大陸の日本街
「日本国召喚」買いましたあああぁぁぁァァァ!
情報本部の便宜によって空自の輸送機に便乗させて貰った神藤と開井手、そして利能の3人は、9時間弱のフライトの末、ジュペリア大陸の東海岸にある港街「ミケート・ティリス市」へ到着した。
KC−46A空中給油・輸送機が降り立ったのは、市街地から北へ5km程離れた場所に建設されている飛行場である。ハイリフトローダーが貨物を下ろしている傍らで機から降りた神藤たちは、パイロットである出川一佐に礼を述べた後、飛行場を後にして港がある市街地へと向かうのだった。
・・・
4月20日・夕方 クロスネルヤード帝国東部 ミケート・ティリス市
クロスネルヤード帝国を構成する19の地方の内、「ミケート騎士団領」と呼ばれる地方の主都であるこの街は、東方諸国との貿易をほぼ一手に司る同国最大の港街であり、この街を有するミケート騎士団領の経済力は、帝国の首都を有する「皇帝領」を凌いでいる。
クロスネルヤード帝国と日本国との国交が樹立してからは、日本国領事館が設置されるなど、日本人が活動する為の拠点が多く築かれており、さらには日本政府のODAによって湾港設備が強化されている。日本国から輸入される品々はこの街に更なる富を呼び込んでいた。
しかし、両国が戦争状態に陥った時は、日本政府によって強化されたこの街の港が、上陸部隊の揚陸に大いに役に立つ事となった。自衛隊の上陸作戦によって多くの兵士崩れを出してしまったこの地方は、現在その後始末の真っ最中なのだ。
「・・・ユクニロの服着てる奴とか結構居るぞ」
神藤一行は港へ続く大通りを歩いていた。開井手はすれ違う人々の中に、日本製の洋服を着ている者が多数居る事に気付く。
戦争の結果として、日本国はこの街に「租界」を建設する権利を獲得している。租界内には、日本人居住区や自衛官の駐在所が形成されており、加えて日本企業の支店が多く出店していた。
さらに「戦利品」として、日本からの輸入品に対する関税や、現地の商人ギルドによる舶来品の独占的売買が廃止・禁止された。よって、それまでギルドを介する事でしか物を売ることが出来なかった日本人の商人は、遂に同国内で自由に商売が出来る様になったのだ。
租界への出入りは、現地民であろうが日本人であろうが基本的に自由であり、日本の品を求める現地民たちは日本人が出す店に入る為、頻繁に租界へ出入りしている。中でも、彼らが普段着ている衣装と比べれば丈夫で温かく、それでいて比較的安価な衣料品は、現地で1、2を争う人気商品となっていた。
他にも、道ばたで休んでいる人を見れば魔法瓶で水を飲んでいるし、明らかにマジックペンで書かれたと思しき張り紙がちらほらとある。ペットボトルジュースや日本で売られている酒も並んでいた。
・・・
港付近 ミケート・ティリス日本租界
日本の影響を大いに受けるミケート・ティリスの街を抜けた神藤一行は、この日に宿泊する宿を探す為に、日本国が戦利品として獲得した「日本租界」へ辿り着いていた。
「租界」とは、欧米列強が19世紀末から20世紀初頭にかけて清国に築いた外国人居留地のことだ。租界の内部に住む居留民に対しては、行政自治権や治外法権が認められ、租界内における警察権や徴税、土地開発は租界設置国の自由に出来る。
日本はこの街の他に、ベギンテリアとドラス・ティリスにも租界を建設する権利を得ており、かつての欧米列強がそうした様に、これらの租界をクロスネルヤード帝国内における商業活動の拠点としていた。
各租界の行政を行うのは「租界局」と呼ばれる機関で、ミケート・ティリスの場合はそのトップである局長を領事館の領事が兼任している。現在、ミケート・ティリス駐在領事を勤めているのは、外務省の篠瓦昌幸という男だ。
「租界という名の日本人居住区の面積は、内陸部に作られた飛行場の面積を足して約1平方km程。建設が開始された10ヶ月前から今までで3,000人程の日本人が居住しているそうです。
租界内部には警察署、自衛隊の駐在所、郵便局まである様で、租界内であればネットの利用も可能です」
利能は飛行場で貰ったパンフレットを読み上げる。周りを見れば、随所に日本らしさを取り入れた建物が並ぶ風景が広がっていた。此処はミケート・ティリスという街の一画に築かれた日本人街なのである。
租界滞在者向けに立てられた官営ホテルへ向かう一行の目に、日本国内でチェーン展開している家電量販店の支店が飛び込んできた。
「・・・へぇ、ヤマハタ電機の支店かぁ。ちょっと入ってみようぜ!」
神藤は左手にある建物を指差す。店の正面には、現地の文字で書かれた看板と日本語で書かれた看板の両方が掲げられていた。
「確かに異世界の地でどんな家電を売っているのかは興味があるな」
神藤に続き、開井手もミケート・ティリスで開業している家電量販店の支店に興味を抱いた。しかし、そんな2人に水を差す声がする。
「ちょっと・・・お2人とも、大事なことを忘れていませんか?」
利能は家電量販店に足を進めようとする2人の腕を捕まえる。片方の眉をひくつかせる彼女の顔は、静かな苛立ちを現していた。
「『エフェロイ共和国』に向かう貿易船を見つけ、便乗させてもらう約束を取らなければならないんですよ! 遊ぶのはそれからでしょう!」
利能は声を荒げる。捜索中の失踪邦人が向かったとされる「エフェロイ共和国」、彼の国と国交が無い日本の艦船は、その首都である「リンガル」の港へ入ることは許されていない。
その為、このミケート・ティリスからリンガルへと向かう現地民の貿易船か何かに便乗させて貰わなければならないのだ。
「港へ行けば、船の出入港予定はすぐに分かるんだろ? そんなに気になるなら先に行って確認して船の予約まで取って来てくれよ。俺たちはここら辺をちょっとだけ散策したら、宿へ行ってチェックインしておくからさ」
そう言うと神藤は、鞄の中から取りだした金貨十数枚を利能に差し出した。警察庁から今回の捜査に使う費用として支給されたものであり、日本円にして300万円近くある。この世界の価値基準から考えれば、世界一周旅行を2周は出来る程の金額だ。
「・・・」
金貨を受け取った利能は、諦めた顔を浮かべて大きなため息をついた。
「・・・分かりました。但し開井手巡査部長、貴方は私と来なさい!」
彼女は神藤の隣に立っていた年上の部下に対して、鋭い眼光を向けた。開井手は一階級上に立つ利能の言葉を拒否することは出来ず、彼女の後に付いていくこととなった。
利能としては、高校時代の先輩という立場に味を占め、警視である神藤と自分を飛び越えて馴れ馴れしく接している開井手の事が気に入らなかった。それを良しとする神藤のことも同じくである。
特に先程の開井手は、神藤の気まぐれに同調して寄り道をしようとしていた。その行動が、益々彼女の感に障っていた。
利能、開井手と分かれた神藤は店の自動ドアをくぐり抜ける。それとほぼ同時に、“いらっしゃいませー!”という声が聞こえて来た。店員は日本人の様だ。
幕照市では日本人となった現地民が積極的に雇用されていたが、租界が築かれて1年も経っていないこの街で、特に電子機器に関する知識が必要となる家電量販店にとっては、現地民を雇うことはまだハードルが高かった。
「フーン・・・」
神藤は店内を見渡す。扇風機や電子レンジ、洗濯機にエアコン、そしてマッサージチェアー等々、使い方さえ分かっていれば現地民でも問題無く使えるであろう家電製品が並んでいた。レジがあるカウンターを見れば、現地の言葉で「発電設備の設置はこちらまで」と書かれたコーナーがある。海外へ進出した企業の中には家電を使用する為に必要な発電設備の設置・管理を行っている所もあった。当然であるが、一般庶民の手に届く値段では無い為、主に貴族か組織向けのサービスである。
転移によって一度はほぼ死に体となった日本経済を少しでも回復させる為、日本政府はこの様な企業の海外進出を大いに奨励している。地道な活動の積み重ねは功を奏しており、転移から6年目の今、経済は少なからず回復の兆しを見せていた。
「ああ〜、スマホとかは無いのか・・・」
店の中を歩き回る神藤は、ぽつりとつぶやく。
日本本土に留学している者などは別として、インターネットは現地民に公開されていない為、スマートフォンの類は置いていなかった。
その後も店内を散策していると、とある商品を売っているコーナーに現地民による人だかりが出来ていた。神藤もその場所へ足を進めてみる。
『この様に、キーボードのボタンを叩くと画面に文字が打ち込まれます。試しに“こんにちは、先日はありがとうございました”と打ってみましょう』
「オオーッ!」
人だかりの視線が向けられる先で彼が目にしたものは、ノートパソコンとプリンターの実演販売だった。ノートパソコンの画面には新たにインプットされたジュペリア大陸で使われている文字が映し出されている。
ノートパソコンの実演を行っている店員は、それとケーブルで繋がっているプリンターを指し示した。彼がノートパソコン上で“プリント開始”をクリックすると、プリンターの口からジュペリア大陸共通語で“こんにちは、先日はありがとうございました”と書かれた紙が次々と出てくる。
「ほぉー! すごい」
「これがあれば、書類や書物の作成時間が大幅に削減出来ますな」
「活版印刷を駆使しても、これほどのスピードは出せないぞ!」
驚く観衆に対して、店員は更なるデモンストレーションを行う。
『こちらは更に画像の印刷も可能で、こちらの“デジカメ”と呼ばれる撮影機器で撮った写真をそれ単体で印刷したり、書類に貼り付けて印刷することも出来るのです』
店員はどこからかデジカメを取り出すと、そのレンズを実演販売を見ている聴衆に向け、彼らの撮影を行う。いきなり写真を撮られた彼らは、突然のシャッター音に驚いていた。
店員はデジカメとノートパソコンをUSBケーブルで繋ぎ、撮った写真をパソコンの中へ読み込む。その画像を先程印刷した書類に貼り付け、再び“プリント開始”のボタンをクリックした。
直後、プリンターの口から再び紙が出て来た。“こんにちは、先日はありがとうございました”と書かれた文章の下に、先程撮った写真が貼り付けられている。
「おお・・・、さすがだな!」
「ニホン国の写真は色が着いているし、細部まで分かりやすい!」
「それもこの速度で、同じ写真を何枚も色つきで印刷出来るとは・・・!」
実演販売を見ていた人々は、印刷された紙を手に取り、それらを眺めながら各々の感想を述べる。
この世界の技術水準から考えると、インクジェット印刷やカラー写真が開発されるまではまだ遠い。店員が実演しているこれらの品々は、現地民にとって存在そのものが驚愕すべき代物であった。
その後、神藤は警察庁との連絡を行う為に供与されていた衛星電話用の予備電池を購入して店を出ると、宿に向かってチェックインを済ませ、ホテルのロビーで利能と開井手に合流した。彼らの方も、エフェロイへ行く貿易船に便乗させて貰う契約を、無事に取り付けられた様である。
船が出るのは2日後の朝、順調にいけば9日後にはリンガル港に着くという。その為、彼らは船が出る2日後まで、ミケート・ティリスに滞在する事となった。
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ジュペリア大陸南西部 アラバンヌ帝国 首都アドラスジペ
神藤たちが邦人探しの旅を続けていたその頃・・・
中世イスラーム世界を反映した様な文化が広がるこの国の首都である「アドラスジペ」、アッバース朝の都バグダードを彷彿とさせるこの街には、暗黒街と名の付く一画がある。その暗黒街にある酒場の地下に、怪しげな男たちが集まって座っていた。
「・・・本当にこの街へニホン人が来るんだろうな?」
集まっている者たちのボスらしき男が、部屋の入口近くに立っていた男に尋ねる。他の者たちもその男をじっと見つめていた。
どうやらある集団のアジトに、別の集団に属する男が1人で訪れているという状況の様だ。
「ええ、今“我々の仲間”が此処へ連れて来ております。あと2ヶ月もすれば、栄光へ繋がる扉への鍵を手にすることが出来るのです」
問いかけられた男が答える。目が隠れる程のフードを被っていた彼の口元は、わずかに微笑んでいた。
「そうか、そりゃあ良かった。ところで・・・お前ら、本当は何者だ? 何故、俺たちに協力する?」
報告を聞いたボスの男は、右膝の上に肘を付けながら、フード男の顔を覗き込む様にして尋ねる。手を組んでいる仲とは言え、今此処に集っている男たちにとって、フード男の組織は謎に満ちた不気味なものだった。
「・・・言ったでしょう。我々の名は“イフ”だと」
フード男は少し間を空けて答える。彼の台詞から、この問答は2回以上繰り返されている事が分かる。
「まあ良い、俺たちの敵になるって言うなら殺す迄よ・・・」
ボスの男は、得体の知れないフード男に対して脅し文句を投げかける。しかし、フード男は彼の言葉に対して特に気に留める様子は無かった。
(チッ・・・いけ好かねェ野郎だぜ)
ボスの男は心の仲で毒づいた。その後、彼は立ち上がると、部屋に集っていた同志たちに向け、熱気の籠もった声で口を開いた。
「間も無く、我らが追い求め続けた“栄光への鍵”がこの国にやって来る。500年前、クロスネル王国に敗れて以降、我が国と民族は敗者としての歴史を歩み続けて来た。しかしそれも間も無く終わる!
剣を再び手にして先祖たちの無念を払い、仇敵たるクロスネルヤード帝国を倒してジュペリア大陸の覇者となるのはアラバンヌ帝国なのだ!」
「オォーッ!」
ボスの演説に対して、彼の部下たちも熱意の籠もった声で呼応する。
「・・・」
祖国再興への意志を確かめ合う彼らの姿を、フード男は冷たい視線で見つめていたのだった。
第3部からラスボスの影がちらついています。