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「いらっしゃい、哲也君」
「はい、一晩お世話になります。あ、これ家族に持たされました……よろしければ皆さんでどうぞ召し上がってください」
「あらあら、悪いわね。重かったでしょう……それじゃあ冷やして後で出すわね」
よほど待ちきれなかったのか、巧達の家へと、翌日さっそく哲也が訪ねて来た。表向きは、夏休みの宿題を泊りがけでやろうという事になっていたので、応対した巧の母親も、手土産のスイカを受け取りながら、機嫌良く家に上げた。
「よう、哲也。まさか夏休み初日から宿題やる事になるとはな」
「ふふ、巧兄はどうせ後で一気に片付けるつもりだったんでしょう? 本格的に暑くなる前に、早く終わらせた方が絶対楽なのになぁ」
自室のテーブルに宿題を広げたまま、哲也に向かって手を挙げた巧と、その隣で巧同様に宿題をしている八葉を見て、哲也が笑う。
「ははは、僕も八葉ちゃんの意見に賛成だな……それにおばさん達に計画を怪しまれないよう、今は宿題をしっかりやっておいた方が良いと思うよ」
「だぁ〜、仕方ない。やるかぁっ!」
両手を挙げ、大きく伸びをすると、巧が自身の宿題へと取り掛かる。哲也もまた空いたスペースに座り、カバンから教材を取り出した。
「でもさ、うちみたいな田舎の神社の御神体が、どうしてそんなに気になるんだ?」
仕方なく始めた宿題だったが、巧の集中力はそう長く続かなかった。シャーペンを指で回しながら、哲也にふと尋ねる。哲也は、手を止めると顔を上げ巧を見た。
「この村はさ、手名芽村っていうけれど、何故そう呼ばれているか、その由来を二人は知っているかい?」
「え、いや……そんなの考えた事もなかったな」
「ん〜、私も。哲也さん、何か知っているの?」
思いもよらない哲也の質問に、首を傾げる巧と八葉。哲也はそれに応えるように頷いた。
「父親の都合でこっちに来るって決まった時に、ここについて、あれこれと調べてみたんだけどね。どうも大昔の神話とも言える物語が由来らしいんだ」
「それって、桃太郎みたいな昔話ってことか?」
「さて、それはどうだろう。何せ伝聞形式の文献が少量残っているだけだから、確実にあったとも、ただの昔話だともはっきりとは言えないかな。何にしても、話の大筋はこんな感じでね……」
哲也が淡々と語り始める。
「それはかつて、まだ人のすぐ側に、神や妖の居た時代の頃。この辺りには、周囲の山に囲まれるように一つの集落があったんだ。そういう環境だったから、集落の人々は山を信仰の対象としていたんだけど、ある時他所から悪い神様がやってきたらしい」
「悪い……神様? 神様なのに悪いんですか、哲也さん?」
「そうだね。悪い神様の正体が、自然災害なのか、人間の侵略者なのか、それとも本当に悪意を持った超常的な存在だったのか、流石にそれはわからないかな。でも、その悪神は集落に留まり住民を大いに苦しめた、らしい。そこで一人の女性が意を決して悪神に立ちむかったようだ」
「女性? たった一人で?」
巧が疑問を口にする。哲也は頷き、人差し指をピンッと立てた。
「ああ、何の力も持たない、ただの一人の女性だよ。その人は、普段自分達が信仰している山の神に助けを求めたらしい。そこで、彼女は山の神とある取引をして、その結果得た力で悪神を撃退出来たようだね」
「それは凄いな。でも、取引って?」
「そう、そこだよ、巧。山の神は見返りとして、女性のあるものを求めた……その見返りとは、なんと女性の両腕だ」
自分の片手をポンと叩き哲也が二人を見る。巧と八葉は、息を呑んだ。
「両腕って……」
「どうして、山の神が女性の両腕を求めたか、これまたそこまではわからない。わかっているのは、力の代償に女性の両腕は失われ、悪神を撃退した後、集落では生き神として山神信仰の対象となったという事だけ……そして、それ以来、この集落は手を無くした女の里、つまり手無女の里と呼ばれるようになり、時代と共に変化して手名芽村となったんだ」
「この村にそんな由来があったのか……」
「古い文献しか無かったから、巧達が知らないのも無理は無いさ。そして、その手無女が祀られていた神社が……ここ、君の家じゃないかと僕は思うんだ。他に社らしい社も無いし、ずっと以前から続いている神社なんだろう? どんなものかはわからないけれど、大昔に奇跡とも呼べる事を為した女性を祀った神社の御神体……興味深いとは思わないかな?」
「確かに……俺もちょっと見てみたくなったな」
「そういえば、巧達も御神体を見た事無いのかい?」
「うん、箱に収められてるし……触ったらきっと伯父さんに怒られるだろうから……」
「まあ、哲也の話を聞くまで、興味もなかったしなぁ……」
「そうかそうか、わかってもらえて嬉しいよ。それじゃあ計画通り、おじさん達には悪いけれど、こっそり覗かせてもらうとしよう。さあ、その為にも、まずは宿題を片付けようか」
ポンと両手を打ち、再び宿題を意識し不満気な巧の顔を見ながら哲也が笑った。




