6-1
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椿に智秋を預けてから、数日が過ぎた。
虚木超常現象研究所の小さな庭、それを眺める縁側に座禅を組んで座り、新は静かに瞑想する。
「………………」
暑さは和らぐどころか、日々激しさを増している。
空調設備の無い縁側で、顔を伝い落ちる汗にも構わず微動打にしない新。しかし、時折チラリチラリと傍らに置かれた携帯端末へと視線を送る。
新の横、涼しげな表情で座布団に座った八葉が、それを見てニヤリと笑う。
「随分と気持ちが浮ついているな、新」
「……いや、そんな事は……」
「ふん、大方奴に任せた智秋の事が気になるのだろう? そんな状態でいくら鍛錬しようと無意味だ。さっさと止めてしまえ」
煽るような八葉の言葉に、新はふぅと一つ息を吐き座禅を解くと、八葉の方へ向き直る。
「……そうだな。なあ八葉、あいつは本気で戦うつもりなんだろうか?」
「さてな。少なくとも、今の今まで連絡が無いという事は、奴の特訓は順調なのだろうさ。新もわかっているのだろう? 智秋は既に自分自身の意思で歩いている。私達がどうこう言うべきではない……まあ、新の気持ちもわからなくはないがな」
八葉の言葉に、新も頷いてみせる。わかってはいるのだ。智秋は仮に新がいくら止めても立ち止まらない。かつて……いや、今も智秋と同じだった新が、誰よりもそれをよくわかっていた。
「仕方ない、か。だったら俺達が、どんな事があっても彼を守るぞ、八葉」
小さく、しかし確固たる決意を込めて新が呟く。だが、その呟きは、突然家中に響き渡った声に掻き消された。
「虚木さんっ、た、大変ですっ!!」
◆
「はい、お茶です。これを飲んで落ち着いてくださいね」
「あ、ありがとうございます……いただきます」
律から冷えた麦茶を受け取ると、駆け込んできた少女、楓はグイと一息に飲み干した。
「はぁ〜……生き返りましたぁ……」
「ははは、何となく見覚えのある光景だけれど……今日はどうしたんだい? 何か大変だって叫んでいたね」
「あ、はいっ! あの、これ見てください」
新に促され、楓がカバンから端末を取り出す。液晶画面に表示されたのは、とあるウェブニュースサイトだった。
「なになに……『手名芽市の怪! 怪物と戦う謎の人物とは?』」
新が記事を読み上げる。そこには、ここ最近ネット上で噂されるようになった、人を襲う怪物の存在と、更にその怪物と戦う謎の人物について、様々な憶測が書き連ねられていた。
また、記事中には先日のヒドラと海上で戦う写真が載っている。無理矢理拡大したのだろう、何が何やらわからないような写真だったが、当事者である新達にはそうはっきり理解出来た。
「『果たして、謎の人物は我々を守るヒーローなのか。我々は調査を続ける』……か」
「そ、それって神魔と虚木さん達の事ですよね!?」
新が記事を読み終えると、興奮した面持ちで楓が端末を指差した。
「そうみたいだね。この間のケルピー戦、やっぱり見られていたか。まあ、昼間だったしなぁ」
「その……神魔とか、虚木さん達の事、知られちゃ困るんじゃ……」
「ん? いや、ブランクだったら、大っぴらに触れ回る事はしないけど、別に極秘の存在って訳でもないんじゃないかな。ブランクギアの詳細を知られるのは、哲也が嫌がるだろうけど」
「ふむ、まあ心配せずとも、上部を知った程度で、ブランクや私達、それに神魔について正しく理解出来る者は居ないだろう」
頷き合う新と八葉を見て、楓がホッと胸を撫で下ろす。
「そうなんですか? ふふ、私てっきり虚木さん達の一大事だとばっかり」
「いやいや、俺達の事、心配してくれてありがとうな、楓ちゃん」
新が楓に微笑みかける。それだけで、楓は頬が熱くなるのを感じた。
そんな楓の変化には気付かず、端末を操作しながら律が眉根を寄せる。
「ん〜……でも、新さん。人を襲い食べる神魔の存在が明るみに出ると、パニックが起きませんか? ……このサイト、ざっと読む限りだと、噂話レベルの話が多くて、それほど信頼性があるようには見えませんけれど……噂そのものが既に存在するのは間違いないようです」
「あ、そうか。確かに律の言う通りだな……それは良くない」
新も端末を覗き込みウーンと唸る。八葉がその背をポンポンと軽く叩いた。
「新よ、それは今悩んでも仕方ないだろう。私達は一体でも多くの神魔を少しでも早く倒すだけだ。情報統制は、哲也にでも任せておけ」
「そりゃまあ、そうだけどさ……」
「そんな事よりも……これは何だ?」
新の傍から端末の画面に手を伸ばし、八葉が一点を指差した。
「何って、この記事の関連ニュースだろ……ん?」
八葉の指し示すニュースタイトルを見て、新の様子が変わる。そこには『事故か事件か!? 多発する高速道路の首無し死体! 深夜に響く犠牲者達の断末魔』という文字が、赤く恐怖感を煽る陳腐な書体で書かれていた。




