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クロノスは蘇らない

2031年4月17日 アルティーア帝国 海上貿易都市ノスペディ


 フェリーに乗って15時間後の午前1時、神藤一行はアルティーア帝国の海上貿易都市「ノスペディ市」に到着した。此処は失踪者の1人である桐岡竜司の自宅から見つかった書き置きに書かれていた都市であり、失踪者の目的地である可能性が1番高い街だ。

 桟橋に接岸したフェリーからタラップを介して下船し、地に足を付ける3人の前に現れたのは、まさに西洋風ファンタジー小説で思い浮かべる様な都市の姿だった。


 かつてのアルティーア帝国政府は、海外との貿易をノスペディだけに限定する海禁政策を執っていた為、この地は長きに渡って海上貿易の中心地として大いに栄えて来た。

 後に「総督府」からの指示によって海禁政策が撤廃されてからも、ここは3つの帝国主要都市の中で唯一、アルティーア戦役による被害を受けていなかった事もあり、経済の中心地として繁栄を続けている。

 更には日本政府によって湾港設備や周辺道路の開発も行われており、この街は日本から出港した貨物船が絶えず出入りしている。もちろんそれは、日本国内で製造した軽工業品を輸出する為なのだが、この街に数多くの貨物船が出入りするのにはもう1つ大きな理由があった。


「ありゃあ・・・農作物の輸送船だよ」


 神藤はそう言うと、コンテナを積載して港に並んでいる船を指差す。

 コンテナの中に積まれているのは小麦や大豆、テンサイといった日本国内での自給率が低い農作物だった。


「ノスペディの周辺は日本企業によって作られた大農園が広がっているんだ。全部合わせれば、確か群馬県と栃木県を合わせたくらいの面積になる。そこで作られた食糧は全て日本国内へ輸出される。ウィレニア大陸は名実共に“日本の食糧庫”と成っているのさ。

ただ、ここじゃあ作れないコショウやコーヒー豆の様な熱帯の農作物もあって、それらは夢幻諸島で栽培されているらしいけどね」


 神藤は説明を続ける。

 転移から6年前の2019年に起きた「尖閣諸島沖日中軍事衝突」。これによって最大の食糧輸入先だった中国と断交した日本は、アメリカやオーストラリアからの食糧輸入量を大幅に増大させ、さらに国策として食糧自給率の向上を図った事で、戦後最大とまで言われた国家的食糧危機を何とか切り抜けることとなる。日本の食糧自給率は、転移直前においてカロリーベース換算で75%、生産高換算で90%にまで上がっていた。

 しかし、100%でない以上、輸入は続けなければならない。その為、転移直後はイラマニア王国を初めとするノーザロイア島の国々から食糧輸入を行っていた。

 しかし、日本企業が国外や外地に巨大農園を造り、現地民を使って収穫を行うという現在の体制が整ってからは、逆に食糧の輸出を検討する迄になっている。


「要はプランテーションですか。・・・まるで20世紀初頭におけるアメリカの農業資本企業みたいですね。でも日系企業が作った農園なんて誰が働いているんですか?」


 説明を聞いていた利能が、神藤に尋ねた。


「主に『総督府』によって解放された“元奴隷”さ。

5年前、『総督府』の命令で奴隷制度が廃止されたこの国では、元奴隷が大量に浮浪してしまい、それを日本企業が低賃金で雇い入れた。つまり企業は日本政府と結託して、人道的かつ合法的に奴隷を横取りしたという訳。

日本の世論は“虐げられた人々を解放した”と言って、総督府や政府をまるでヒーローの様に持て囃したけどね」


 神藤が答える。彼が最後に述べた1文はかなり皮肉めいたものだった。


「ただ1つ、政府や“経業連”の思惑通りにはならなかった事があった。貴族や富裕層が身の回りの世話をさせる為に所有されていた奴は、そのほとんどが元のご主人様の下を離れなかったのさ。元奴隷全体から見れば、かなり少数派だがね。

まあ、金持ちに買われて最低限の衣食住を保障された暮らしをしている奴が、わざわざ単純できつい農作業に仕事を移す訳ないわなぁ。そもそも日本人が考える奴隷は、アメリカ黒人奴隷のイメージに基づく悲劇的な面が強調されている事が多いし・・・。

日系企業の農園で働いているのは、それこそ黒人奴隷の様な扱いを受けていた元農奴とか、人権を無視した重労働をさせられていた奴とからしい・・・。ま、それが大多数なんだが」


 現代アメリカの農業を、安価な労働力であるヒスパニック系移民が支えている様に、転移という天変地異に巻き込まれた日本国民の胃袋を、アルティーア帝国の元奴隷たちが支えている。

 奴隷だった頃と比較すれば、日本企業が提示する労働条件は彼らにとって破格の好待遇なのだろう。元奴隷たちは解放された事に喜び、日本から提供された新たな仕事に満足している。日本の世論も彼らを解放した日本政府を称えている。しかし、その裏には企業や政府が抱く様々な思惑が存在していた。


 さらに、日本企業が投下する農業資本は、アルティーア帝国の経済に多大な影響を及ぼすまでに至っている。それはまるで、アメリカの農業資本企業が作り出したプランテーション産業に依存し、企業の手によって国政すら左右されたかつての中米国家を想起させるものだった。


「・・・そもそも、奴隷と低所得労働者の線引きって何処なんだろうナァ?」


 ここで初めて、開井手が話に混じる。航海灯を点す貨物船を眺めていた神藤は、意味ありげな言葉を放った彼に対して苦笑いを浮かべた。


「それを言っちゃあ人間社会、特に資本主義は成り立たねェよ。人間が何の縛りも受けずに自由に生きて行ける時代なんて、クロノスの失墜と共に、遙か昔に消え去った・・・。今じゃ人生の3分の1を労働に捧げなきゃなんねェんだから」


「・・・ヘシオドスかい?」


「ああ」


 神藤は頷く。彼の言葉は、紀元前7世紀頃の古代ギリシャに生きた叙事詩人の著作にちなんだものである。


「よし・・・もうこの話は終わりだ。確かここから少し西へ行った先に、日本人渡航者向けの簡易宿泊所があった。今夜はそこで休もう。明日は聞き込みだ、体力が尽きない様にしなきゃなぁ!」


 話を切った神藤は、地面に置いていたボストンバッグを担ぎ上げ、西に身体を向ける。開井手は吸っていた煙草を海に投げ捨て、彼の後に付いていく。


「ちょっと、待って下さいよ!」


 スーツケースの上に腰掛けていた利能は急いで立ち上がり、2人の後を追いかけて行った。


〜〜〜〜〜


同日・朝 ノスペディ港 簡易宿泊所前


 日が昇った朝、6時間ほどの睡眠を取り、チェックアウトを済ませた神藤と開井手、そして利能の3人は簡易宿泊所の前に出て来ていた。


「ここからは聞き込みだ。利能は街の東側、先輩は港、俺は街の西側を当たる。何かあったら、このトランシーバーで連絡を取り合う。良いな?」


「はい!」


 利能と開井手は敬礼を以て、上司である神藤の命令を受ける。その後、彼らはバラバラに分かれて、失踪した邦人5名の行く先を探る為の聞き込みに向かった。

 失踪した5名の邦人について分かっている事は、市民団体に属している事、半年前に失踪が発覚した事、そしてこの街ノスペディで何者かに接触しようとしていた事だ。その裏には何らかの組織の存在が見え隠れしており、下手を打てば国際問題に発展しかねない危険性をはらんでいるのだ。


・・・


Site1 利能 ノスペディ・東側の地区


 神藤の指示を受け、街の東部に来ていた利能は、主に宿などの宿泊施設を積極的に当たっていた。


「へぇ〜、現実みてェな絵だな!」


 宿の主人は利能が見せた写真を見て感嘆していた。

 この世界にも、原始的な写真である青写真は存在しているものの、それは一般人に馴染みの無いものであり、尚且つカラー写真はまだ存在すらしていなかった。


「この中の誰でも良いんです。見たことはありませんか?」


「いや・・・分からないな」


「そうですか、ありがとうございました」


 利能は礼を述べて、その宿を後にする。この様に店や宿に入っては写真を見せ、失踪した5人を見ていないかを聞いて回るものの、結果は空振り続きだった。




 数分後、彼女は別の店へ足を運ぶ。因みにこれで12軒目となっていた。


「すみません、人を探しているんですけど・・・」


 利能は入口をくぐりながら、カウンターの中に座っていた店主らしき男に声を掛ける。そして懐から5枚の写真を差し出し、彼らを見たことが無いかどうかを尋ねた。


「いや、知らないねェ・・・」


 店主は首を横に振る。12回目となるその言葉に、利能は大きなため息をついた。

 すると、店主の男が徒労感を湛えた表情を浮かべる彼女の顔を覗き込んで来た。彼はにやついた笑みを浮かべながら、利能に話しかける。


「それより嬢ちゃん・・・綺麗だねェ。どうだ、ウチで働かない? ニホン人は珍しいから、1回あたり1デルテールは稼げるぜ?」


「!」


 利能は店主が問いかけている内容を理解し、この上無い嫌悪感を抱いた。

 かつて、江戸時代の日本に存在した宿泊所である飯盛旅籠が、娼館の役割を兼ねていた様に、この世界の宿屋の中には売春宿を兼ねるものが数多くある。アルティーア帝国の政治改革を敢行した総督府も、それを禁止する事までは出来なかった。

 最も、利能が日本国内の治安機関に属している人間だと分かっていれば、店主もこんな馬鹿な事を聞かなかっただろう。しかし彼らは、日本国外で現地民と接触する際には身の上を隠す様に言われていた。


「・・・残念。私、女が好きなんです。・・・では、失礼」


「!?」


 にっこりと大人びた笑みを浮かべながら、利能は店主の誘いを切り捨てた。彼女が発した予想外の台詞に、店主は目を丸くする。

 彼女の言葉が真意なのか、それとも店主の下卑た誘い文句をあしらう為についた嘘なのか、それは誰にも分からない。


・・・


Site2 神藤 ノスペディ・東側の地区


 とある路地に迷い込んでいた神藤は、一言で言うのならカツアゲに遭っていた。彼の周りを3人の若い男たちが取り囲んでいる。


「へへッ・・・おい兄チャン、頼むよ。こちとらもう2日は禄なモン食ってねェんだ!」

「パンとスープのディナー奢ってくれたって良いだろ? たかが持ち歩ける程度の金で命散らしちゃあ、バチが当たるってモンだぜ!」


 見るからにチンピラといった風体の若い男たちは、金を出す様に神藤を脅迫していた。その手にはナイフが光る。彼らは神藤が日本人だと分かっていて強盗を行っていた。アルティーア人の間には、日本人は誰でも金持ちだという固定観念があったからだ。


「悪ィな、こちとらも大事な仕事中なんでね。強盗は後にしてくれねェか」


 神藤は余裕の表情で煙草を吹かしていた。チンピラたちの恐喝に臆する素振りを全く見せない。


「強がんなって、兄チャン。全部のポケットを裏返してくれりゃ、それで済むんだぜ?」


 チンピラの1人がケラケラと笑う。彼の仲間もそれに続いて、神藤を嘲る様に笑い出した。神藤は吸い終わった煙草の吸い殻を投げ捨てると、冷徹な声で一言つぶやいた。


「消えな」


 チンピラたちを見下した神藤の一言に、彼らの頭の中で何かが切れた。


「そうか・・・せっかく命の尊さを説いてやったのに。だったら力尽くで奪うまでよ!」


 チンピラの1人がナイフを振り上げて襲いかかって来た。神藤は自身に向かって斜めに振り下ろされるそれを身を引っ込めて躱し、男がナイフを掴んでいる右手に蹴りを食らわせる。


「いでぇ!」


 右手を襲った衝撃に耐えきれず、男は堪らずナイフを落としてしまった。その直後に背後から2人のチンピラが迫って来る。


「てめェ!」

「調子乗ってんじゃねェ!」


 雑魚キャラ丸出しの台詞を吐く彼らに対して、神藤は懐に右手を突っ込みながら振り返り、そこから取り出したコルト・ローマンの銃口を2人に向けた。


ダ ダーン!


 耳を貫く鋭い音が路地に響き渡る。1人目の男が神藤に襲いかかってから、2発の銃声が鳴るまでの一連の動きは、わずか5秒ほどの出来事だった。


・・・


Site3 開井手 ノスペディ港


 他の2人が妙な輩に絡まれていた頃、開井手は港の水夫や船乗りたちに聞き込みを行っていた。

 だが、やはり結果は利能と同様、“知らない”、“見たことが無い”と言われ続けるだけであり、心の中には徐々に徒労感が積み重なっていた。そしてとうとう嫌気が差して来た頃、遂に有力な証言が舞い込んで来た。


「ニホン人・・・? ああ、確かに居たよ。エフェロイ行きの貿易船に乗って行ったぜ」


「ホントか!?」


 開井手は思わず大きな声を上げる。彼が話を聞いていたのはとある貿易帆船の船乗りだった。


「帆船に乗ろうってニホン人は珍しかったから覚えてる。顔は定かじゃないが、確かにニホン人(・・・・)は5人だった」


 船乗りは説明を続ける。


「ん? “日本人は”・・・って事は、他に誰か居たってコトか?」


「ああ、異国人1人とニホン人5人の一緒の“6人組”だった。・・・アルティーア人じゃねェと思う」


 開井手の問いかけに、船乗りは頷きながら答えた。

 その後、彼は聞き込みに協力してくれたその船乗りに礼を言うと、トランシーバーで他の2人に失踪邦人の目撃証言が取れた事を説明した。


・・・


聞き込み開始から10時間後 ノスペディ港 簡易宿泊所


 開井手の知らせを受け、3人は再び簡易宿泊所へと集まっていた。既に日は西の地平線に沈みかけており、外は薄暗くなっている。

 宿泊所の一室を借りた神藤と開井手、そして利能の3人は、小さな折りたたみ式のテーブルを介して事の詳細について話し合う。


「エフェロイ?」


「ああ、それが5人の行った先だそうだ。まさかウィレニア大陸から既に脱出していようとは思わなかった」


 神藤の問いかけに、開井手は緑茶を啜りながら答える。

 ノスペディに続いて新たに出て来た第2の目的地、その場所を確認する為、利能は世界地図を取り出してテーブルの上に広げた。


「『エフェロイ共和国』・・・ありました、ここですね。ジュペリア大陸の東海岸にある半島を領土とする国・・・。現在国交樹立交渉の真っ最中で、一般の日本国民の入国は認められていません」


 利能は地図を指差しながら、次なる目的地について説明する。

 エフェロイとは、この世界では数少ない共和制国家の1つであり、ミケート・ティリスから北東へ約2,000km行った先にあるジェロト半島に領土を持つ国家である。


「奴らの目的は此処では無く、ノスペディは単なる中継地点に過ぎない。そして連中と行動を共にしていた謎の人物・・・。しかも次の目的地が日本との国交が無いとなると、現地の交通機関を用いるしか無いのか。何ヶ月かかるんだ一体?」


 次々と明らかになる新たな真実に、神藤は頭を抱えている。失踪邦人が向かったであろう国が未だ日本との国交が無い国だという事も、頭痛を催す原因となっていた。

 日本国との貿易関係が無い以上、日本船籍の貨物船が同国の港に入る訳にはいかない為、エフェロイと国交を持つ国の貿易船に便乗するしか手は無い。しかし、この世界における一般的な帆船でウィレニア大陸からジュペリア大陸へ渡るには数ヶ月はかかってしまう(風使いが乗る軍艦であれば、航海時間の大幅な短縮が可能だが)。


「いや・・・確か“幕照市〜ミケート・ティリス市”間には空自の貨物輸送機が定期便を結んでた筈だ。それに搭乗させて貰えないか、当局に問い合わせよう」


 開井手が打開案を示す。ちなみに彼が述べた「ミケート・ティリス」とは、今彼らが居るウィレニア大陸から中央洋を挟んで西へ進んだ先にある「ジュペリア大陸」の東海岸にある巨大な港街の名だ。

 この街は「クロスネルヤード帝国・ミケート騎士団領」の主都であり、同帝国と日本国との間で行われた「日本=クロスネルヤード戦争(クロスネルヤード戦役)」の結果、その講和条約で日本国が租界を建設する権利を得ていた為、大規模な日本人居住区が形成されつつある。同地に飛行場が開港したのは3ヶ月前の事だ。

 そして開井手が述べた今後の計画は以下の通りである。まずここから一度幕照市へ戻り、空自が運行する貨物輸送機に便乗してミケート・ティリスへ向かう。そしてその港からエフェロイへ向かう貿易船を見つけ、便乗させて貰う。


「早速制服さんの手を借りる訳か・・・」


 人材と予算を獲り合うライバルである防衛省の手を借りなければならない事に、神藤はため息をついた。一方で、エフェロイ共和国へ行ける目処が立った事に安堵する。

 しかし、彼らとは正反対の思いを抱いている者が居た。


「ほ、本当にエフェロイ共和国まで行くんですか?」


 利能は、失踪邦人を追ってエフェロイへ向かうという神藤と開井手の決断に大きく動揺していた。

 彼女は幕照へ向かう時にも、不安を抑え込みながら飛行機に乗っていた。故に、日本から遠く離れた場所、しかも日本国との正式な繋がりがまだ無い国へ行かなければならないという現実を前にして、彼女の心は不安と心配が再び沸き上がっていたのだ。


「当然だろ? 警備局からの指令は“ノスペディで聞き込みする事”じゃ無く、“失踪した5名の保護、及び彼らに接触した海外勢力の正体と目的を究明する事”なのだから。対象が此処にいねェと分かったんなら、追いかけねェと。

もちろん警察庁には連絡を入れるがな」


「ウッ・・・!」


 神藤は淡々と宣告する。そこに拒否権は存在しなかった。利能は生唾を飲み込み、顔色が悪くなっていく。


「それに・・・この一件は、国際問題に発展しかねない危険性をはらんでいる。何としても早期に解決しなけりゃならねェ事くらい分かるだろ?

第一、俺たちは警察官だ。市民団体だろうが何だろうが、彼らが日本国民である限り守る義務がある。覚悟を決めな」


「!」


 神藤の言葉が、利能の心に突き刺さる。幻滅していた男に警察官が何たるかを説かれてしまった利能は、息を荒立てながら、両掌をテーブルの上に叩き付けた。


「そんな事、貴方に言われたくない。・・・ええ、分かってますよ! 何処へでも行ってやりますよ! 任務は全然終わってませんものね!」


「・・・!」


 利能は声を荒げながら神藤に詰め寄った。いきなりキレる彼女の姿を横から見ていた開井手は、ただただ驚いていた。吹っ切れたという風にも見えるが、見方によっては不安を払い飛ばす為に無理をしている様にも見える。


「そんなにこの先に行くことが不安ならば、公安部長に掛け合ってみてはどうですか? 任務から離脱したいと」


 開井手は上司である利能に1つの助言をする。


「いいえ、お気遣い無く! 部下に心配されるほど私はヤワではありませんので!」


 そう言うと、利能は開井手を睨み付ける。彼としては利能を思い図っての助言だったが、彼女の耳には馬鹿にされている様に聞こえていた。


 斯くして、次なる目的地「エフェロイ共和国」へ向かう決心を固めた神藤一行は、衛星電話を通じてこの事を警察庁警備局へと伝えた。

 その数時間後、警備局側から正式に“失踪した邦人を追え”という指示と、“防衛省情報本部への協力の取り付けが出来た”という知らせが来た為、彼らはこの日の真夜中、ノスペディと幕照の間を往復するフェリーに再び乗り込み、この地を後にすることとなる。


〜〜〜〜〜


4月20日 幕照市(旧マックテーユ) 幕照飛行場


 屋和西道を治める行政庁舎が置かれた幕照市(旧マックテーユ)へ再び訪れていた一行は、街の外れにある軍民共同の「幕照空港」へ戻って来ていた。

 滑走路では民間機と軍用機が忙しなく離着陸を繰り返している。滑走路の脇にあるエプロンに駐機していた1機の貨物機の下へ、1台のバンが近づいて来た。貨物機の前で停まったバンの中から神藤と開井手、そして利能の3人が出てくる。

 彼らの到着を待って、貨物機へ延びるタラップの前で待機していた3人の航空自衛官が、神藤たちに対して敬礼をする。神藤らの方もすかさず敬礼を返した。


幕照総合軍用施設(フォースベース)航空派遣隊一等空佐、出川統と申します。お待ちしておりました」


「警察庁警備局国際テロリズム対策課警視、神藤惹優と申します。此度は我々の捜査に御協力頂き、感謝申し上げます」


 お互いの代表者が挨拶を交わす。

 その後、出川一等空佐は予定の確認を行う意味も含めて、機体の説明を始めた。


「こちらが今回幕照からミケート・ティリスへ向かう『KC−46A空中給油・輸送機』です。主に貿易品や建築資材の輸送を行っております。

機長は私が勤め、副機長は大島正秋二等空佐、そしてもう1人、航空士として奥寺雅治一等空尉が乗り込みます。フライト時間は9時間ほどを予定しており、現地の時差は幕照市より3時間ほど遅れておりますのでご注意ください」


 出川一佐は彼らの背後にある機体を指し示しながら、その概要やフライト予定について説明する。

 今回、失踪邦人を追ってミケート・ティリスへ向かわなければならない神藤一行は、警察庁の依頼を受けた情報本部の便宜によって、空自が運行している輸送機に便乗させて貰える事になったのだ。


「今回の貴方方の任務は、情報本部も絡んでいるとお訊きしています。その内容は我々の与り知るものではありません。

そしてジュペリア大陸は、一部地域以外のほとんどが我々日本人にとって未知の領域、十分にお気を付けください・・・」


「・・・肝に銘じておきます」


 出川が神妙な顔をしながら口にした忠告めいた言葉に、神藤は薄笑いを浮かべながら答えた。


「では間も無く離陸の時刻となりますので、機内へどうぞ」


 出川一佐は神藤らに対してタラップへ足を進める様に促す。タラップの階段が延びる先を見れば、先程まで閉まっていた筈の乗降口がいつの間にか開いていた。

 3人は促されるままタラップを上り、貨物機の機内へ入る。出川を含む搭乗員3名も、彼らに続いて機内へ乗り込んだ。人員を全て乗せたKC−46A空中給油・輸送機は程なくして滑走路へと移動し、離陸する準備に入る。


・・・


貨物機 機内


「Makuteru tower, JAF002, Runway 1R, Ready for departure.」

『JAF002, Makuteru tower. Wind calm. Runway 1R, cleared for take off.』

「Runway 1R, cleared for takeoff. JAF002.」 


 空港の管制官とパイロットとの交信が行われ、滑走路まで辿り着いた“航空自衛隊(JAF)2便”に離陸許可が伝えられる。2便は加速を始めて機首を上げると、西の空へ向かって飛び立った。


「・・・」


 3人の警察官が人員輸送用のパレットに座っている。彼らの背後には貨物輸送用のカーゴが鎮座しており、尚且つ旅客機と違って窓は無い為、輸送機での移動はどこか狭苦しい印象を抱くものだった。

 機の行き先は、クロスネルヤード帝国はミケート・ティリス市の外れにある飛行場だ。神藤らはそこから現地の交通機関を使って、失踪邦人が向かったと思われるエフェロイ共和国へ向かうつもりである。

 次なる目的地へ向けて、人と物を運ぶ巨大な鳥が空を飛ぶ。ミケート・ティリス、そしてその先のエフェロイ共和国で何が待つのか、失踪した5名の邦人を見つけ出すことが出来るのか、それはまだ誰も知る由もないことである。 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] タバコのポイ捨て良くない。というよりこの時代にまだポイ捨て文化が残っているんですか?
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