特-3
◆
少女が目覚めると、やや寝ぼけ眼で周囲を見る。すぐに自分が、見覚えの全く無い場所で寝ている事に気付いた。
危機感から脳は急速に覚醒し、それでも訳がわからず慌てて上体を起こすと、自分の体から布がパサリと落ちる。
それが自分に掛けられた薄手のタオルケットだと、少女が理解するより早く、目の前の襖がソッと開き、やはり見覚えの無い男が顔を覗かせた。
「ん? おおっ、起きたのかい? おーい、あの子が起きたぞ!」
男━━新は、少女へ笑顔を見せると襖の向こう、誰かに向かって大きな声で叫ぶ。すぐに八葉と律もその場に集まった。
「えっと……はじめまして、だね。俺は虚木新。どこまで覚えているかな? 君はこの近くに建つ、ビルの陰に倒れていたんだけれど」
二人が集まるのを待って、新が少女へと話しかける。警戒心を与えないよう、しゃがんで目線を下げ、努めて笑顔で優しくゆっくりとした口調だ。
それでも、少女は油断無く三人を素早く見回した。
「うん……とりあえず、ここには君に危害を加えるような人は居ないよ。まあ、いきなり知らない場所で目覚めたらビックリするよね」
「そうですよ、ここは安全ですから、安心してくださいね」
律もまた、安心させるように笑顔で語りかける。その笑顔にいくらか落ち着いたのだろうか、少女が初めて口を開いた。
「£⌘≡∂∞▲?」
「え……?」
少女の発したのは、新の全く理解出来ない言葉だった。そのイントネーションから、何らかの言語だろうとは推察出来たが、カケラも意味を汲み取れず困惑する。
新は助けを求めるように律へと視線を向けた。しかし、律も首を振る。
「私も語学に明るい訳じゃ無いですけど……聞き覚えのない言葉ですね」
「そうか……八葉は……」
「ふん、私に期待するなよ」
「だよなぁ……どうするか……」
おそらく少女側も新達の言葉を理解出来ていないのだろう。怪訝そうに首を傾げた。
「∀⁂◉?」
「あ、それじゃあ、こうしたらどうですかね」
律がメモ帳とペンを取り出すと、サラサラと何かを描きだした。
書き終えると、新達へとメモ帳を見せる。そこにはディフォルメされた新達が、同様にディフォルメされた少女と手を取り合って笑い合うイラストが描かれていた。
「ふむ、絵か。なるほど、確かにこれならば言葉は関係無い。考えたな、律」
「上手いもんだ。律は絵も得意なんだなぁ」
「えへへ、そんな……。はい、これわかりますか?」
二人に褒められ照れる律。照れ隠しに描いた絵を少女へと差し出した。
「∮≠⌘……」
少女は律からメモ帳を受け取ると、イラストを見る。そこに描かれた人物と、実際の新達を交互に指差し、最後は自分自身を指差して頷き笑った。
「お、伝わったみたいだっ!」
「うむ、上手くいったな。この調子で続けよう、律」
「はい!」
ここまでの経緯を律がイラストにしていく。倒れた少女を見つけ、家へと運び介抱する絵だ。それを少女へと見せると、少女は座り直し新達にペコリと頭を下げた。どうやら自分が助けてもらったのだと理解したらしい。
更に律からペンを受け取ると、律と同じ様にメモ帳へ絵を描き出した。
「これは……」
新が差し出されたメモ帳を受け取り眺める。律と比べると若干わかりにくい絵だったが、少女を中心に何人かの人物が描かれていた。子供の絵らしくサイズ感がチグハグで、巨人のような大きさに描かれた有翼の騎士や、同じく巨大な虎を思わせる獣も居て、まるでおとぎ話のような印象を受ける。
「ふむ……おそらく、ここに来るまでの、自分と周囲の者について描いたのではないのか?」
新の腕を掴み、背伸びするようにメモ帳を覗き込んだ八葉が呟く。新はもう一度紙に目を落とし、首を捻った。
「この子の仲間か……でもこんなファンタジックな見た目の奴等、この辺には……まさか、こいつら神魔か!?」
「いや、娘に近しいであろう此奴等が、仮に覚醒した神魔だったとしたら、最初の時点で、その残滓を娘の体から私が嗅ぎ取っている。おそらくその線は薄いな」
「そうか……ごめんな、君の仲間達には心当たりが無いんだ」
新の言葉はわからなくても、その声色で意味を察したのだろう。少女は残念そうに俯く。
「だ、大丈夫。俺達がきっと見つけてや……」
━━グゥゥゥ━━
その姿に新が慰めの言葉をかけようとした瞬間、少女の腹が大きく鳴き声をあげた。
腹を抑え照れ笑いをする少女の顔には、さっきまでの暗さはもう残ってはいない。
新もつられて笑顔を見せる。
「ふふ、それじゃあ、色々な問題は置いておいて、一先ずご飯にしましょう。すぐに作りますから、待っていて下さいね!」
一気に和んだ空気の中、律が少女の頭を優しく撫でて笑った。




