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年の頃は十四、五だろうか。セーラー服姿の少女は、かれこれ十分はそこで立ちつくしていた。
梅雨も明けた七月半ば、日々強くなっていく暑さがジリジリと身を焦がす。
いくら夏服とはいえ、さすがに汗が頬を伝う……それでも少女は動かない。
ここ十数年で開発が進み、急速に都市化した手名芽市だが、ビルとビルの間に隠れるようにひっそりと、まるでここだけ忘れ去られたようにポツンと建つ、昔ながらの二階建て日本家屋。少女はその玄関口に居た。
玄関脇には『虚木超常現象研究所』『超常現象無料相談受けます』と書かれた二つの木札が下げられ、すぐそばには呼び鈴ボタンがある。
少女はそこに腕を伸ばすも、躊躇い止める……そんな事をずっと繰り返していた。
「ぴゃっ!?」
「あ、あれ? お客様……ですか?」
何度目だろうか? 少女が呼び鈴に手を伸ばした瞬間、突然玄関の引き戸が開く。
酷く驚く少女の前に現れたのは、時代に取り残されたような家とは不釣り合いな、セミロングの黒髪の下にクリクリとした丸い目を輝かせた、可愛らしいメイド服の少女だった。
「あ、あの、私は、その……」
思わぬメイドの出現に、バタバタと慌てる少女。
メイドは少女を落ち着かせると、居間へ通しちゃぶ台の前へ座らせる。
少女の前にアイスコーヒーと冷えたおしぼりを差し出すと、ペコリと頭を下げながら謝った。
「その、申し訳ありませんでした。何だか驚かせてしまったようで……」
「いえ……どうしても勇気が出なかったので……むしろ、助かりました」
「え?」
「あ、何でもありません。あの……ここですよね? ネットで噂の……不思議な事件の相談にのってくれる場所って」
「あ、はい! 超常現象相談希望の方だったんですね」
メイドは嬉しそうにニコニコと笑いながら、顔の横で手を合わせる。
「玄関脇に書いてある通り、どんな内容でも相談は無料ですし、ケースにもよりますが、格安料金でちゃんと解決までサポートさせていただきます! あ、でも……今ちょっと他の皆が……その、席を外してまして……」
言いにくそうにゴニョゴニョと口ごもりながら、メイドの視線が天井の辺りを泳ぐ。
そちらに何かあるのかと少女も上を向いた時、トントントンと二階からこちらへ、誰かが階段を降りてくる音が聞こえた。
「律よ、今日の昼食はなんだ? 私は肉がいいぞ、肉が」
ガラリと居間の引き戸が開き、白髪の少女、八葉が現れる。
白髪だが艶やかな長髪と同じように、その肌は陶磁器のように白く、少女ながら美しい顔立ちには色気すらあった。おそらく、街を歩けばすれ違う人は老若男女問わず、皆振り返る事だろう。
ただし、今の格好はピンク色をしたウサギの着ぐるみパジャマだ。更に両腕に隙間無く巻いた包帯が、強い存在感を放っていた。
「や、八葉さん! お客様ですよっ!」
「むっ?」
「あ、あの……お邪魔してます」
八葉が、律と呼んだメイド少女と、ちゃぶ台の前で頭を下げるセーラー服少女を交互に見た後、うんうんと頷く。
「なるほどなるほど、来客中だったか。これは失礼し……」
「ん、そんな部屋の入り口でどうしたんだ、八葉。今日はやけに騒がしいな」
八葉が口を開いたその時、彼女の後ろからひょっこりと新が顔を出す。
「ああ、新。どうやら来客らしいぞ」
「おおっ、まさか依頼か! 虚木超常現象研究所へようこそ、お嬢さん」
「っ!? ……あっ、あのっ、それっ……」
新が八葉と顔を見合わせ笑い合い、居間へと入ってくる。その様子を何気なく見ていた少女が、ボンッと赤面し顔を覆った。
「ちょっ、ちょっと、新さんっ!」
律が慌てた声を出す。それもそのはず、新はTシャツにトランクス一枚という、非常にラフな格好だったからだ。
「……おっ、おお。ははは、悪い悪い。起きたまんまだったわ」
「やれやれ、まったく駄目じゃないか、新。お客様の前だぞ」
「ちょっと油断してただけだ。そういう八葉だって、パジャマのままじゃないか」
「ふふん、私は新のように肌を露出したりしていないからな」
「それは違うだろう。あくまで寝間着っていう服装の種類の問題なんだから……しかし、その格好で寝てよく暑くないな、八葉」
「ああ、私はそもそもお前達とは違う。暑さ寒さなんて、元よりこの私には関係無いのさ」
「この時期には羨ましいな、それ……」
「も、もぉー! 何でもいいですから、二人とも早く着替えてきてくださいっ!!」
いつまでも居間を出る様子の無い二人に、律の可愛らしい怒声が響きわたった。
その声に押されるように部屋を出た二人が、新はYシャツにジーンズ、八葉は白地の清楚なワンピースと、それぞれ着替えを済ませ戻ると、少女と向かい合うようにちゃぶ台を囲んで座る。
「さて……待たせたね。それで、超常現象の相談ということらしいけれど……」
人数分のアイスコーヒーを入れ直した律が脇に座ると、新がコホンと咳払いをして話し始めた。
「ほう、初対面の女性の前で、あんな下着姿という醜態を晒してなお、ああやって平然としていられるのは一種の才能だな。そう思わんか、律よ」
ニヤニヤと笑いながら、八葉が律に話しかける。
「あはは……まあ、それも新さんの良い所ですよ」
「二人とも五月蝿いぞ。えっと、それじゃあ軽く自己紹介から始めさせてもらおうかな。俺は虚木新。一応ここの所長って事になってる」
「八葉だ。苗字は無い」
新に続いて八葉が胸を張って話す。
「大城律です。こちらでは、主に家事全般をしています」
笑顔で話す律に促され、少女も話しだす。
「よ、よろしくお願いします。水沢楓です。あの……相談というのは、私の兄の事なんです」