、男が士郎に向かって叫ぶ。


「あぁ? 何がこれだけだってんだ。俺のグレイプニル・ブレイク……地獄の焔に焼かれたんだ。中身なんざ残るかよ……ああ、でも他の装甲はそのまんま置いてあるな」


「く……そうか……」


 フラリと男が立ち上がると、アンティークチェアに座りこむ。手にしたブランクの装甲を見ながら、顎に手を当て考え込む。


「士郎。お前がブランクを倒した場所はどこだ?」


「ん? ああ、手名芽西部九番街外れにある廃工場だ。天井に大穴が空いているから、わかりやすいと思うぞ」


「よし……春間!」


「はっ……」


「今すぐそこへ向かい、これ以外の残骸を回収し、私の前へ持ってくるのだ!」


「……承知しました」


 春間が一礼し部屋を出る。士郎は腕組みしながら、その様子を眺めた。


「おい、爺、いったいどうしたんだ? ブランクがやられたって聞いてから、随分と様子が変だぜ? まさか、ブランクが俺に倒されない方が良かったってのか?」


「……お前に答える必要はない、士郎」


「はっ、秘密主義だな。まあ、良い……ここで待つとするさ」


 士郎はそう言うと、部屋の端にドカリと座り込む。その両隣に双子も座ると、サンが小さな声で囁いた。


「見ました、兄様。あいつ想像以上の狼狽ぶりでしたね」


「ああ……こりゃあブライの言う通りだったな。まあ、真意はともかく、こうして春間を誘い出せた今がチャンスだ。後は……」


 士郎の視線が、自身の手に向かう。そこには小さなガラスの着いた指輪がはめられていた。

 しばらくすると、指輪が光を放つ。弱い光ではあったが、薄暗い室内では目立ったのか、男が気付き士郎へと尋ねる。


「む……それはなんだ、士郎」


「あんたに答える必要はない……なんてな。春間が廃工場に着いたのさ」


「何? どういう意味だ?」


 指輪をチラリと見た士郎が、口元に笑みを浮かべながら立ち上がる。そのまま男の前までゆっくりと進み出た。


「折角だ、教えてやる。こういう事だ!」


 士郎の声と重なる様に、部屋の窓ガラスが一斉に割れる。割れるはずのない強化ガラスが散らばるその只中、月明かりを背に受けて一人の人影が立ち上がった。


「く……お、お前はっ!?」


「俺か? 俺はブランク……あんたが狙っていた奴さ」


 バキバキとガラスを踏みしめながら進み出る、青き装甲の魔を討つ戦鬼。

 その時、月明かりに照らされた男を見て、ブランクの中で八葉が怪訝な声をあげる。


『ぬっ、待て新……奴はまさか……アガルテか!?』


「アガルテ? アガルテってあの、アサの居た村を襲った奴か? えっと、あんな奴だったか?」


 もし新が知るアガルテだと言うのならば、かつて見た姿と現在の男の姿は大きく乖離している。毛皮ではなく上等なスーツに身を包み、頭には鬼面も無い。見た目だけならば三十を超えたエリートサラリーマンにも見える。


『そうだ! おそらく何者かの身体を依代として復活したのだろう。ふんっ、例え姿が変わろうと、この邪悪な気配までは変えられんようだな。……む? お、おい、新……何故ダンナチの事を知っている?』


「その話なら後だ。おい! 話はたった今、士郎を通して聞かせてもらった。俺を狙うお前の企み、全て吐いてもらおうか、アガルテ!!」


 ブランクが男━━アガルテを指差す。しかし、アガルテは両手で顔を覆い俯いたまま反応しない。

 いや、その肩がゆっくりと上下に動いていた。動きは次第に激しさを増し、アガルテの口からは笑い声が溢れ出す。


「クハハハハ、そうか、そういう事か……ブランクが生きていたか……つまり、貴様は虹枝を裏切るんだな、士郎っ!」


「裏切ったんじゃない。最初はなから仲間じゃなかったのさ」


「ふんっ、その力故に優遇してやったが、無駄だったか。まあ、いい。久しぶりだな、ブランク……いや、山狗の娘よ」


 ブランクと士郎達に挟まれてなお、アガルテは余裕の笑みを見せる。アンティークチェアに座ったまま、パチパチと拍手を始める。


「よくぞ、虹枝の、私の前まで来たものだ。お陰で私の望みも、間も無く叶う事だろう」


「望み……お前が俺達を狙う企みの事か!」


「くくく……そう焦るな、先ずは現状の確認といこうじゃないか。良い物を見せよう」


 アガルテがパチンと指を打ち鳴らす。すると静かな駆動音と共に部屋の壁が左右に開いた。


「っ!! あれは……」


『虹魔木……あれがだと?』


 開かれた壁の向こう、キラキラと黄金の輝きを放つ虹魔木がそこにあった。

 しかし、新がかつて見たそれとは、大きく違っている。小さな植木程のサイズだった幹は太く逞しく育ち、広げた枝先にはいくつもの虹魔石が、木の実の様にぶら下がっていた。

 そして……その太い幹の中央でブランクの目が止まる。


「間口……耕三……」


 幹に半ば埋もれ、虹魔木と同様に黄金色の輝きを放ちながら、苦悶の表情を浮かべる男。新の父親であり、あの夜妻を神魔へと変え虹魔木と共に行方をくらませた男がそこに居た。


「んん、何だ。こいつを知っているのか? 馬鹿な男だ。虹魔木から解放された私が、折角依代にしてやろうと憑依したのに、全力で拒み続けたのだ。面倒なので依代にはせず、そのまま虹魔木の養分にしてやったわ」


 ニヤニヤと笑うアガルテ。ブランクはゆっくりと拳を握りしめた。


「そうか……つまり、あの夜の出来事は、全てお前の仕業だったのか……」


「ふん、何にせよ、お前達の欲しい物はこの虹魔木だ。私の望みも、この木とブランク、お前が必要でね……士郎の反逆は想定外であったが、ここは一つ、互いの望みを賭けて勝負といこうじゃないか」


 アガルテが立ち上がり両腕を広げた。ブランクが握った拳を振り構える。


「ああ、望むところだ。行くぞ、士郎っ! アンリミテッド・コネクトッ!」


「応っ! 来いっ、アル、サンッ! 業魔転変っ!!」


「はい、兄様っ、憑依合身っ!」


 光に包まれるブランクと士郎。次の瞬間、白と黒、二体の戦鬼が現れた。


「面白い。だが、この場所は戦うには手狭だな……ふんっ!」


 アガルテが両腕を振るう。次の瞬間、周囲の景色が一変する。何も無い広く白い空間、その中にブランクと士郎、そしてアガルテが立っていた。


「……これは……」


「私の結界だよ、ブランク。あの部屋はなかなか気に入っていてね。ここでなら、存分に戦えるだろう?」


 アガルテが顎をさすりながら愉快そうに笑う。

 ブランクに並び立った士郎がブランク同様に構えた。


「結界か……奴が用意した空間だ。油断するなよ、士郎」


「はっ、思いっきり暴れられるっていうなら、かえって好都合だな。後は全力で奴を倒すだけだ。俺達よりも、向こうは大丈夫なんだろうな?」


「問題無い。俺はそう確信している」


「なら良いけどな。じゃあ、行くかっ!」


「ああっ!」


 立ったまま動こうとしないアガルテに、ブランクと士郎が同時に飛びかかった。

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