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「むぅ……何だ?」
思いがけない八葉の抵抗に、攻めあぐねていたヒドラが、突如発生した光に困惑し蛇頭の視線を向ける。
その僅かな隙をつくように、海中から浮上し現れたブランクが、八葉の腰を下から抱き抱えた。
「待たせたなっ、八葉っ!」
「うむ、いくぞ! 憑依合身っ!」
「エクシード・コネクトッ!」
青い光の中で、二人の影が重なり混ざる。
光が消え去ると、八葉と合身したブランクがグリフォンの翼を羽ばたかせ、海上に浮かび上がった。
その時、海水浴場全体にサイレンが響き渡る。続いて緊急避難を告げるアナウンスが、繰り返し放送されだした。
高くなった目線で見ると、海や砂浜から次々と人々が離れていく。驚くべき事に、避難誘導には地元警察まで動いているようだ。こちらに気付いた海水浴客も何人か居たが、自分が見たものが何かを確かめる暇もなく、警察官に促され移動していく。
幼馴染みの持つコネと手際の良さに、ブランクがヒュウと小さく口笛を鳴らした。
『ふむ……どうやら律達の方は上手くいってるようだな。新、噛み砕いてわかったのだが、奴の体を構成しているのは海水ではない、真水だ』
「真水……なるほどな。つまり、奴は自分の体の一部を、犠牲者の口から中に突っ込んで溺れさせたわけだ。それが遺体の肺に海水が入っていなかったカラクリか」
「フハハ、ご名答だ!」
八葉に応えるブランクの言葉を聞き、ヒドラが笑う。
「何も知らぬ者に突然訪れる死! 我が腕の中で踠き苦しみ絶望した魂こそ、この世で最も素晴らしい美味なのだよ!」
高らかに叫ぶヒドラとは対照的に、ブランクは手を額に当て首を振った。
「ふぅ……お前達の邪悪さはよく知っているが、相変わらず吐き気のするような嗜好をしてやがる」
「ふん、食料に過ぎない人間なぞに、超越者である我の理解など、元より求めてはおらん。だが、我はお前の事ならよく知っているぞ。その姿、その異能……最近噂の神魔を狩る者、ブランクだな」
ヒドラが鎌首をもたげた蛇頭の一つで空中のブランクを指し示す。
「お前は今や、我等神魔にとって憎むべきお尋ね者、賞金首よ。もっとも、それも今日ここまでの話だがなっ!」
空中のブランク目掛け、ヒドラの首が次々と伸び襲いかかる。それをブランクは空中でヒラリと躱し、蛇頭の一つに拳を振るう。
ブランクの攻撃が触れた瞬間、蛇頭は小さな破裂音と共に、飛沫となって空中に散った。
「賞金……か。俺を倒してお前は何を得る? まさか、神魔が人間の金を欲しがるわけも無し……俺の首と引き換えに、虹枝の会にでも加えてもらえるのかな?」
「グッ……」
「ははは、図星か。もっとも、どのみちこの程度の力で、俺は倒せないぞ。逆に俺に倒されながら、今日俺を襲った自分の不運を呪うんだなっ!」
「ええいっ、首の一つや二つ、弾いた程度でいい気になるでないわ! 見るがいいっ!」
苛立ちからか、ヒドラが身体をブルリと震わせる。すると、そこから先の倍ほどの、新たな蛇頭が生え伸びた。見れば、粉砕したばかりの蛇頭も元通り復元している。
「なるほどな、水だけあって形状変化は自由、復元も同様って事か……なら、戻せないくらい粉々に……」
『少し待て、新。一つ気になる事がある』
ブランクが、蛇頭の一つに再び攻撃しようとした瞬間、八葉の声がピシャリとその動きを留めさせた。
「ん? なんだ、八葉?」
『奴が出現した時も今この瞬間も、奴自身の臭いはとても希薄だ。警戒していなければ、危うく見逃していた程に、な』
「……今、ああして目の前に居るのにか?」
『そうだ。それが何故かは、まだわからないが……あの脆さといい、奴はどうも怪しい。何かあるはずだと警戒して戦うべきだ』
八葉の警告にブランクが頷き応える。
かつて、神魔を目前にした八葉が臭いを感知しなかった事は無かった。それを誰よりも知るブランクは、こちらを伺うように揺れ動く蛇達を、油断なく睨みつける。
「わかった、用心しよう。…………なあ、今奴を見ていて思いついたんだが、奴の体は真水で出来ているんだよな?」
『ふむ、そうだが……それがどうかしたのか?』
「なに、ちょっとな。一つ試してみたい事が出来たのさ。……アラクネ! サラマンダー! ソウル・コネクトッ!」
ブランクの声に呼応して放たれた、赤と黄の光。
二つの光が再びブランクの中へ吸い込まれると、ブランクは自身を抱きしめるように、胸の前で両腕を交差させ、素早く左右に開く。
同時にブランクの両手から細い蜘蛛糸が無数に伸びる。蜘蛛糸は、まるでそれぞれが意思ある針のように、ヒドラの蛇頭一本一本、あるいは海上に浮かぶヒドラの本体に突き刺さる。
「何をするかと思えば、くくく……何だこの糸は? まさか、こんな糸ごときで我の動きを止められるとでも思っているのか?」
「別に、水で出来たお前を糸で捕まえようとは思っちゃいないさ。俺がお前に糸を打ち込んだのは、こうする為だ……ハァッ!」
糸によってヒドラと繋がった両手を、ブランクが握り締める。途端に、蜘蛛糸の全てが赤熱化した。




