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「ここがそうか……」
新は極楽町の一画、建物に挟まれた薄暗い路地を見回す。
新と八葉は早速、多聞から送られた今回のデータの中で、四つの首吊りが発見された場所の内、最も最近の現場へ来たのだ。
「どうだ、八葉。何か臭うか?」
新の声に、包帯が巻かれた両腕を広げ、ペタペタと壁を触っていた八葉が振り向く。
「新、どうやら神魔が居たのは、ここでは無いな。もし今回の事件が神魔絡みならば、考えられるのは……上だ」
八葉が、ピンと伸ばした人差し指で上空を指差す。その指につられるように見上げた新の目に映ったのは、細く長く切り取られた空と、ビルだけだ。
「上……そうだな、犠牲者が吊るされていたなら、神魔は上に居た、か。よし……チェンジッ!」
新が周囲に素早く目を向け、ブランクへと変身する。
「ほら、八葉」
「うむ」
ブランクは、抱き付く八葉を両腕で抱き抱えると、そのまま両隣のビルをジグザグに蹴って飛び上がり、屋上へと登った。
「……新、こっちだ。」
八葉を降ろし、光を放って元の姿に戻った新を、屋上の端に向かった八葉が手招く。
「何かあったか?」
「ああ、これだ」
八葉の指差す先、屋上のフェンスには、何か透明な繊維状の物が貼り付き風に揺れていた。
「これは……蜘蛛の糸か?」
「そのようだな。臭いはだいぶ薄れているが、この残り香……今回の件も間違いなく、神魔の仕業だ」
「という事は蜘蛛の神魔だな……よっ」
呟きながら、新はフェンスの先に身を乗り出し地上を見下ろす。
「ここから犠牲者を、この蜘蛛の糸で吊り上げて殺す途中の姿が首吊りに見えたのか……この神魔、今から追えそうか、八葉?」
新の言葉に、八葉が万歳の様な姿勢をとったまま、ゆっくりクルリと回転する。しばらくそうした後で、腕を降ろし顔をしかめた。
「むぅ……臭いが薄れ過ぎて無理、だ。だが特徴は覚えたぞ。此奴が次に出現すれば、周辺に居る限り、私にはわかるだろう」
「そうか。これはしばらくの間、極楽町で待機だな」
「なに、多聞の言うように行方不明になった男達も同じ被害者だとするならば、期間と人数をみると此奴はかなりの大食らいだ。そう長く待つ必要は無いだろう」
「わかった。一先ず多聞に寝床の手配と、律にはしばらく帰らないって連絡しておくか」
「ふむ。多聞には、食事に美味い肉を出すホテルにするよう伝えておいてくれ」
「わかったわかった」
新が携帯端末を取り出し笑った。
◆
「新、起きろ。奴だ」
眠っていた新の身体を、八葉が揺さぶり起こす。
時刻は深夜三時。二人が極楽町の中心部、多聞の用意したホテルの一室に泊まること二日、ついにあの神魔が現れたのだ。
「わかった、すぐに向かうぞ。場所は?」
すぐに起き上がり尋ねる新に、八葉は左目を閉じ首を傾げる。
「ふむ…どうやら割と近いようだな」
「よし、急ごう。奴が動き出す前に止めるんだっ! チェンジッ!」
白い光に包まれた新が八葉へと右手を伸ばす。
八葉もまた光に包まれ巫女服姿へと変わり、その手を掴んだ。
「うむ、憑依合身!」
「エクシード・コネクトッ!」
白い光が青く変わり、弾けて消える。
再び闇に包まれた部屋の中には、既に新達の姿は無い。
ただ、ベランダへと続くガラス戸が開け放たれ、夜風にカーテンが揺れていた。
◆
ブランクは青い疾風となって、ビルの屋上から屋上へと走り、跳ぶ。眼下に見える極楽町は、どこもかしこも、どぎついピンクやオレンジのネオンに照らされ、今が盛りとばかりに賑わっていた。
『ここだ、新』
内より響く八葉の声に、ブランクが立ち止まる。そこは大通りに程近いビルの屋上だった。
「ここだって……肝心の神魔はどこだ?」
ブランクの言う通り、屋上には神魔どころか人影一つ無い。
『用心しろ、新。この屋上全体に奴の臭いが充満している』
「つまり細かい居場所はわからないって事か……さながらここは蜘蛛の巣だな」
周囲を探るブランク。その時、カサリとブランクの背後で音がした。
「……ぐっ!」
突然、暗闇から伸びた白い布のような物が、ブランクの首へと巻き付きギリギリと締め上げる。
「くぁっ!」
『新っ!』
一見、布に見えたそれは、何百もの蜘蛛糸が束ねられていた。首を絞められ、たまらずブランクはガクリと片膝を付く。
「私の狩場にノコノコ現れたから、いったいどこのお馬鹿さんかと思えば……なぁに、その姿? コスプレか何かかしら……予想以上の変質者のようねぇ。正直、好みじゃないけど、せっかくだし殺してあげるわぁ」




