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「そんな……」
『加えて、もう一つ教えてやろう。神魔は己の力を引き出す為に、依り代の魂を喰らう。その時、依り代である人間が受ける痛みは、計り知れないそうだ。つまり今、依り代である小僧の母親は、まさに地獄のような苦しみの中に居る。神魔から母親を生きて救えない以上、小僧がしてやれる事はたった一つ……それが何かわかるな?』
八葉が静かに語る言葉に、巧がギリリと歯を噛みしめる。溢れる涙をそのままに、サラマンダーを睨みつけ、白く輝く拳を構えた。
「ああ、八葉……俺はもう、絶対に神魔を許さないっ! 例えどこに隠れ潜んでいたとしても、必ずこいつ達を根絶してやるっ!」
『うむ、それは私も同じだ。その為に私とお前は、これから修羅の道を歩く事になる。なればこそ、小僧。先ずはこの神魔を打ち倒し、見事母親の魂を救ってみせよ!』
八葉の言葉に呼応して、巧の構えた右拳の光が、更に輝きを増していく。
「ああ、わかった……母さん、ごめんよ。今、楽にしてあげるからね……おおぉぉっ!!!」
巧は叫び、輝く拳を振り上げ、一気にサラマンダーの懐へと潜り込む。サラマンダーも、巧に向かって口を大きく開いた。その奥に赤い焔がチロチロと燃えているのが見える。
『む、奴の炎が来るぞっ!』
「わかってる!」
八葉の警告に叫んで応えると、巧は左手を下から突き上げ、サラマンダーの口を無理矢理閉じさせる。放出するつもりだった火炎が口内で暴れ、サラマンダーがもがく。
そんなサラマンダーに構わず、渾身の力で巧が巨体の喉、その中心を打ち貫いた。
「これで、終わりだ! さっさと母さんを解き放て、この化け物っ!!」
「がっ、ぎゃっ……!」
サラマンダーの体がひび割れ、内部から白い光が溢れる。光の圧力に負けるように、サラマンダーの巨体が一瞬で膨れ上がり、次の瞬間には粉々に砕け灰へと変わった。
完全に灰化したサラマンダーを見下ろすと、巧の体を包む光が、強く輝いた後に消える。すると、巧の脇に憑依していたはずの八葉が白狼の腕を組んで立っていた。八葉の出現と共に、巧が崩れ落ちるように倒れた。
「……八葉、これは?」
巧の全身を、今まで感じた事の無いような倦怠感が包んでいる。まるで重力が何倍にもなったような気怠さの中で、必死に首を上げ仰ぎ見ると、八葉は腕組みをしたまま、ウンウンと頷く。
「言ってはいなかったが、憑依合身し私と同化した時に、小僧の全身を包んだ光……あれもまた、神魔同様に小僧の魂を糧とした力だ。奴らのように貪り喰ったりはしないが、それでも私の力を引き出す以上、避けようの無い事だな。使い過ぎれば、そのように倒れもするだろう」
「どう……すれば良い?」
「己が魂を鍛えよ。とは言え、初陣にしては良くやった。さて……」
そう言うと、八葉は右腕の白狼を伸ばし、サラマンダーだった灰の中から赤く光る結晶を拾い上げた。
「これは神魔の核たる力の結晶だ。私はこれを体内で浄化し、私の力へと変えられる。……ほんなふうにな」
喋りながら八葉は赤い結晶を口に放り込み、容易にバリボリと噛み砕く。そんな物を喰って腹を壊さないのか……そう出かかった言葉を飲み込み、巧は頷いた。
「では、そろそろ行くとするか……と、お前は動けないか。仕方ない、特別だぞ」
サラマンダーが消滅した後もなお、燃え続ける部屋を見回すと、八葉が腕を伸ばし動けない巧の体に何重にも巻き付けた。
「行くって、どこに……」
「小僧には、先ず戦い方を覚えてもらう。何、私に一つあてがあってな。……そうだ、まだ名前を聞いてなかったな。小僧、お前の名は何という?」
狼の柔らかな毛が、まるで毛布のように心地良く、巧の意識は急速に眠りへと向かう。
その中で巧は首を振った。
「巧……だった。今はもう名前なんて……普通の中学生だった俺は、今夜、全てを失って死んだんだ」
「はははは、なるほどな。良いだろう、その覚悟に見合う良い名を、後で私が与えてやろう」
どこか遠くから響くように聞こえる八葉の笑い声を聞きながら、巧の意識は闇に落ちていった。
◆
「巧っ! 八葉ちゃんっ!」
近所の……とは言え田舎故に、それぞれの家はかなり離れてはいるが……寝静まった家々の大人達を起こし、戻ってきた哲也が見たのは、今にも崩れ落ちそうな、赤々と激しく燃える巧達の家だった。
周囲の大人達が大慌てで消化に動き出す中、哲也は力無くペタリと地面に座り込む。
「僕の……僕のせいだっ!」
周囲の喧騒に掻き消され、哲也の呟きは誰にも届かない。それでも、哲也は地面を見つめ、涙を流しながら呟き続けた。
どれだけそうしていたのだろう。既に火災は収まりをみせつつある。哲也は立ち上がると、涙を拭い、その光景に向かって、拳を握りしめ叫ぶ。
「決めたよ、巧! 僕は必ず作ってみせる。二度とこんな事が起きないように! どんな怪異にも立ち向かえる力を!」
焼け跡からは、誰の遺体も見つからなかった。それでも哲也の決心は揺るがない。
研究を続ける哲也が、虚木新と名を変えた間口巧と再会するまで、その日から五年の月日が流れた。




