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「ここだな?」
指定した日、喫茶店の前に立ち、八葉が隣の新に尋ねる。
「そうだな、もう待っているかもしれないし、さっさと入ろうぜ」
「やれやれ……」
仕方ないなと首を振る八葉の背を押し、店内へと入る。案内された席には案の定、既に梅咲正太が落ち着かな気に座っていた。
「あの、梅咲正太さんですよね? 紹介された虚木ですが……」
「はっ、はいっ!!」
裏返った返事が店内に響きわたる。新は苦笑しながら、八葉と共に向かいの席に腰掛けると、片手を挙げ店員を呼ぶ。
「すみません、コーヒーを一つと……」
「ハンバーグステーキ、大盛りでだ」
「おい、八葉……」
「ふん、話があるのはそっちの二人だろう? 私は私で楽しむから気にするな」
「たくっ……すみません、こっちは気にせず、始めましょう」
「いえ、こちらこそ、わざわざありがとうございます」
互いに頭を下げながら、笑い合う新と正太。
間も無く運ばれた料理に八葉が手を伸ばす。そんな彼女を無視して、新が話し始めた。
「改めまして、虚木超常現象研究所の虚木新です。TNWの梅咲正太さんですね?」
新の言葉に、正太は懐から名刺を差し出し頭を下げる。
「はい、よろしくお願いします、虚木さん。それと……そちらは?」
肉をパクつく八葉を見る。満足そうに頬張る八葉に、新は笑って誤魔化した。
「あはは……彼女は俺の助手みたいなもので、まあ気にしないで下さい」
「あ、はい。それじゃあ本題に入りたいと思います。すみません、会話を録音しても構いませんか?」
コトリとテーブルに置かれた小型のボイスレコーダーを指し示す正太。
「そうですね、俺達の名前なんかを伏せてもらえるなら、記事にする事も構いませんよ」
「ありがとうございます。それでは早速……あの謎の戦士についてなんですが、虚木さんはどの程度ご存知なんですか?」
正太の質問に、新は腕組みし一呼吸置いて話し始めた。
「彼……ああ、仮に彼と呼びますが性別は知りません。彼の名はブランク、手名芽市を暗躍する神魔を狩る戦士です」
「ブランク……神魔……その、神魔というのは、あの?」
「ええ、正太さんの記事にもあった怪物ですよ。正体は不明ですが、人を喰らう異形です。私も職業柄、怪奇事件の調査をする事があるんですが、以前その調査中に、運悪く奴等に襲われましてね。そこを彼に助けてもらい、その時に知り合う事が出来たんですよ」
「ブランクと知り合いなんですかっ!?」
正太が思わず身を乗り出し、驚いた声をあげる。新は口元に指を当て、手で正太を制した。
「す、すみません、つい……」
「いえ……知り合いという程、彼と親しい訳ではありませんが、連絡する方法はあります。正太さんも、それが目当てで今日来たのでは?」
「は、はい! その、私が彼と会う事は可能なんですか?」
「う〜ん、実際に会う……ですか」
新が悩みながら宙を睨む。少々わざとらしかったのか、横で肉を食べ終え、黙って話を聞いていた八葉が、顔を隠しプルプルと震えながら声なく笑った。
それを無視して、新がポンと手を打つ。
「そうですね、こうしましょう。確約は出来ませんが、私からブランクへ打診してみます。その可否を伝えるので、正太さんの個人アドレスを教えて下さい。出来るだけ良い結果になるよう努力しましょう」
「本当ですか!? ぜ、是非、よろしくお願いしますっ!」
テーブルにぶつけるような勢いで頭を下げ、先に出した名刺へ、既に印字された業務用では無いプライベートアドレスを記入する正太。その名刺を受け取りしまうと、差し出された正太の手を、新がしっかりと握り返した。
話がまとまり、何度も頭を下げ見送る正太と別れ、新と八葉が店を出る。その時、八葉が顔を上げ、キョロキョロと周囲を見渡した。
「ん? どうした、八葉」
「む……いや、微かに神魔の匂いを感じたが……う〜む?」
店の前で万歳するように両手を挙げ周囲を探る八葉だったが、何も感知出来なかったのか、腕を降ろし頭を振る。
「すまない、気のせいだったようだ。行こう、新」
「あ、ああ」
チラリと背後の喫茶店を見たが、歩き出す八葉を追って新も後を追う。
小さな背に追いつくと、八葉は楽しそうに笑みを浮かべ新を見上げた。
「さっきの猿芝居、なかなか面白かったぞ。ところであの記者の事、どうするつもりだ?」
「そうだなぁ、ブランクの姿で一回会えば満足してくれるんじゃないか? 変に断っても諦めそうにないぞ、あれ」
「ふむ、新がそう思うのならば、私はそれでいい。せいぜいファンサービスをしてやるといい」
ニヤリと笑いながら、八葉が新の胸をトンと叩いた。
◆
新達が出た喫茶店の中、男は飲みかけのコーヒーカップをソーサーに戻すと、フウと息を吐いた。
「聞いたか、アル、サン」
「フヘッ?」
男の対席に座った二人の少女。その片割れのサンは、口一杯にパンケーキを頬張り、不思議そうに首を傾げた。
その様子にもう一人の少女、アルは溜息をつき首を振る。
「ダ、ダメですよ、兄様。サンちゃんは甘い物に目が無いんですから……」
「うむぁ……」
「ははは、好物なら仕方ないさ。そのまま食べていていいぞ」
パンケーキを食べながら器用に落ち込むサンの頭を、男はポンと手を置き優しく撫でた。猫のように目を細め、撫でるその手に頭を擦り付けるサンに頷き、男はアルへ視線を向ける。
「それで、アルは聞いていたか?」
「は、はい……まさか手名芽市に来て早々に、ブランクに繋がる人間に出会えるとは思いませんでした」
「ああ、俺達は運が良いようだ。とりあえず、アルは気付かれないよう後を追え」
「……どちらを追いますか?」
「そうだな……あの二人組、ブランクと直接関係があるようだったが……下手に近付き過ぎて、当のブランクに勘付かれるのも面倒だ。とりあえず、あの記者らしい男でいい」
男が、背後の離れた席で上機嫌に誰かと通話している正太を、背中越しに親指で指す。それをチラリと目で追い、アルがコクリと頷いた。
「わかりました、兄様。えっと……サンちゃん、しばらく兄様をよろしくね」
「むぐ……うんっ、任せて!」
口元に付いた蜂蜜を拭いサンがニッと笑うと、アルもまた微笑み返す。鏡合わせのような双子の笑みだったが、次の瞬間にはアルの姿は忽然と消えた。
その異変に驚く様子も無く、サンは手にしたフォークをクルリと回す。
「それで、私達はこれからどうしますか?」
「寝床の確保だな。サンは適当な宿を抑えておけ。その後はアルに差し入れでも持っていってやれ」
「はーい。兄様は?」
「俺か……俺は面倒だが、一度虹枝に顔を出してくる。爺に挨拶はしておかないとな」
眉根を寄せた男は、心底面倒くさそうに再びフウと息を吐いた。




