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◇
放課後、智秋がいつもよりいくらか軽い足取りで、あの路地裏へと向かう。そこでは、あの五人が既に座り込んで待っていた。
「へへ、遅かったじゃん、智秋く〜ん」
相変わらずのヘラヘラとした態度のまま、一人が立ち上がると智秋に近づき、右手を差し出した。
「んじゃ、智秋君。財布出〜して」
いつもなら素直に従う言葉。しかし、今日の智秋は違った。肩から下げた通学カバンの紐を握りしめ、絞りだすような小さな声で呟いた。
「……嫌だ。もうお金は渡さない」
「あん? 今、何て言った?」
「お前達に、もうお金は渡さない!」
その瞬間、智秋の腹部目掛けて男の拳が飛ぶ。体の軽い智秋はそれだけで浮かび転がった。
「ギャハハ、いきなり殴るんじゃねえよ、智秋君泣いちゃうだろ?」
「素直に出さないこいつが悪〜べ。ちょっくら再教育だな」
口々に勝手な事を言いながら近寄ってくる男達。しかし、智秋は今、それどころでは無かった。
(い、痛くない? あんなに強く殴られたのに平気だ……)
起き上がり、体を見下ろす。自身の周囲を湯気のような白く薄い光の膜が覆っているのが見えた。
『その光は私の力です。それに包まれた今、智秋はその見かけ以上に常人を超えた力を持っています。さあ、今までの分を返してやりましょう』
「何、ぼーっと突っ立てるんだ、コラァッ!」
先程、智秋の腹を殴った男が再び拳を振るう。しかし、智秋が意識すると、それは酷く遅く見えた。
易々と回避した智秋は、その伸びきった腕を右手で掴み握りしめる。
ーーボギッーー
「ガァッ! い、痛えっ!!」
それだけで、まるでネギでも折るかのように簡単に、男の前腕骨が二本とも折れた。堪らずひっくり返る男を無視して、智秋は残った四人に向かって歩き出す。
「て、てめえっ! 智秋っ! 何しやがった!」
「何をした? ただ握っただけだよ。こんな風にね」
人間離れしたスピードで近付いた智秋は、一人、また一人と五人の体の骨を握り折っていく。
体の痛みに倒れもがく五人を冷ややかに見下ろし、智秋は独り言のように喋り出した。
「僕の中のもう一人の僕が、君達はこれくらいじゃ懲りない……だってさ。僕もそう思うよ。これで僕をイジメなくなったとしても、きっと他の弱い子をイジメる……そうだろう?」
「し、しねーよ! もう誰もイジメないからっ! 許してくれ、智秋っ!」
泣きながら口々に、叫ぶように謝る五人。だが、智秋の動きが止まることは無かった。謝罪の言葉は悲鳴に変わり、更に苦痛の絶叫へと変わる。
だが、通りから外れ人の滅多に来ない、この路地裏では、どんなに叫んでも助けなど期待出来なかった。他でもない彼等自身が、それを望み、この場所を選んだのだから。
◇
「あぁ……長根、ちょっといいか」
翌日、ホームルームを終えた教師が智秋を呼び寄せる。
「はい、何でしょうか、先生」
それに応える智秋の声は、以前には無かった自信に溢れていた。
「あ〜……実はな、あの五人なんだが……」
教師の視線は智秋の背後を見る。その先にさっきまで五つの空席が出来ていたのを、当然智秋も知っていた。
「さっきは、五人とも事故で入院したと伝えたが……長根はこの件で何か知らないか?」
「いえ、特に心当たりはありませんね。本当は事故ではないんですか?」
言葉を濁しながら尋ねる教師を、真っ直ぐに見据えて智秋が答える。その視線に教師は目を泳がせ声を落として話した。
「いいか……これは、秘密なんだから、誰にも言うなよ。どうも五人は誰かに襲われたらしくてなぁ……だが、五人が五人とも真相を言おうとしない。お前、よくあの五人と一緒に居ただろう? 何か知らないかと思ってな」
(当然知っているさ。そもそも、五人が余計な事を喋らないよう仕向けたのは僕なんだから……もっとも、この僕にやられたと正直に言ったところで、誰一人信じなかっただろうけど……)
『うまくいきましたね、智秋』
教師に頭を下げて席に戻る智秋にアキトが語りかける。
(そうだね。これも全部アキトのおかげだよ)
『ふふ、これからも誠心誠意お守りしますよ。それにあの力を使えば、喧嘩だけでなく他にも色々と活躍出来るはずです』
アキトのその言葉通り、その日の智秋は大活躍だった。
体育の運動は当然ながら、勉強面でも詰まればアキトがこっそりと教えてくれる。智秋はずいぶんと久しぶりに心から学校生活を満喫した。
そうして上機嫌で帰路につく。その道中で事件は起きた。
「ん?」
智秋が女性の悲鳴を聞いたのと、自分の横をスクーターに乗った男が通り過ぎたのはほぼ同時だった。
『智秋、どうやら引ったくりらしいですよ』
(うん、追おう、アキト!)
すぐさま強化された脚力でスクーターを追う。本来なら追いつくはずもないスクーターに容易に並ぶと、引ったくり男の服を掴んで強引に停めさせた。
「な、なんだ! このガキッ!」
女物のバッグ片手に降りた男が、突然現れた智秋に驚きながらも腕を伸ばす。智秋は、その腕を取ると背中側へとねじり上げ地面へと押さえつけた。
「 ハァッ! ハァッ! つ、捕まえてくれたのね、ボク」
慌てて息を切らし走ってきた年配の女性が、二人を見て安堵の声を漏らす。女性へバッグを渡し、通報でやってきた警察へ男を引き渡しながら、智秋はアキトへ語りかけた。
(ねえ、アキト。僕が何を言っても笑わないかい?)
『ええ、勿論ですよ。なんですか、智秋』
(僕は、君のこの力で……人を助けるヒーローになろうと思うんだ)
『素晴らしいと思いますよ! 私の力は智秋の力です。どうぞ、どんどんお使い下さい!』
アキトの言葉に智秋が笑顔を浮かべる。そうして、その裏に潜んだアキトの悪意にはどうしても気付けなかった。




