1-終
「あの悪魔みたいなのが他にも存在していて、その裏に居るのが、その間口耕三……というわけですね」
「ああ、確定では無いが十中八九おそらく……といったところかな」
紙を折り畳み、Yシャツの胸ポケットにしまいながら新が頷く。
「間口が本当に、今起きている神魔事件と繋がっているのか、はたまたいないのか。その点を別にしたとしても、危険な存在であることには変わりない男だ」
その時、チラリと微かに、新の瞳の奥に憎悪の炎が灯る。しかし、ソーセージを頬張る八葉以外に、それに気付く者は居ない。新はその炎を消すかのように、ふぅと息を吐き出し、話を続ける。
「だから明さんも楓ちゃんも、約束してほしい。もしこの先の人生で、奴の名前や痕跡に関わる何かに接触したとしても、決して自分から近付いちゃいけない。必ず俺に教えてくれ……もちろん、これは奴に限った事だけじゃ無く、神魔についても同様だ。それでいいかな?」
「はい、虚木さん」
「さすがに、今回みたいな目にあうのは、もうごめんですしね」
新の言葉に、明も楓も大きく頷く。
「二人ともありがとう。それじゃあ、次の質問だ。明さん、あの神魔……グリフォンはいつからどうして、あんたの中に居たんだ?」
「あれは……確か一週間程前のことです。俺が夕暮れ時に家に向かって歩いていると、突然変な男に呼び止められました」
「変な男……?」
新の片眉がピクンと動く。
「そうですね……ぼろぼろの、まるでお伽話か何かの魔法使いが着ているような服を着て、頭をすっぽりと、目の穴だけ開けた布袋のような物で覆った男です」
「何というか……凄まじい格好だな」
「はい……俺も、もちろん一目で危ない奴だと思いました。なので、無視して歩き去ろうとしたんですが、次の瞬間……」
そこまで話すと、明は目の前のグラスを掴み、中の水をグイと一気に飲み干した。
「次の瞬間、いつのまに移動したのか、すぐ目の前にそいつが立っていたんです。奴は低く笑うと……驚く俺の頭に、何か光る粒のような物を押し込んできました」
話しながら、明は自身の額をさする。何の痕跡も見られないが、おそらくそこに押し込まれたのだろう。
「俺は気を失い、気付くと既にそいつは消えていました。押し込まれた跡も無く、まるで悪い夢を見ていたような……しかし、それ以来あの悪魔の声が聴こえてくるようになっていって……」
「それで、日々強くなるグリフォンの声に恐ろしくなった明さんは、家族だけは守ろうと、昨夜とうとう家から逃げ出した。……が、何故か記憶は途切れ、次に気付いたらあの地下室の中だった……そういうわけか」
腕を組み尋ねる新の言葉を、明が頷き肯定する。
「はい……その通りです」
「明が埋め込まれた物は、虹の魔の石と書いて虹魔石……つまり、神魔の種だな」
先にソーセージを全て食べ終え、素麺を啜りながら八葉が人差し指で虚空に字を書く。
「虹魔木より生じる虹魔石。それは、人間に根をはり、その者の肉体と魂を養分に、新たな神魔を産み出す。そして、虹魔木を現在所持しているだろう者は……」
「間口耕三……つまり、明さんに虹魔石を埋め込んだのも、奴だって事か!」
握りしめた新の拳が震える。それをチラリと横目で見ながら、八葉は首を横に振った。
「そのボロ服の男が、間口本人かどうか、そこまではわからんな。だがまあ、少なくとも関係はあるのだろう」
「虹魔木……虹……そういえば、俺にその虹魔石とやらを埋め込んだ男も、似たようなことを言っていました」
「っ! 本当か、明さん! そいつは一体、何て言ってたんだ!?」
思わず身を乗り出す新に面食らいながらも、明は瞳を閉じ記憶を辿りながら話す。
「えっと……確か、虹枝の会で待っている……だったと思います」
◆
食事を終え、夕暮れの街へと並んで歩いていく明と楓を、三人は玄関先で見送る。
二人が完全に見えなくなり、玄関の引戸を閉めると、新がポツリと呟いた。
「虹枝の会……それが奴の居る場所か」
「おそらくは、な。そして、ここ最近増えている神魔事件の元凶も、まず間違いなくそこであろう」
八葉の言葉に新も頷く。
「何はともあれ、大きな収穫だったな。虹枝の会については、早速、多聞に依頼するとするか……律、悪いがまたアレを頼むぞ」
「うっ……アレですか……えっと……はい、わかりました」
いつも笑顔の律にしては珍しく、何とも言えない表情を見せた後、ガクリと肩を落とした。