特-4
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「なるほど、なるほど……確かに、我々とは異なる言語のようだね。あ、律君、おかわりいただけるかな?」
空の茶碗を差し出しながら、頷く哲也。律が茶碗を受け取り、白米をよそう姿を横目に、新がフウと息を吐いた。
「ああ、やっぱりただの外国語って訳じゃないのか」
「そうだなぁ、厳密に言えば、僕も世界中の、例えば少数民族の言葉なんかを全て知っている訳じゃないよ。けれど、主要な言語にはどれも当てはまらないね」
二人の視線が少女へと向かう。律の料理が出来るまでの間、新から連絡を受けやって来た哲也と、通じない会話をしていた少女は今、横の八葉に負けない勢いで食事を平らげていく。
「しかし、よく食べるなぁ……」
「ふふ、丸一日寝ていましたからね、お腹も空きますよ。はい、哲也さんもどんどん食べてくださいね!」
「ありがとう。律君の料理が絶品なのも理由の一つだと思うけれどね」
「そんな事無いですよ……あ、でも新さんが倒したブギーマンの入金、今まで見た事無い額だったので、結構奮発しちゃいました!」
茶碗を哲也に渡しながら、律がはにかむ。確かに今ちゃぶ台に並ぶ料理の数も質も、普段の律が作る手料理より数段上だった。
「新や八葉ちゃんは実感あるだろうけれど、ブギーマンの強さは特Aランクと言っても過言ではなかったようだからね。当然の報酬さ」
「そうだな、奴は手強かった。あれが虹枝構成員の強さなんだろうな……ところで、今日はお前もよく食べるな」
喋りながらも哲也の目の前からは料理が次々と消えていく。新は三人の食欲に気圧され、食欲を失っていた。
「ん〜、ここの所、開発開発と忙しくてね。こうして、まともな食事をとるのは久しぶりなんだよ」
「開発? 俺が頼んだブランクのアンリミテッド機能以外に何かやってたのか?」
「まあ、ちょっと……ね。それに昨日からはこの子の事も調べていたからさ。そうそう、それで色々と凄い事がわかったんだ」
「凄い事?」
新の質問に、哲也は嬉しそうに笑うと、茶碗と箸を置き、ポンと手を打つ。
「では、順を追って話そう。新達も知っている通り、彼女は神魔ではない」
「ああ、それは間違いない」
「うん、神魔の身体は、安定した状態の純粋なエネルギー、魂とも呼ばれる人の生命エネルギーを変換した物で構成されている。それじゃあ、ああやってサンプルを取る事自体出来ないからね。では、彼女は何者なのか? サンプルから遺伝情報を分析した結果、彼女のDNAは人間に非常に酷似した物だという事がわかったのさ」
「それって……結局、この子は人間って事か?」
「いいや、酷似であって同一では無いんだ、新。何をもって、人を人と判断するかという定義の問題は置いておいて、遺伝子だけならば、彼女は人間では無いと言えるね」
哲也の目線が動き、少女の頭頂部に生えた獣耳を見る。すぐに視線に気づき、不思議そうに哲也を見つめ返した少女に微笑んで手を振り、新へと向き直った。
「人と彼女の遺伝子。その違いにはああいう見た目の違いも含まれる。つまり、あの耳や尾は、彼女が人として産まれた後に外科的な手段で加えられた物じゃなく、最初からあの姿だったという証拠だね」
「それって……」
いまいちピンとこない、そんな表情を浮かべる新。哲也は右手の人差し指と中指を立て、いわゆるVサインをする。
「今思いつく可能性は二つ。一つは、誰かが人間の遺伝子に手を加え、彼女を産み出した。もう一つは、現生人類から枝分かれした、進化した人類。新人類ってやつだね」
「随分、壮大な話になってきたな」
「それだけ彼女の存在が特異なのさ。ただ、この二つにはそれぞれ難点があってね」
哲也は中指を折り曲げながら、眉をやや寄せる。
「まず、どこかの誰かが彼女を生み出した説。彼女の遺伝子は、生物……種として、とても安定している。人間のDNAを人為的に弄ったというよりは、あの姿で何世代も生きていたような自然さだ。これだけの遺伝子操作は、現在の技術ではまず不可能だと言えるね。それに彼女の着用している衣服の仕立ては、言語同様に彼女達独自の物のようだ。仮に稀代の超天才マッドサイエンティストの仕業にしても、はたして衣服までオリジナリティを追求するものだろうか?」
そう言われ、チラリと新は少女を見る。確かに身に付けた衣服は、よく観察すると、この辺りではまず見ないような、独特の作りをしていた。
「なるほど、まるで外国の服って感じだな」
新の言葉に哲也は満足気に頷き、折り曲げていた中指を立てる。
「そういうこと。それじゃあ逆に、人類から進化した説はどうかと言うと、こちらもこちらで疑問が残るんだ。確かにこの地球のどこかで、彼女の様に進化した人類が居る……という可能性も否定出来ない。しかし、自然に僕達人類から分岐した種族にしては、あの耳と尾が理解出来ない。何故ネコ科動物に近い形状になる必要があったんだろう。そして、本当に未発見の新人類だとするなら、何故手名芽市の路地に倒れていたのか、というのも不明だ」
「つまり……結局は良く分からないって事か?」
「残念ながら、ね。まあ、僕の好きなオカルトでいいなら……そうだな、例えば僕達の世界と接する並行世界があるとする。そこでは彼女の種族がこちらで言う人間に当たる存在で、ある日何らかの現象で、彼女だけこちらの世界へ飛ばされた……なんて、他にも色々と考えられるけれど、まあ今のところ確かめようは無いかなぁ」
哲也は肩をすくめ首を振ると、新の目をジッと見る。
「とにかく、因果がわからない以上、しばらくはこのまま、新達が匿うのが正解だと僕は思うよ。さっきも言ったように、それだけ彼女の存在は特異なんだ。下手に世間に広めない方がいい」
「ああ、それは元々そうするつもりだったさ。あまり表には出さないようにして、俺達で調べてみるよ」




