特-1
特別編は前作イオス・ドラグーンと繋がりのある話です。
未読の方は是非イオス・ドラグーンもお読みください!
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ジリジリとアスファルトを焼く太陽の熱。その暑さに負けない軽やかさで、水沢楓は街を歩く。
目指す先は、あの一件以来親しくなり、既に何度か遊びにも行っている虚木超常現象研究所だ。
「〜〜♪」
思わずハミングしてしまうほど上機嫌な楓だったが、それには理由がある。
彼女は最近、研究所に行っては、家政婦のように働いている律と年相応な他愛も無いお喋りをして過ごしている。
しかし、所長である新や、その相棒である八葉とはなかなか会うことが出来なかった。
もちろん、兄に虹魔石を埋め込んだ張本人の神魔、ブギーマンに新が一度敗れた事、そして椿との特訓の果てに、遂にはそのブギーマンを打倒した事を楓は知らない。
それでも、日々留守がちな彼が、人々を脅かす神魔を追っているだろう事は容易に想像出来る。
そんな新が久しぶりに帰ってきたと、律が嬉しそうに電話で話していたのは、つい先日の事だった。
「虚木さんと八葉さん、甘い物大丈夫……だよね」
手に下げた紙袋をチラリと見る。その中には、今朝楓が焼いたクッキーが、可愛らしいラッピングをされ入っていた。
「えへへ……」
それを美味しそうに食べる新を想像すると、自然と楓の表情が緩んだ。
兄を救ってもらった事件以来、楓自身自覚こそしていなかったが、胸中には微かに淡い想いが生まれ始めている。浮き上がるようなフワフワとした気持ちが、研究所へ向かう楓の足取りを軽くさせていた。
だが、突然その歩みは止まる。
「……え?」
立ち止まった楓が、キョロキョロと周囲を見回す。誰かが呻くような、そんな声とも言えない声が聞こえてきたからだ。やがてビルとビルの間、狭く暗い路地に人影が倒れているのを見つけた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
おずおずと声をかけた楓。反応の無い相手にもう一歩近づいた時、少女は驚きの声を上げた。
◆
「……んで、どこまで話したっけか?」
虚木超常現象研究所の居間、新はちゃぶ台に置かれた麦茶をゴクリと飲むと、ちゃぶ台を挟んで座る律に尋ねた。
「えっと、新さんがブギーマンの出入りする倉庫に向かう所ですね」
「ああ、そうか。それからな……」
ペラリと手にしたメモ帳をめくり、律が答えると新が話を続ける。
新が語るのは、つい先日倒したブギーマンとの戦いの話だ。それを律は、時に頷き、時に質問を交えながら、手にしたメモ帳へと書き記していく。
「ふぁむ……おや、二人共やっているな」
その時、二階から降りてきた八葉が、アクビを噛み締めながら居間に顔を出した。
「あ、八葉さん! おはようございます!」
「うむ、おはよう……と言うにはちと遅い気もするが、とりあえずおはようだ、律。その様子だと、執筆の方は順調に進んでいるようだな」
律の挨拶に八葉が微笑みながら返すと、律は手元のメモ帳に視線を落とし頷いた。
「はい! 新さんと八葉さんの活躍は、バッチリ私が記録しますからね!」
誰も知らない暗闇の中、ひたすら神魔と戦い続けるブランクの活躍を、こうして纏め上げて小説という形で記録執筆する事が、今では律の趣味となっている。
戦いに参加出来ない自分が、少しでも新達の役に立ちたい……そう思い始めた事だったが、ブランクが神魔を全て倒し、新の因縁に決着がついたその時には、本という形で世に出そう……律は密かにそう心に決めていた。
「うーん……あまり派手に書かれるのも、何というか少し気恥ずかしいな。第一、ブランクと神魔の戦いなんて、荒唐無稽すぎて信じてもらえないんじゃないか?」
「ふふん、良いじゃないか、新。どれ、私も協力するとするかな」
笑いながら新の隣に八葉が座る。そうして新の話す内容を八葉が補足し、律が記入するという作業をしばらく続けていると、八葉がふと顔を上げ新を見た。
「そういえば、新。身体の調子はもう良いのか?」
「ん? ああ、ゆっくり休んだからもう大丈夫だよ」
「やっと帰ってきたと思ったら、丸一日気絶したみたいに寝ていましたもんね。でも、新さんが元気になって良かったです」
ポンと両手を合わせ律が笑う。八葉がそんな律を見て頷いた。
「うむ、それだけ消耗したという事だな。確かに強大な力だが、現状の新ではまだまだ使いこなすには至っていないという証拠だ」
「うーん、そうだなぁ……しばらく使い所に注意しないと……ん?」
腕を組み、天井を見上げた新が呟く。その時、玄関の引き戸が勢いよく開く音が聞こえた。と同時に慌てたような大声が家中に響く。
「あ、あのっ! 虚木さん達居ますかっ!?」
「あの声は……?」
「えっと、多分楓さんですよ。今日、遊びに来るって言ってましたし」
「……しかしあの声色、何かあったようだ。行こう、新、律」
「ああ、そうだな」
居間から玄関へと向かう三人。そこには、引き戸に半ばもたれるように立つ楓が居た。
「だ、大丈夫ですか? 楓さん!」
「楓ちゃん、どうしたんだ?」
慌てて駆け寄る二人を楓が手で制す。上げた顔には汗がいく筋も流れていた。
「わ、私は大丈夫です……ちょっと慌てて走ってきたので……あ、あのっ、それより大変なんです!」
「ふむ、まずは落ち着け。一体何があった?」
八葉の言葉に、楓が自身の胸に手を当て数回深呼吸をする。
そうして、いくらか落ち着いたのだろう。
顔を上げると新をじっと見つめ、はっきりと言った。
「今、そこの路地で、神魔が倒れていたんですっ!」




