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ライトによって、暗闇から切り取られたように浮かびあがったのは、間違いなく楓の見せた写真の男、彼女の兄である水沢明だった。
何も無いガランとした地下室の中で、突然当てられた光を、眩しそうに腕で防ぎながらこちらを伺っている。
服は背中で大きく裂け、その顔色は悪く、肉体と精神両方の疲れを感じさせた……が、幸いまだ無事なようだ。
「楓ちゃんの兄、明さんだな? 俺達は楓ちゃんの依頼であんたを助けに来たっ!」
「や、やめろっ、今すぐ帰るんだっ! それ以上、俺に近づいちゃダメだっ!!」
新が近づこうとすると、明が両手を挙げて叫び数歩後ずさりする。
「楓が何て言ったかは知らないけど……俺の中には化け物が……悪魔が居るんだ! そいつは今もあんた達を、人間を喰おうとしている!!」
「ああ。よ〜く……知っているさ」
新が左腕を自身の目の前にかざす。そこには白い大きな結晶のはめ込まれた、金属製の腕輪が巻かれていた。
「そいつ達の邪悪さなら、俺はよく知っている。そして、そうさせない為に、俺はここに来た! チェンジッ!」
新の声に応えるように、腕輪から白い閃光が放たれる。
眩い光が収まった時、新の姿は、全身を金属装甲で覆った異形の戦士へと変化していた。
ただし、その色は雪のように白く、獣の耳のような突起も存在しない。ただ、頭部の赤いスリット状の光だけが妖しく光っていた。
「あんた、その姿は一体……くっ、あぁぁぁっ!!」
新の変身に反応したのか、明が突然苦しみもがきだす。その体がボコボコと泡立ち増殖し、たちます異形の姿へと変わっていった。
「グゥゥオオオ!!」
一回り大きくなった身体を、獅子に似た下半身で支え立ち上がり、ワシに似た頭部が重く雷のような声で吼える。
「……グリフォンか。焦って表に出てきたな……明さん、今楽にしてやる!」
「ガァッ!」
グリフォンが新へと飛びかかる。その猛禽類の脚そのものな腕と、その先から伸びる鋭利な鍵爪が、新をズタズタにしようと振るわれる。
「はぁっ!」
その鋼鉄すら切り裂こうかという硬く鋭い爪は、しかし新には届かなかった。
グリフォンの攻撃を右手で鮮やかにいなすと、新はその腹部へ左の掌底を放つ。
「チャージ!」
新の右腕が白く輝きだす。その輝く腕を伸ばし、掌底によってよろめくグリフォンの胸に、そっと掌を当てる。
「セパレス・インパクトッ!」
「グァァッ!!」
気迫のこもった声と共に、右腕から放たれた白い光が、グリフォンの体を胸から背中に向けて抜けていく。と、同時にグリフォンの背中から明が、まるで吹き飛ばされるように転がり出た。
「アガァッ……な、何だとっ……貴様っ! よくも我が依り代をっ!」
グリフォンが口元を泡立たせ、血走る目で新を睨みつける。しかし、新は動じず腕を組んで睨み返した。
「なんだ……喋れたのか、鳥野郎。勘違いしているようだから教えてやる。明さんは貴様の依り代でも無ければ、餌でも無い。だからたった今、返してもらったぞ!」
「お、おのれっ!」
グリフォンが背の翼を強く羽ばたき低く飛翔する。突進するように見せかけて、新の頭上を飛び越えると、壁や天井に体をぶつけながら、地下室を抜け外へと飛び出した。
「新っ! 追うぞっ!」
「応っ! 来い、八葉っ!」
飛びつくように抱きついてきた八葉を、新が受け止めた瞬間、八葉の体も白い光を放ち、家から着ていた白いワンピース姿から、巫女服のような格好へと変身した。
「憑依合身!」
八葉が叫ぶと、彼女の体が青い光を纏う。その光を抱きしめながら、新も叫んだ。
「エクシード・コネクトッ!」
青い光が大きくなり、二人を包み込む。光が消えた時、八葉の姿は無く、新の姿もまた変わっていた。
全身の白は深い青へと変色し、頭頂部には獣の耳を思わせる突起が二つ、ピンと立っている。
『急ごう、新。依り代である明を失った今、不完全な奴が次に狙うのは新鮮な人間だ』
新自身から八葉の声が響く。新も頷き、地下室を出ようとして振り返る。
「悪いが今から奴を追わなきゃならない。後で必ず迎えに来る。それまでそこで待っていてくれ、明さん!」
「わかった……頼む、あいつを、あの悪魔を止めてくれっ」
新の声に、フラリと上体を起こした明が応える。
新もまた、その声に応えるように右手を挙げ、地下室を飛び出した。