3-終
「ん……」
智秋が目を覚ますと、一方を壁、三方を白い布で四角に仕切られた、見慣れない天井が見えた。どうやら今の今まで、周囲をカーテンに覆われたベッドで寝ていたようだ。
「ここって……保健室?」
「おや、起きたのかい、智秋君」
寝起きのぼんやりした頭で呟くと、ベッド脇から声がかかる。見ると椅子に座った白衣姿の哲也が、読みかけの本を閉じ、智秋へと向きなおった。
「あ……お医者さん……ですか? じゃあ、ここは病院?」
「半分正解、だね。確かにここは手名芽市中央病院だけれど、僕は医者じゃない」
「それじゃあ……」
「ん〜、僕は君を助けたヒーローの友人……かな?」
哲也の言葉にピクリと智秋の肩が動いた。それをチラリと見ながら哲也が続ける。
「どうして君がここに寝ているか……だいたいの所は覚えているようだね」
「はい……僕の中に居たアキトが、大きな馬の怪物になって……僕はそこから飛ばされるように、離されました」
「うん。そこに至るおおよその事情は、僕も聞いているよ。その神魔……アキトというのかい? アキトは君にとって大きな存在になっていたようだね。だけど、そのアキトは、君が見たヒーロー、ブランクが倒した……君はブランクを恨むかい?」
哲也の言葉に俯く智秋。しかし、すぐに顔を上げ首を振った。
「いいえ……アキトと離れた今ならわかります。どんなに僕を守ってくれても、人間を食べるアキトは……やっぱり危険な存在でした。僕は、どこかでそうだとわかっていたのに、それを止めるどころか……」
ギュッと智秋がシーツを握りしめる。その姿に哲也は哀しげな顔をした。
「そうか。神魔にも色々な個性があるけれど、アキトの場合は、人の心の隙間に上手く入り込むタイプだったようだね。人に害なす存在だから、ブランクは戦って倒した……君がそれを納得してくれるのなら、彼も安心すると思うよ」
哲也の言葉に智秋も頷くが、やはりその表情は沈んでいる。
「はい……でも、僕はこれからどうしたら……アキトと居た時みたいに上手くやれるとは思えません」
「ん〜、そうだな……君がこれから、どう生きるべきか? 残念ながら、僕はその答えを持ちあわせてはいない。もっとも、それに正解なんてそもそも存在しないのかもしれないけれど」
「そうですね……きっと、そんな事は誰にもわからないんでしょうね」
「ああ、でも一つだけ。僕から君に伝えられる事がある。これはブランクが言っていたんだけれどね……君の心、魂から生まれた神魔であるアキトは、とてもとても手強かったそうだ。智秋君、そんな神魔を生み出した君の魂もまた、強い力を秘めていると、僕はそう思うよ」
「僕の中に……強い力?」
「そうさ。君はまだ若い。アキトからの貰い物じゃない、自分自身の可能性と、これからゆっくり向き合っていくといい」
◆
「よう、智秋君は目を覚ましたのか?」
ドアを開け病室へと入ってきた哲也に、椅子に座ったまま新が片手を挙げる。服を脱いだ上半身にはグルグルと包帯が巻かれ痛々しい姿を晒していた。
昨夜、ブギーマンの攻撃に倒れたブランクの、スーツが発した救難信号によって、新達は智秋と共に、中原の息がかかった、この病院へと運び込まれたのだ。
新の背後、壁にもたれかかった八葉は、瞳を閉じ腕を組んだまま動かない。
「ああ、少し話をしたけれど、大きな混乱もなく落ち着いていたよ。多少落ち込んではいたけれど、神魔の危険性や、それを倒す君の行動の必要性についても納得してくれたようだ」
「そっか……それは良かった」
新が、ほっとしたような表情を見せ笑う。哲也もパイプ椅子を新の前に広げ、座りながら笑い返した。
「それにしても……今回は随分手酷くやられたようだね、新」
「ああ。正直なところ、ブギーマンの力は俺の想像以上だった。あれが虹枝の会に居る奴の力なんだろうな」
「ふむ、確かに……今の私達では、奴には到底勝てないな」
今まで黙っていた八葉が、腕組みをしたまま、目を開け新と哲也へと話し出す。
「今回は運良くこうして生きていられる。だが、次に遭遇した時、どうなるかは私にもわからないな。どうする、新。たった一つの命だ……このまま神魔狩りを辞めたところで、誰一人お前を責める者は居ないと思うぞ?」
「ははは、短くはない付き合いなんだ。八葉なら俺がどうするか、わかりきっているんじゃないか? 今届かないなら、積み上げればいい。敵わないなら強くなればいい……そうだろう?」
新が首を振り、笑いながら八葉に答える。すると、それまで無表情だった八葉の口元も微かに緩んだ。
「ふふん、その通りだ。もちろん、新がこの程度で辞めたいなどと怖気付く男ではない事くらい、私はよく知っているさ。でなければ、そもそも今こうして私と共に居たりはしないものな。で? 覚悟はそれで良い。具体的にはどうするつもりだ?」
「そうだな……とりあえず、哲也にはブランクギアの強化を頼みたい。可能か?」
左手首の金属質な腕輪にチラリと視線を落とした後、その腕を目の前に掲げながら、新が哲也の顔を見据える。
哲也もまた、数瞬考えるそぶりを見せるが、深く頷いた。
「わかった、出来る限りやってみるよ。それで、新はどうするんだい?」
「俺か? こっちはこっちで一つあてがある。とりあえず、そこに行ってみるさ」




