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「━━って言ってた八葉が、なんで海で遊んでるんだ?」
多聞からの情報を受け、やって来た砂浜の上、新がため息混じりに言いながら八葉を睨むように見上げた。
「何だ? わからないのか、新」
そんな新の視線を真っ直ぐに受け止め、水着姿の八葉がフフンと得意げに笑う。
「確かに今回の事件、おそらく神魔の仕業とみて間違いないだろう。だがな、新。そうだとしても、今のお前のように見張るというのは、率直に言って愚策だな」
「な!?」
「良いから聞け。この神魔、遺体の発見状況からみて、海の中に潜み襲ってくる。これは間違いないな?」
「……ああ、その点については同意見だ。襲われたのは、どれも海の中に居た海水浴客……おそらく水中を得意とする神魔なんだろう」
新の言葉に、腕組みした八葉が満足そうに頷いた。
「ならばだ。そうして砂浜に座して待つより、私達が海に居た方が、万が一誰かが襲われたとしても、対応は早いだろう。新がブランクに姿を変える事も含めて、な。」
「ぐ……」
確かにそうだ、と新は言葉を詰まらせる。
人間の知覚の範疇で言えば、波音も遠く海全体を見渡しやすい砂浜は、監視場所として決して悪くはないだろう。
しかし、八葉の持つ超知覚……神魔を含む様々な事象を嗅ぎ分ける、神狼としての嗅覚は、それらを遥かに上回る。
また、海水浴客で賑わう砂浜よりも、海中に潜った後で変身した方が、目撃者も少なく騒ぎも起きにくいだろう。
反論出来る要素は無いか、数瞬思考する新だったが、特に何も見つからなかった。
「……わかった、八葉の言う通りかもしれないな」
そう言い、納得した新が軽く頭を下げる。すると八葉は、あのニヤニヤした笑いを浮かべながら、新の頭を軽くポンと叩いた。
「ふふん、そういった素直な所も新の良い所だと私は思うぞ。ちなみにもう一つ、私達が遊ぶ理由がある。なあ、律よ」
八葉が横の律をチラリと見る。
「は、はい。実はですね、新さん。かあ……あの人の情報を精査したんですが、同様の事件はここ一ヶ月の間、起き続けているようなんです。でも、最初期は発生周期も比較的長く不定期でした」
律の言葉に新が顔を上げた。新も、受け取った資料に目を通していたので、ある程度把握している。
もちろん律もそれは承知しているはずだったが、わざわざ話すという事は、何か新しい情報があるのだろうか、と新が続きを促す。
「……うん? それで?」
「それがここ一週間余り、発生周期が短く、それもほぼ定期的になったんです。そこから次に神魔が動くタイミングがある程度わかるんですが、それが……」
「明日、ないしは明後日の昼間、だ。つまり、今日はどんなに待っていようと、おそらく奴は出てこない。それでも警戒はもちろん必要だが……まあ、ご苦労だったな、新」
律の言葉を八葉が繋げ、再びニヤリと笑う。それを見た新の肩がプルプルと震え、汗だくな顔には青筋が浮かんだ。
「お前達……それを……それを早く言えぇぇっ!!」
真夏のビーチに、新の悲痛な叫びが響き渡った。
◆
「はっはっは、それは災難だったね、新」
夜。海の幸をふんだんに使った豪華な料理を前に、浴衣姿で愉快そうに笑う哲也。隣で深くため息を吐く新も、二人に御膳を挟んで向かい合うように座る八葉と律もまた、同様に浴衣姿だ。
「笑うなよ、哲也。……まったく、二人とも意地が悪いぜ」
新が目の前の八葉と、その隣の律を見る。
視線に悪意こそ込められてはいないものの、申し訳なさそうに律が頭をペコリと下げた。
「ご、ごめんなさい、新さん……えっと……」
そんな律とは対照的に、八葉は特段気にした様子もなく、目の前の蟹から肉厚の身を抜き取りながら、新に向かい話す。
「新よ、一応言っておくがな。律は私の指示に従ったにすぎん。対神魔において、常に様々な事態を想定し、最善手を打てなんだ、己自身の未熟さを知る良い機会になったではないか。何より、あの程度の他愛ない悪戯、笑って受け入れる器が無くてどうする」
フリフリと蟹の剥き身を新に向け、笑う八葉。その笑い声につられたように、新も口元を緩めた。
「はは、そうだな。もうその事についてはいいさ。……しかし、今回は助かったよ、哲也」
話を変えようと、哲也に話しかけながら、新が周囲を見回す。今、新達が居るのは、件の浜辺からそう遠くない旅館の一室だ。年季の入った宿で、決して豪華な部屋とは言えないが、新達が泊まるには十分な広さがある。
「ん? ……ああ、この宿かい? まあ、シーズン中だし急だったから、ここしか無かったけれどね」
「いや、十分さ。流石は大企業の御曹司ってとこか」
「ははは、恵まれた環境を用意してくれた、偉大な父親に感謝、さ。後は、新達が無事神魔を狩ってくれる事を祈っているよ」
ウィンクした哲也をチラリと見て、八葉がかぶりつこうとしていた蟹を皿に置いた。
「ふむ、その事についてなんだがな。昼間行ってわかった事だが、今回の神魔……どうも海に残った気配が薄い」
「薄い? ああ、海だから臭いが残りにくいって事か?」
「通常の臭いであれば、それもありうるだろうな、新よ。しかし、私が嗅ぎ取る神魔の臭いというのは、海中だろうと、そう簡単に消えたりはしない。ましてや、そこが奴の狩場ならば尚更だ。……しかし、短期間で周期的に現れている割には、残り香がどうも薄い。薄いとはいえ、臭いは特定したし、流石に現れれば察知出来るだろうが……事前に潜んだ場所を特定するのは難しいだろう」
「そうか……つまり、奴が現れる……人を襲う場面に割って入るしかないな」
「うむ、浜辺を封鎖すれば神魔が警戒する可能性もある以上、それしかあるまい」
頷き合う新と八葉。その後四人は、明日に備えて大いに食べ、深い眠りについた。




