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「おや、新。多聞の所に行くんじゃなかったのか?」
新の右横を歩きながら、八葉が首を傾げる。向かうはずだった場所から大きく外れ、二人は今、手名芽市の中心部にある巨大なビルの前へと辿り着いた。
「多聞と約束した時間まで、まだだいぶあるし、あんまり早く行っても多聞の奴は寝ているからなぁ。その前にこっちだ」
新は、ビルの入り口に立ち鋭い目線をこちらへと投げかけてくるガードマンにIDカードを見せ、慣れた様子で受付を素通りする。
そのまま受付脇のゲートにIDカードを読み込ませ、その先にあるエレベーターへと乗り込む。
エレベーターにIDカードをスキャンすると、操作タッチパネルに今まで表示されていなかった階数が表示され、新はその内の一つを押した。
「まったく……毎度毎度思うが、大仰な仕掛けだな」
静かな駆動音と共に動き出したエレベーターの天井を見上げ、八葉が呟く。
「……まあ、ただの村でしかなかった手名芽市を、ここまで開発した張本人のビルだからなぁ」
新の言う通り、新が幼少期の頃、今の手名芽市からは信じ難いことだが、この辺りは田園風景広がる、一地方の過疎化が進む寂れた農村だった。
その小さな村に、何を思ったか本社を移転し、正気を疑うような出費を覚悟で開発したのが、このビルの持ち主である中原総合科学の長、中原哲史だ。
「予定より四分二十四秒の遅刻だな、新。ようこそ、八葉」
ポンッと軽い音が鳴りエレベーターが開く。
書類や用途の不明な実験器具の散乱した大部屋の中央、椅子に座り、端末に何かを打ち込んでいた白衣姿の若い男が、笑いながら立ち上がった。
「はは、あんまり細かいこと言ってると、親父さんみたいに禿げるぞ、哲也」
白衣の男、中原哲也は、自身の父親である中原哲史のツルリとした頭を思い出し笑う。
「ははは、細かいのは性分だから仕方ないね。それより、僕の作ったブランクギアの方の調子はどうだい?」
「ああ、問題無いさ。おかげで順調に奴等を狩れている」
「それは良かった。それじゃあ、早速見せてもらうよ」
「ああ、ほら」
新は頷くと、左腕にはめている金属製の腕輪……ブランクギアを外し、哲也に手渡す。
哲也はそれを机の上に置くと、脇にある端末とケーブルで接続した。
いくつかのキーを叩きプログラムを起動すると、様々な数値と一緒に神魔と戦っている映像が、新目線の動画で流れ出す。
「これは……グリフォンか。見た所、まだ覚醒しきっていないようだけど、なかなかのポテンシャルだね。しかし、この翼と胸筋の付き具合、とてもこれだけの巨体を飛ばせるとは思えないな……うん、興味深い」
ブツブツと呟きながら、哲也は食い入るように、モニタに映し出されたブランクの戦闘データを眺める。
「お前も好きだなぁ。グリフォンがどうやって飛んでいるのか? そんなの化け物だから、でいいじゃないか?」
「それは違うよ、新」
モニタから顔を上げず、哲也は即座に否定する。
「何故、と疑問に思うことはとても大切なんだ。全ての発見や発明は、そこから生まれたと言っても過言ではないしね」
哲也の言葉に、それまで黙っていた八葉も腕を組んで頷き、口を開く。
「うむ、私も哲也の意見に賛成だな、新。思考停止は視野を狭くし、おのずと己の首も締めることになるぞ」
「そんなもんかね……」
「そういうもんさ」
データの吸い出しを終えたブランクギアを渡しながら、哲也がニヤリと笑う。
「“十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない”……あるSF作家の言葉だけど、だとすれば逆に、科学の光でオカルトと言われる闇も照らし、解き明かすことが出来るはずだ。例えそれが神魔と言われる人智を超えた存在でも、ね。人智が及ばないならば、それを底上げすればいい」
「科学の力で全てのオカルトを解明する……それが、お前の夢だったな」
新がカチャリと、ギアを左手にはめながら応える。新の言葉に哲也も頷いた。
「人間を外殻で包みこみ、外見上は虚な容れ物にする事で、そのスペースに人の精神や肉体を蝕む神魔の力を接続しても、安全かつ安定して使用出来る。そのブランクギアは、まさに僕の夢の第一歩って感じだね」
両手を白衣のポケットに突っ込みながら、哲也は自慢気に頷く。
「ああ、その夢のおかげで、俺は奴等と戦う事が出来る。感謝してるぜ、哲也」
「僕こそ、新のおかげで貴重なデータが集められる。これからもよろしく頼むよ、新」
新と哲也、二人はどちらからともなく、右手を伸ばし握り合った。互いに利用しあう、言わば共益関係にある二人だったが、その根底には間違いなく厚い信頼と友情があった。
「そうそう。いつものように、倒した神魔のランク毎に口座へ振り込んでおくよ。後で確認してくれ」
「ああ、わかった。いつもすまないな」
「構わないさ。君が戦いという危険に身を投じる、その当然の対価だよ。ところで、この後時間はあるのかい? 八葉も一緒に、三人で久しぶりに食事でもどうかな?」
「あ〜、悪いな。実は次の用事もあるんだ」
「そうか、それは残念だ」
新の言葉に、さほど気にもしていない顔で哲也は肩をすくめた。
「ああ、次の機会に頼む。それじゃあ、そろそろ行くとするよ。またな、哲也」
哲也が頷き、新と八葉がエレベーターに乗り込むと、エレベーターは静かに下降を始めた。